空想植物日記

春野訪花

ケニョルケニョル

 とある年のとある日、種を精製した。

 たまたま作り出したこれだが、どうやら土に植えても発芽しないようだ。

 様々な手法を試し、そして、「空中に植える」ことができると知った。

 まず、開いた手を空中に添える。パントマイムで壁を作るように、手のひらで空中に壁があるということを意識する。そして脳内に壁を生み出し、そこに種をやると、まるで本当に壁か何かがあるように埋まっていくのだ。

 得体のしれない、新たな植物だ!

 これはどう育っていくのか。

 一瞬でも目をそらすのが惜しく、常に種を埋めた空間を見つめた。

 すでにそこには何もなく、再び種に触れようとしても空を切るばかりで、埋めたことすら忘れてしまいそうだった。

 三日間、何も変化はなかった。あいも変わらず、何もない、普通の空間が広がるばかりだった。

 ――蔦が現れた。

 瞬きをした、一瞬の間のことだった。

 それは次の瞬きのうちに、こちらに伸びてきた。

 顔の両脇に、太い蔦が伸びる。

 背中に、腕に、感触がする。

 次に瞬きをした時には――全身に巻き付かれていた。

 引っ張られる。

 種を植えたその空間に。

 次に目を開いた時、そこはさっきまでいた場所だった。だがすぐに異変に気がついた。

 薄暗い。

 何か膜に覆われてしまったかのようだ。

 しばらく考え、ふと。ここは異空間なのではないかと思い至った。

 そうならば、空中に植えることができたことにも納得がいく。

 あの種は、異空間への門になるのではないか。

 突拍子もない話だが……あの材料でできた種だ、そうであってもおかしくはない。そもそもあの種が生まれたこと自体が、本来であれば突拍子もないのだ。(種の成分、精製方法は別紙に記載する)


 この種を、精製した時の音から取って――「ケニョルケニョル」と名付けることにする。






 ――そう書かれた手記の横には、一枚の紙と、まるで弾丸のように黒光りする種が三粒転がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空想植物日記 春野訪花 @harunohouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