第351話 相対する7
「済まない。もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
「だから礼土が呪星の呪いの影響を受けててこのまま放置するとヤバイって話」
会議中にスマホに着信があり、後で折り返そうと思っていた所急激な魔力の上昇を感じすぐにネムの元へ向かった天ヶ瀬は額に手を当てていた。
礼土とも比較できそうな程の魔力の持ち主。間違いなく魔王と呼ばれたソレなのだろうと考えつつ、そこから伝えられた言葉に更に頭痛が増している。ネムを連れて天ヶ瀬は社長室があるフロアへ案内した。ここなら早々人はこないからである。
「一応聞くけど、そっちで解呪とかできないの?」
「無理だ。術者は私ではない。仕掛けた知座都が死んでなお解呪されていないのであれば、やはりアレは奴の影響下にあるとみていいだろう」
通常の呪い、つまり呪術であれば呪った側と呪われた側が存在する。だが、呪具となるとまた話が変わる。作った者、使った者、そして標的になった者と別れていく。だがそれでも基本呪った側と呪われた側に分かれるが、あの呪星の根本的な力の源は制作者である神のもの。それがまるで見えない血管のように常に力が流れている。だから礼土のような規格外の存在により呪いが祓われたという事がない限り、制作者の方を何とかするしかないのだ。
「なら直接本人に直談判するしかないでしょ。それで場所はまだ分からないの?」
「無茶を言うな。通常の業務に加え、奴の捜索、また盗まれた残りの呪星の行方も追っているのだぞ」
「その残りの呪星も神サマって奴を何とかすれば解決でしょ。正直いつまでも礼土がじっとしてるとは思えないのよ。どうするわけ、気づいたら日本の地形変わってるかもしれないわよ」
「やめろ。現実になりそうだ」
天ヶ瀬は自身のテーブルから最近愛用し始めた胃薬を飲んだ。以前ならともかく今は頭を悩ます事が多くなったからだ。
「現在、私の伝手で奴を捜索しているが未だ発見には至らない。同時に日本で突如発生した異常がないかも調べているがまだ報告も上がってはいない」
そういいながら天ヶ瀬はスマホを操作する。そして地図アプリを開きとある地点をネムに見せた。
「――どこよ、ここ」
「…………確証はない。だが、ここに奴が――あの神がいる可能性が高いと踏んでいる」
そこは北海道函館市御崎町のとある山。
「これは恵山という場所だ。そこは現在、世界の
「実家? そんな話……」
聞いていない。ネムはそう小さく言葉にした。それを補足するように天ヶ瀬が続ける。
「だろうな。恐らく礼土本人も詳しくは知るまい。私の方でも礼土の今までの行動記録を見直したが本州から出た事はなさそうだ。単純に興味がないのだろう。それより、なぜあそこが世界の洞などと呼ばれているか知っているか? そこには穴があるんだ。文字通りね」
そういうと天ヶ瀬はスマホを操作し1枚の画像をネムに見せる。それを見たネムは眉を潜めた。そこには青く澄み渡った空に丸い穴が空いている画像だった。まるで空という絵に穴をあけたような異様さだ。
「どうなってるの、これ」
「わからん。今はこれに近づけないように周囲は封鎖され、専門の研究機関が作られているくらいだ。現状分かっているのは、物理的な穴ではないこと。膨大な霊力を感じる事から恐らく霊界領域であるという事だ」
「中は? 入れるの?」
「確か特殊チームを結成して中へ突入する極秘実験が行われたはずだが、誰も帰還していない。つまりそういう事なんだろう」
つまり脱出は困難。領域なのであれば主を倒す必要があるという事だ。
「それで……ここが関係してるの?」
「言っただろう。私が初めてあの神と会ったのが恵山だ。そして礼土の実家として記録されている御崎町。無関係とは思えない。もしかしたら――ここに戻っているかもしれない」
ネムは考える。礼土から聞いた話では向こうの創造神から地球へ送られた時、戸籍を与えられたと言っていた。でもなぜか実際に転移して現れたのは漫画喫茶。聞き流していたけど確かに妙だ。
「あんたがその神サマと会った時、この穴はあったの?」
「ない。普通の霊験あらたかな山だったはずだ」
「――なら確かに行ってみる価値はあるかも」
「一応言っておくがあの”穴”の中に入る事はお勧めできない。どうなっているか未だに不明なのだ」
「大丈夫。領域の壊し方は知ってるし」
