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夜之文
お題「悪役」「悪戦苦闘」
私はこの物語の悪役としてここに存在しているが、誰も私のことを知らない。私がこの名前で、この姿かたちで、今ここに立っているということのみ、彼らは知っているのだ。
そもそも私は平和主義だし、共感力が非常に高いので仲間を失った私の敵、つまりこの物語の主人公たちに同情してしまう。悪役らしく嫌味のある同情でない。私に殺された仲間の亡骸を前に、涙を流し心から悲しむ彼らの気持ちが分かるのだ。
本当は悪役なんていうポジションに生まれたくはなかった。しかし誰も生まれは決められない。生まれる前からくじ運のなかった私は、悪役というクジを引き、今ここにいる。
「なぜお前はそう簡単に人が殺せる!?」
彼らが私に問う。しかしどっこい、人を殺したくて殺しているわけではない。そういうキャラクターなので殺しているまでだ。
家に帰れば最愛の犬が待っている。可哀想に、平気で酷いことができる人間に虐められていた犬だ。我が家へ来たばかりの時は、それはそれは怯え震えていたものだったな。
私はこの物語の悪役だが、本当の私を彼らは知らない。彼らには敵が必要で、それは結局のところ誰でもよいのだ。今回はたまたま私だというだけ。
休みの日は昼過ぎまで眠るのが好きだし、犬の散歩中に近所の子供達が遊ぶ姿を眺めるのも好きだ。
私には私の生活があり、私には私が送りたい本当の人生がある。しかし、それは許されないのだ。だって私はこの物語の悪役なのだから。
「お前達が苦しむ姿がなによりの楽しみなのだ。そのためならば平気で人も殺す!」
そう望まれているからこうしたセリフを言うが、私が本当に好きなのは犬を腹に乗せてリビングのソファーで寝ることなのだが。
私はこの物語の悪役としてここに存在しているが、誰も私のことを知らない。本当は私が共感力の高い博愛主義で、犬が好きで、インドアだということ。
だけどこの物語で、こうした私の人間らしさは求められていない。今ここに、悪役として存在していることが望まれているのだ。
「本当はもう家に帰って犬と遊びたい。痛いのは嫌いだしお前にも痛い思いをして欲しくない。」
そう言えたらどれだけ楽か。しかしそれは無理だから、私は今日も悪戦苦闘しながら悪役を演じている。
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