第5-9話 悪徳理事長サイド・理事長ついに失脚

 

 天窓より朝日が差し込むラクウェル冒険者学校の講堂。

 夏季休暇を終え、久しぶりに登校した学生たちは、重要な話があると急遽講堂へ集合させられていた。


 もしかして、またあのザイオン理事長が無茶なことを言ってくるのではないか……最近めっきり学生たちの前に姿を現さなくなった理事長の事を噂し、学生たちはざわついている。


 一部の女子学生たちは、思いつめた表情で檀上を見つめている。


 だが数分後、舞台袖から現れたのはザイオン理事長ではなかった。

 黒髪を七三に分け、きっちりとスーツを着込んだ真面目そうな男性。


 スーツの胸には冒険者学校連盟のバッジが輝いている。


 冒険者学校連盟本部の人間がなぜここに?


 ざわめきの声が大きくなる学生たちを右手で制すと、男性は右手に持ったファイルを開き、あくまで淡々とした口調で衝撃の事実を語りだす。



 ザイオン理事長は某国との違法な取引および、王室への背任容疑で罷免。

 当面の間は連盟から派遣された監査官が理事長業務を引き継ぐ。

 学生諸君は変わらず研鑽に励んでもらいたい。



 唖然とする学生たちを尻目に、スーツの男性は講堂を後にする。

 その瞬間、爆発的な歓声が講堂に響き渡った。



 ***  ***


「はぁはぁ……くそっ! この私が惨めな逃亡劇などと……」

「私はあくまで”管理者”を請け負っただけなのに……」


 夜の闇に紛れ、ラクウェル冒険者学校の”元”理事長であるザイオンは、深い森の中を一目散に駆けていた。


 闇の組織の誘いに乗り、ヒューベル公国との違法な物資取引を始めたのだが、何者かに陰謀のカギとなるモンスター、フロストジャイアントを退治され、公国側の窓口であった大臣も失脚。


 グランワーム虚偽依頼事件や元学生のレイル暗殺事件にかかわった疑いか掛かっていた所にこの失態である。

 冒険者学校連盟と王国政府から逮捕状が発効され、万策尽きたと諦めかけたザイオンのもとに、黒ずくめの男が現れた。


 ”闇の組織”のメッセンジャーだと名乗った男は、汚名返上の機会があるとザイオンを勧誘する。


 もともとはお前たちが危ない取引を持ち掛けたからだろうが!


 激昂するザイオンだが、すぐそこまで迫った逮捕の危機と、色々な名義で奴らに借りた金の借用書をちらつかされた時点で、彼に断るという選択肢は残されていなかった。


 どこで誤ってしまったのか……どう見ても胡散臭い黒づくめの男に先導されながら、ザイオンは絶望的な逃亡劇を続けていた。



 ***  ***


「ふふ、おつかれさまでした、レイル」


 涼やかな海風に吹かれ、ハンモックでぐで~っとしていると、フィルがサイドテーブルにいれたての紅茶を置いてくれる。


「……ありがとうフィル」

「せっかくだからおやつにしようか……街で買ってきたマンゴープリンもあるし」


 オレはハンモックから身を起こすと、フィルと一緒に昼下がりのスイーツタイムを開始する。


「くうっ……ひとたび口に入れればホロリとほどけるみずみずしいマンゴーの果汁と濃厚な卵の甘味……神のスイーツと言えるでしょう」


 さっそくマンゴープリンを頬張ったフィルが幸せ極まった表情をしている。


「それにしてもここ10日ほど、怒涛の展開だったな……」


 マーメイドたちやテニアン王国の王様に対する精神操作をしていたと思わしき魔法装置を停止したオレたち。


 海上に戻ったオレたちが見たのは、混乱するマーメイドたちだった。


 自分たちの住みかを奪われ、タダ同然の給金でリゾートで働かされていたのに、なぜ自分たちは疑問に思わず笑顔で働いていたのか。

 アクアの説明を聞いた彼女たちは、あらためてリゾートに戦いを挑むことを決意する。


 リゾートで働いていたその他の種族たちも正気に戻り、一緒にリゾートの支配人を締め上げようと意気込んだのだが、リゾートを建築した”企業”の幹部たちはすでに逃亡済みであり……怒りの矛先を持て余していた彼女たちをいさめたのは、テニアン王国の王様だった。