「……待て。なんだそれは!?」
「じゃね。また何かあったら教えて」
「おい!!」
天ヶ瀬の制止を聞かず、ネムは窓を開けてそこから飛び降りた。ネムは礼土のように透明になる手段はない。そのため、身体を影で覆い、落ちる瞬間僅かな影の中へ潜った。
闇魔法における影とは大きな意味を持つ。さらにネムは自身に闇の大精霊を内包しているため、その力を利用すれば影から影への転移も容易に出来る。そうして人気のない所で地図を確認しながら転移を繰り返し数時間後には青森まで移動。そこから夜を待ち、闇夜に紛れて飛行し目的地まで移動した。
恵山は活火山の1つである。通常であれば登山客なども多く登る有名な山なのだが、現在は登る事は禁止されている。理由は目前だ。山の麓からも見える空の巨大な洞。突如誕生したそれに付近の住民も驚き、以前に比べれば住民も減っている。その代わりにこれを研究するための人々が集まっている状況となっていた。
「うーん。これはどうしたもんかな?」
ネムは恵山を見上げながら腕を組み顔を傾けている。理由は簡単だ。あの空にある穴の周囲に人の気配がほとんどないのだ。いや正確に言えば少し違う。1人だけ反応がある。ちょうど穴の真下に。
「ビンゴってことでいいのかな。聞いてた話だともっと人がいるって話だったけど、変だね。ま、とりあえず行ってみよ」
周囲を警戒しつつ、空を飛びながら穴の方へ近づく。穴の方へ近づき過ぎないようにしつつ空中を浮遊しながら穴の真下にいる人物の方へ近づいていった。そこには白い髪を腰まで伸ばした女がいる。年の頃は大体60歳くらいだろうか。顔に刻まれた皺から何となくそう判断してみていると不意に気配を感じる。
「ふむ。妙な侵入者か。それに唯者ではない。……仕方あるまい、邪魔をされてもかなわん。蓄えを使うのは癪だが、消えて貰うぞ」
そう聞こえた瞬間であった。黒い影が2つ現れる。黒い槍を持った影と炎のようなものを携えた影。妙に光沢感がある漆黒のそれは、人の形をした影である。そしてその2体は今まで感じた事のない霊力を持っている。
「ああ。そういう感じ? ボスラッシュ的な奴かな?」
ネムはそういうと魔力で編んだ黒い戦闘服を纏い、目の前に迫る影の攻撃を受ける。振るわれた槍を片手で弾き、迫る炎を蹴って掻き消す。その瞬間、槍を持った影がネムの死角へ回り手に持った槍をまっすぐに、凄まじい速度で繰り出す。ネムは背後から来るそれを躱し、そのまま身体を回転させ手刀で影の首を斬り落とそうとするが目の前にいる影はまるで実体をなくしたように消えていく。
ネムはそれに見覚えがある。闇魔法を用いた影との同化魔法に近いものだ。そう分析をしていると巨大な炎がネムを包んだ。魔力さえ焼き尽くす黒い炎。近づく事すら許されない炎に対し、ネムは身体から魔力を放出し炎ごと影で飲み込んだ。
そして影が消えるとそこには無傷のネムが先ほどとは違い、笑みを浮かべて2人の影を見ていた。
「なるほど、なるほど。どういう理屈か全然わかんないけど、そういうね。いいよ、おいで後輩。先輩が相手になってあげるよ」
ネムに対峙する影。それは且つて異世界で魔王と呼ばれた存在たち。この世界へ転移されたヘンレヤとリオネの影である。
上空で始まった戦いを白い髪の女が見上げている。元は90歳以上の老婆でしかなかった姿が今や30歳近く若返っている。だがそれでも全快ではない。端末である彼女ですらこの姿なのだ。最低でも20代から30代までは若返る必要がある。1つの呪星で彼女が想像する以上の効果を及ぼした。もっとじっくりやるべきだったのだろうが、彼女は我慢できなかった。だから使えるコマであった天ヶ瀬を切り捨て、現状生産された残りの呪星を自身の完全な配下へ運ばせ設置を急がせている。後は待つだけのはずだった。
だというのに余計な邪魔が入った。しかも異界の来訪者であり、異界の管理者から正式に渡された魂とはまた別の存在。故にかなりの強敵だと理解していた。
だから彼女は切り札を切った。自身の手元にある3つの切り札の内2つ。
解析された生前の魔王という存在の模倣。この地球で誕生する悪霊など目ではない純粋な戦闘能力を持った存在。それを贅沢に2体使った。これで十分だと考えた。だからこれは彼女の誤算である。
まさか切り札の相手をしている赤毛の女性が、2人の魔王さえ超える最強の魔王だと知らなかったのだ。
「……なに」
