お題「足りない」「ドア」
私がここでドアを作り初めてそろそろ50年を迎えようとしている。
来る日も来る日も新しいドアを作っていたこともあったが、それはもう過去の話。最近は新しいドアを作ることは滅多にない。見慣れたドアがいくつも並ぶ広い空間で、私は暇を持て余していることが多い。
私の仕事はドアを作ることと、定期的にメンテナンスすること、そしていらなくなったドアは壊してしまうこと。これらも昔は忙しく作業していたが、最近はとくにすることもない。
そもそも私は率先して仕事をしているのではなく、命を受けて仕事をするのだ。自分で考えて動くことはない。かといって私に感情がないわけでもないので、暇だと退屈だし忙しいとうんざりする。それも仕事の内と割り切るほかないのだが。
ある日、私は見慣れたドアたちに妙な違和感を覚えた。暇を持て余し、自分で作って今も残っているドアをぼんやり見ていたからこそ気づくような違和感だろう。昨日あったはずのドアがなくなっている気がするのだ。
私は私の意思でドアをどうにかすることはないが、私がどうにかしない限り、ドアは勝手に増えたり減ったりはしない。減ったように思うのは勘違いかと思ったが、翌日もやはり違和感を感じた。
どうも引っかかったので、その日は長い時間をかけて全てのドアを数え、メモに残しておくことにした。途方もない数に途中で音を上げそうになったが、なんとかやり切った。私は案外根性があるのだ。
翌日、昨日数えたドアの枚数と時間を思い出してうんざりしたが、自分で自分の尻を叩きやり遂げてみせた。
結果、ドアが2枚も足りない。一体どういうことなのだろうか?ドアが勝手に消えてしまうなんて、生まれてこの方一度も経験していない。私が眠っていたりぼんやりしている間に、どこからか誰かがやって来てドアを壊しているのだろうか?
初めてのことに動揺したが、どうにもしようがないので私は途方にくれた。
しかし翌日も、その翌日も、少しずつドアは減って行くばかりだった。誰かが私の目を盗んでドアを壊している様子もない。こんなことは初めてだが、しかしドアがひとりでに消えているとしか考えられなかった。
ドアは実は生きていて、どこかへ行っている?同じ場所でただ立っているだけではドアも退屈するだろう。もしかしたらどこかへバカンスにでも…などと考えたが、そんなことはない。ドアはドアだ。生きてなどいない。
無機質で、ただそこにあるドア。作るように命じられ、私が作って、メンテナンスをして、壊すこともあったドア。
ドアが減り始めて随分経った。最初の頃は数えるのも億劫だったが、今ではすぐに数え終わる。
随分と少なくなってしまったドアを見て、私はふと思った。「このドアはなんのためにここにあり、どこへ繋がるドアなのか?」と。
50年もの間、私はドアを作り、メンテナンスをし、時には壊しても来た。しかし、なんのためにドアを作るのか考えたこともなかった。
途端、私は好奇心にかられてしまった。このドアは一体なんなのか?なんのためにここにあるのか?私を止めるモノはどこにもないし、私がドアを開けたとて誰にも何も言われない。このままドアが消え続けたら、いつしかドアが全くなくなってしまうかも。それに新しくドアを作る命も、もう随分来ていない。
私は大きな高揚感と、少しの緊張を覚えたが、「えい!」と言いながら思い切ってドアを開けてみた。
ドアの先は、小さな空間だった。私がドアを作っていた空間よりかなり狭いらしい。そこにはなにか物を置いておく足の生えた板だったり、白くて細長い箱、色々な形の薄い入れ物が並べられた、ドア付きの何かが置いてある。それらは私が今まで見たこともないもので、なんなのか分からない。
戸惑っていると、生きている何かがその空間へやって来た。背格好が私によく似ている。私は自分の顔を見たことがないので、もしかしたらあんな顔をしているのかも。
その生きている何かは、銀色の管のようなものから液体を出して、手に収まる筒状の何かに入れている。それをぐびっと飲むと、どこかへ行ってしまった。私は少しうろたえてから、開いたドアを静かに閉める。一体あれらはなんだったんだろうか?そしてあの生きている何かはなんだ?
分からないことが多く混乱したが、もっとなにか、劇的なものを期待していいたので少し拍子抜けしてしまってもいた。
翌日から、私の暇潰しは日々減っていくドアの先を覗くことだった。
いくつもいくつもドアを開け、開ける度に生きている何かが居た。時には他の生きている何かがいることもあった。小さくて柔らかい身体の生き物も居た。あれはふわふわでよさそうだ。いつか触れるだろうか。
そうして私は色々なことを知った。これは彼女の過去の記憶であり、彼女はもうひとりの彼女と共に暮らしていること。あのふわふわな生き物は猫という名前であること。
ドアは作られた順に並んでいたが、消えるのに順番はないらしく、ドアの向こうの彼女は様々な顔をしていた。あれは多分時間の経過が関係しているのだと思う。
少ないドア全てで彼女を見て、私はいつしか彼女に愛着を感じている。私はそれまで一人きりだった。それまで他に生き物が存在することを知らなかったので、こんな感情は初めてだった。
私の感情は私にのみ向けられるものだったので、誰かに感情が向くのは少しむず痒い感じだ。
でも私はふと気付く。ドアはもう残り少ない。きっといつか彼女を見られなくなる。彼女も、彼女と暮らす彼女も、そしてあのふわふわな猫も見られなくなる。
途端、胸の辺りがざわざわと鳴いた。これはきっと悲しいという感情だろう。また一つ、新しい感情を得てしまった。でもこれは嬉しくない。
ドアが消えてしまう理由は結局分からなかった。でもドアが消えることと、彼女と彼女、それに猫が楽しそうに暮らしている様子が消えていくことは確実だ。私にはどうすることもできない。もしかしたら最後には私も消えてしまうのかも…。
もし私が消えてしまったら、私はどこへ行くのだろう。ここではないどこかへ行って、私はどうなるのだろうか?
もしなにか、ドアを作り、メンテナンスし、時には壊す以外のなにか、存在する意味を与えられたら。もし彼女のようになれるなら。
私も彼女と暮らし、猫を抱き、陽の当たるあの部屋で暮らせたらいいのに。
ランダムお題小説置場 夜之文 @yorunofumi
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