第350話 相対する6
「こいよ、おらぁ! どうした、そんなもんか! ほらこいよ! 噛みついてこいYO! 頼むから! ポッキーあげるからぁあ!!!」
腰を落とし両手を広げ、山の中で叫んでいる男がいる。というか俺である。 頭の中の呪いを払うため、あの手この手でスネ尾を煽っているのだが、地面に頭をこすり付け蠢いているだけとなっている。
「戦えよ、戦えぇ! 戦ってみろよ! 俺と戦ってくれよ!! いつも通り呪いを喰うだけだ。何もしねぇよ! ほら、こいよ! 戦え! 戦ってくれぇ……いい加減にしろマジで殺すぞ」
膨れ上がる殺意と共にスネ尾は逃げる。突き出した手。魔力が集まる。その瞬間、俺へ向かって黒い槍が投擲された。空気を切り裂き音速を超えた槍は俺の身体に当たる。見えない壁を削るように突き進む。俺はそれを見ながら小さくため息をつきながら手で払う。すると砂のように槍は消えていった。
「悪い。やっぱ無理っぽい」
「だねぇ。かわいそうなくらい怯えてるし」
俺はどうにかスネ尾で呪いを消そうとした。恐らく1回頭を齧ってくれれば消えるんじゃないかと思っているのだが、その1回がまぁ無理なのだ。最初はサーカスのライオンのように無理やり口を開けさせそこに俺の頭を入れようとしたのだがすぐに逃げられた。
次に頑張れ、頑張れと励ましながら噛みつかせようとしたのだがそれも失敗。そしてさっきのやつだ。戦えなくなった味方を鼓舞する主人公のように戦えと何度も叫んだのだが、やはり無理だった。というか途中で俺が殺しそうになっている。その度にネムが俺を止めに入るという流れなのだが既に3回目。やはり限界かもしれん。
「無理だ。やっぱ神を殺そう」
「ちょ、ちょっと待って! それもう前に話し合ってなしってなったでしょ!」
「だがなぁ。正直スネ尾を無理やり奮い立たせるよりそっちの方が難易度低い気がしてきたんだ」
「もう! やめてのその危険思考!!」
絶叫するネム、考える俺、怯えるスネ夫。既に天ヶ瀬と話し合い3日が経過している。その間、俺は仕事を休みにした。先日の一件で俺の名前はかなり有名になった。元々スカイツリーの一件で有名になっていたが、神城家が巻き込まれたあの騒動を解決したという事で、本当に色々な所から依頼が来るようになったのだ。
とはいえ、内容自体は簡単なものが多い。どこどこに悪霊がいるから助けてほしいだの。自分たちが持っているビルが領域化したから何とかしてほしいだの、本当に色々だ。
だがそれをすべて断り休業中という形を取っている。また俺の症状について知っているのはネムだけだ。アーデにはまだ話していない。話そうとしたがネムに止められた。最近アーデの情緒が怪しいからもう少し様子をみようという事だ。確かに気付くと隣にいるからな。まだあの時の恐怖が取れていないのだろう。とはいえずっと黙っている訳にもいかない、そろそろ限界だろうか。ケスカは……まあ放っておいていいか。
「……いい加減結論を出すべきだな」
「そうだね。いい、基本動くのはアタシ。あ、礼土は自宅待機ね。アーデにはその時説明して礼土を監視してもらうから。あと一応聞くけどリオには話さないの?」
「……信用していいのかわからん。基本的にネムの方針でいい。正直不安要素もあるがお前なら何とかなるだろう。ただ天ヶ瀬の方はな」
つい最近まで神の手先だった男。そんな男に俺が呪星の影響を受けているなんて話していいのか正直疑問だ。操られる可能性があるか? こういう経験自体俺もないため想像できない。
「アタシとしては話してもいいかなって思うんだよね。正直、危機感を持ってもらいたいんだよ」
「なんだ危機感って」
「そりゃ礼土が暴走する危険性だよ。話を聞いた限りそれかなり強い呪いなんでしょ? それこそ星を浄化? するレベルの。そんな規模の呪いに罹って我慢で収まってるのがそもそもおかしいと思うんだよ。それに考えてもみてよ」
「何がだ」
「神って奴の目的は星の救済みたいなもんなんでしょ? それなのに簡単に星を壊せそうな人物が倫理観をなくして暴走しそうになってるんだよ? 普通に考えて向こうからしても嫌じゃない?」
いや、流石の俺も星は壊せんぞ?
「殴って海や地面を割る人の話なんて誰も信じないって。だからアタシは考えた。逆に脅せないかなって」
「……脅す?」
「そ。呪いなんとかしないとお前んとこの星壊すけどどうする?って」
――こやつ。なんてこと言いやがる。
「だから、ちょっとリオの所行ってせっついてくる。ほら礼土は帰っておとなしくしててよね」
「ちょッ! おい!」
「ちゃんとペットを大事にしなよ!」
「大事にしてるわぁ!!!」
ネムは礼土と別れた後、電車に乗って都内へ向かっていた。スマホを見て道を探しながら目的地へ進んでいく。長い髪をかき上げ目の前のビルを見上げる。そのままビルの中へ入り、エントランスに並んだ看板を見てエレベーターに乗った。
到着した目的のフロアに降り大きく書かれた看板を見る。そこにはアマチと書かれていた。
「すいませーん」
ネムは受付に座っている女性に向かって手を上げて声を上げた。突然現れた赤髪の女性に受付の女性も一瞬怪訝な顔をするがすぐに笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか」
「うん。リオいる? 電話しても出ないんだよね」
「……リオ?」
首を傾げる女性にネムはさらに言葉を続けた。
「ああ、ごめん。えっと天ヶ瀬梨央って人。ここにいると思うんだけどいる?」
「――失礼ですがお客様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「勇実ネムだよ」
「――天ヶ瀬とお約束が?」
突然現れた赤毛の女性が自社のトップに会い気に来た。それも友達に会うような感覚で。念のためアポがあるか確認をするが来客リストには名前はない。
「約束かぁ。一応電話してるんだけど繋がらないんだよ」
「……申し訳ありません。お約束がない方とは……」
「んーどうしよっかなぁ」
未だ帰ろうとしないネムという赤毛の女性に対し警備員を呼ぶか考えている時だ。
妙な圧力を感じた。言いようのない気配。粘着くような空気、呼吸が浅くなり少しずつ鼓動が早くなるのを感じる。そんな違和感を感じているとネムがスマホを取り出し誰かに電話をかけて何かを睨むように険しい顔をしている。
「……ごめんね。あんまり無茶したくないんだけど早めに連絡取りたいんだよね。――そろそろ強引な方法取らないとだめか――って、ああ来た来た」
ネムがそういうと受付嬢が感じていた圧迫感は消え、呼吸がしやすくなる。そして同時にスマホを持って現れた天ヶ瀬に驚いた。
「だ、代表?」
「すまない。会議中で遅れてしまった。後はこちらに任せてくれ。――さてネムさん。出来ればこんな方法はやめて欲しいのだが……」
「何言ってんの。先輩の言う事はきくもんでしょ」
「……普通君の方が後輩ではないのか?」
「アタシの方が強いんだからいいでしょ。それより――もう少し危機感持って欲しいのよね。だからちょっとお話しよう。世界を守るために」
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