 王様はあっさりと悪徳企業に篭絡されてしまった不実を詫びると、入り江に建築されたリゾートを廃止し、マーメードたちの住みかを復元することを約束する。


 オレたちを含むリゾートに滞在していた観光客に対しては、全額払い戻しの上、公営の海上コテージに滞在できることになったのだ。


 魔法装置の停止に貢献したオレたちは王様からお褒めの言葉を頂き、名誉王国民の称号を授与されたうえでテニアン王国の滞在永年無料の特典をゲットしたのだ!


 ……と言ってもただ遊んでいたのではなく、リゾート廃止に反対する従業員の説得やら、海底洞窟に残っているモンスターの掃討やら結構忙しい毎日を過ごしていた。


 ようやく今日落ち着いた休みが取れ、こうやってダラダラしているというわけだ。


「ふふふ、エンジェルたち、ボクについてこれるかな?」


 コテージの近くでは、ロンドのヤツがアクアをはじめマーメイドの少女たちと戯れている。

 いつの間にかマーメイドの英雄となっていたロンドは、彼女たちからモテモテなのだ。


 相変わらずなヤツだ……黄色い声に混じって聞こえてくるロンドの嬉しそうな高笑いに思わず苦笑が漏れる。


「ふふ……レイル、あなたは混じってこなくていいんですか?」

「レイルもマーメイドたちを救った英雄でしょう?」


 ふわり、と優しい笑顔を浮かべたフィルがそう促してくれるのだが。


「……いや、オレはフィルがこうしてそばにいてくれるだけでいいよ」


「!?!?!?」

「……もぅ、その言葉は反則ですわっ……」


 思わず漏れたキザなセリフに、フィルは真っ赤になって顔を両手で覆ってしまうのだった。


 なでなで……


 その可愛らしい反応に思わず優しく頭を撫でる。

 優しい潮風が吹き抜ける海上コテージに、穏やかな時間が流れていた。



 ***  ***


「それにしても……最後の”石板のかけら”がラクウェル冒険者学校にあったとは……以外でしたね」


 悶絶タイムから立ち直ったフィルがこくり、と首をかしげながら一枚の紙を見ている。


 そうなのだ。


 テニアン王国の王様から聞いた衝撃の事実……ラクウェル冒険者学校の前理事長は、テニアン王国の王様と友人であり……テニアン王国で発見された石板のかけらの一つを、何か重要なものかもしれないと持ち帰り、冒険者学校の宝物庫に厳重に保管していたとのことだ。


 石板のかけらが保管されている宝箱は魔法的な封印がされており、特定のコマンドワードが無いと開かない。

 王様は遠くの国で隠居している前理事長に許可を取ったうえで、オレたちに宝箱を開くコマンドワードを教えてくれたのだ。


 噂ではザイオン理事長は犯罪をやらかして逃亡中だとか……事態の急展開に驚くばかりである。


「まあ、レンディル行きの定期船が出るのは来週だし……もう少しゆっくりしようぜ」


 そう、焦ってもラクウェルまで飛んでいけるわけではない。

 オレはもう一度ハンモックに身をゆだねると、優雅な昼寝を開始した。



 ***  ***


「ふふ、やってくれますねあの子たち……」

「あのダークエルフの少女は”下の世界”の魔導士ですか」


「さらにあの少年……彼が”世界を分けた”魔術を手に入れた時……私たちの計画の大きな手助けとなってくれそうですね……くくっ」


 眼下にレイルたちが滞在しているコテージを覗く小高い山の上……ずば抜けた長身をしたやせぎすの男がにやりと邪悪な笑みを浮かべる。


 男の両手から紫色の魔力が立ち上り……。


 ひゅんっ


 一陣の風が舞った後、そこに男の姿は残っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【最強異世界釣り師】に転身した追放冒険者の釣って釣られる幸せ冒険譚 ~学校クビになったけど、超進化した【釣りスキル】で欲しい物が異世界から自由に釣れるオレにもはや隙は無い~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