思わずそう声が漏れる。まず、自在に影と同化出来る槍を持った影が消滅した。霊力を用いた闇魔法の模倣は上手くいっていた。だが、やはり精度も密度も違うのだ。影へ逃げようがそれ以上の能力で影へ浸食され、逃げ場もなく攻撃を受けてしまう。たった数発。数発拳を受けただけでヘンレヤの影は消えていった。
両手に炎を宿したリオネの影は踊るように身体を動かし周囲に炎の結界のようなものを展開していく。1つ1つの炎は普通の炎ではない。異界の魔王が使う黒い炎。岩さえ容易に溶かす炎をネムは気にせずまっすぐに突進する。黒い炎がネムの身体に触れるがそれがまるで幻であるかのようにネムの身体に触れて消える。疾風のように近づき、ネムの拳はリオネの顔、胸、腹を殆ど同時に殴り、そのまま吹き飛ばされそうな影を掴み、さらにもう一度渾身の右ストレートを放つ。
心臓を貫かれた影はそのまま塵のように消えていく。その様子を見ていた白髪の女は忌々しそうな目でネムを見上げ、ネムは軽く腕を回しながらゆっくり地上へ降りていく。
「さて、アンタが神サマ?」
白髪の女は何も答えない。
「ちょっとお話ししましょう。この星を守りたいんでしょ? ならちょっとアンタが作った呪星の力を解除してほしいのよ。じゃないとこの星が終わっちゃうわよ」
「――それは出来んな」
「うーん。知らないと思うけど、ヤバい奴がその呪いに罹ってるのよ。下手したら星を壊されちゃうわよ」
「ほお。それは怖いな」
白い和服を着た白髪の女はゆっくり両手を前に出す。
「貴様何者だ? 異界の来訪者だろう。私の許可なく押し込まれた連中の1人だな。不愉快な話だ。あの管理者め、適当な事ばかりする。まったく貴様が倒したアレは魔王と呼ばれる存在なのだ。それを容易に倒す貴様はなんだ」
ゆっくり前に出された手は拍手のような形へとなっていく。
「何者でもいいでしょ。それよりもう少し危機感もったら? こんな私よりヤバい奴が危険思想に染まってるんだよ」
「1つ面白い事を教えてやろう」
ゆっくり伸ばされた手がパンと叩かれる。
「魂とは巡回する。だが同じ世界を巡回するわけではない。違う世界へ転生し生まれ変わることもある。そんな中で異界の管理者から以前ある提案を貰った。魔王という存在を同じ場所へ転生させるのは危険だと。なぜなら純度の高い魂は前世を引きずる可能性がある。だから私の星へ回されるように手配されていた。だが――ある日、面白い提案があったのだ」
さらにもう一度手が叩かれる。すると白髪の女の後ろの空間が歪んでいく。膨大に膨れ上がっていく霊力にネムは眉を顰める。
「とある男を世界から追い出したいと。さらに奇妙な事に追放した人間をもう一度戻したいとも言われた。合計3度の世界移動。今までにないことだ。だから私は興味を持った。生者である奴の魂は3度の世界移動で情報の採取は完了している」
歪んだ空間が黒に染まり、僅かに人の形へと形成されていく。
「とはいえ、こやつを使うつもりはなかった。あくまで面白い魂のサンプル程度のつもりだったからな。だが今までの事柄でこやつの異常性は十分理解した。使いやすい魔王の影はお前に通用しなかった。なら……仕方あるまい」
神は世界の管理者だ。すべての生物の魂の情報を管理している。それは転生によってこの世界へ来た魂も同様であり、別の世界で誕生した魂でさえ、3度も世界を移動すれば十分その魂を観測出来た。それこそ……模倣する程度には。
白髪の女の皺が更に刻まれて行く。手の皺もさらに深く、身体から生気が抜けていく。その姿はさらに老い枯れた枝のような風貌へと変わっていった。
「まったくせっかく取り戻した力を消費するとはな。だが呪星があればすぐに回復する。せっかくだ貴様の言う危険人物もこやつに始末してもらおうかの」
出来上がっていく人の形を見てネムは思わず一歩後ろへ下がる。額から汗が流れ、顎へと伝って行く。
「嘘でしょ……流石にずるくない?」
影で出来たとある人間。だがその様相をネムはよく知っている。
彼の名前はレイド・ゲルニカ。異界における最強の勇者である。
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更新が遅くなり申し訳ありません。
GW欲しかった。。。
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