神の冒涜

天宮伊佐

Sorry,Sorry,Star-New-One

ノックの音がした。


「おやおや、こんな真夜中に誰だろう」

エヌ氏が扉を開けると、そこに立っていたのは杖を突いた一人の老人。


「君がエヌ氏だな。夜分に失礼する」

「誰ですか、あなたは」

「私はこの世界を創造した者。お前たち人間の語彙で言うところの『神』である」

老人は平然と答えた。

「なんですって、神様ですか。どうして神様がわたしのところに……」

困惑するエヌ氏に、神は説明する。

「私が地球を創造して46億年。今まで多くの生物が誕生したが、中でもお前たち人間の進化は凄まじい。100万年前に火を発明したのもなかなかだが、特に素晴らしいのは最近の技術成長係数だ。蒸気、電気、原子力、ニンテンドーSwitch。この数百年間だけで、お前たちは目ざましいほどの科学技術を発達させた」

現状の最高峰がSwitchなのはどうかと思ったが、エヌ氏は口には出さなかった。

「お前たち人類の科学的成長は、文字通り近年稀にみるものであった。正直に言って、創造主である私の予想すら大幅に上回る。まことに天晴あっぱれである」

「それはどうも……」

エヌ氏は一応お辞儀をした。神のお褒めに預かるというのは、たぶん凄くありがたいことなのだろう。

「しかし、どうして神様が、わたしのような者のところに……」

「私は考えた。お前たち人類の、進化のコアを見てみたいと」

神は言葉を続ける。

「なので私は、今この地球上で最も人類の発展に貢献している数名の人間たちを集め、それぞれに『人類がここまで進化できた理由』を問う意見交換会を催すことにした。お前を訪ねてきたのは、そういうわけだ」

「ははあ。そういうわけですか」

やっと事情が飲み込め、エヌ氏は頷いた。

エヌ氏は某国の工学者。数多の画期的技術を発明し、国際的な賞をもらったことも一度や二度ではない。自分で言うのはこそばゆいが、たしかに世界有数の技術者の一人に数えられるだろう。

「すでに他の者たちは招待し終えている。お前が最後の一人だ。来てくれるか?」

「もちろん。光栄です」

神様のお誘いを、断る理由などない。

「では出発だ。もし意見交換の場に必要なものがあるのなら持参してくれ」

「わかりました」

自身が築き上げてきた技術の結晶を用意し、エヌ氏は神と共に天界へと向かった。


天界の頂上、真っ白な神の部屋に到着すると、そこでは3人の人間が待っていた。

ずんぐりとした丸眼鏡を掛けた、小柄な男。

いかつい顔をした、白い服の男。

真っ黒な修道服に身を包んだ、長身の牧師。

「なるほど。私の他に呼ばれたのは彼らか」

3人の姿を見て、エヌ氏は得心した。

ずんぐり眼鏡の男は、『味覚ラジオ』『全自動無人通勤システム』などの画期的技術を開発し、自分と畑違いではあるものの幾つも偉大な賞を獲った化学者。

そして白い服の男は、『人口制限組織・生活維持省』『絶対処刑装置・銀色球体』といった凄まじい法律を考案し、今や実質的に世界を支配する大国の指導者であった。

修道服の牧師だけは、無宗教であるエヌ氏に見覚えは無かったが、こんな偉大な会合に呼ばれるということは、恐らく彼も高名な宗教家なのだろう。

「さて。これで人類の叡智えいちつかさどる4人の代表者が出揃った」

部屋の中央に置かれた椅子に座しながら、神は厳かに告げた。

「これより、『人類の進化の核』を追究するための意見交換会を執り行う。お前たちは順番に、それぞれが生み出してきた叡智の結晶を私に見せるのだ」


「では、最初は私から」

まずはエヌ氏が、厳かに進み出た。

椅子に鎮座した神の眼前に、家から連れてきた自身の発明品をエスコートする。

「これこそわたしが生み出した機械人形オートマータ、『フルボッコちゃん』でございます」

「ほう」

若い娘の姿をしたそれを、神は厳かに見つめる。

「これが機械だというのか。人間にしか見えないが」

「わたしは機械なのよ。でも人間にしか見えないのよ」

フルボッコちゃんは澄んだ声で答えた。

「喋ることもできるのか」

「わたしは喋ることもできるのよ」

「彼女には高度なAIが搭載されております。その知性は学習プログラムにより自律向上し、もはや人間と何ら変わる部分はございません」

神を前にして、いささか饒舌になったエヌ氏は得意げに説明する。

「しかも強化外骨格と人工超筋肉により、彼女の身体能力は生身の人間など遥かに凌駕するのです」

「フルボッコにしちゃうのよ」

素早くファイティングポーズを取ったフルボッコちゃんは、神に向けてシュシュシュとからジャブを撃った。

「こらフルボッコちゃん、やめなさい。相手は神様だぞ」

「わたしに不敬の概念はないのよ」

からアッパーを撃って荒ぶるフルボッコちゃんを、エヌ氏は何とかしずめた。

「世界中に配属された量産型フルボッコちゃんは現在、医療や労働や独居老人の話し相手など多岐に渡って活躍しております。いかがでしょう神様。わたしが考える人類の進化の核は、『生命への飽くなき探求心』です。命とは何なのか、魂はどこに宿るのか。それを永く考え続けた結果、わたしはこの機械人形オートマータを世に生み出したのです」

「ふむ、なるほど。生命への飽くなき探求心……」

神は思案する様子を見せた。

しかし。

「それはどうでしょうねぇ、エヌ氏」

エヌ氏の背中に向けて、疑問の声があがった。


次に神の前へと進み出たのは、ずんぐりとした丸眼鏡を掛けた小柄な男。

エフ博士だった。

「神様。私が生み出したものは、これでございます」

そう言うと、懐から真っ黒な、少し大きめのビー玉のような球体を取り出す。

「超小型の人工ブラックホール――『Original-Identified Dangerous Eternal Technical Earth Kindness Object Incubator』。通称『O-i Detekoiおーい、でてこい』です」

「名称に無理がないか」

「ございません」

神の問いに、エフ博士は即答した。

「このO-i Detekoiおーい、でてこいは辺りに超々縮退重力波を発生させ、物質はおろか光までも丸呑みにして次元の狭間に放り込みます。生ゴミであろうが、瓦礫であろうが、産業廃棄物であろうが、全てのものを」

「それは凄い。しかし、飲み込まれたものはもう二度とは帰らぬのか?」

「はい。決して帰ってきません。私の最愛の妻も、もう決して帰ってはきません」

「なるほど、同情する。なら、やはりそれはいささか危険すぎる技術ではないのか?」

「たしかに危険です。ですが、みなが使い方を誤らなければ問題はございません。近年このO-i Detekoiおーい、でてこいによって、世界からは汚れたものが続々と消去されています。原発事故によって汚染された地域もクリーンに。神様、いかがでしょう。わたしが考える人類の進化の核は、『地球を愛する心』です。自分たちが星に生かされていると意識し、綺麗な環境であるように願うこと。それができるのが、他の生物と我々人類の違いなのです」

「ふむ、なるほど。地球を愛する心……」

神は思案する様子を見せた。

しかし。

「それはどうかな、エフ博士よ」

エフ博士の背中に向けて、疑問の声があがった。


次に神の前へと進み出たのは、いかつい顔をした白い服の男。

エス大統領だった。

「神よ。私が生み出したものは、これだ」

そう言いながら、真っ白なスーツの懐から何かを取り出す。

「ふむ。これは……」

傲岸不遜な態度だったが、神は機嫌を悪くした様子もなく、エス大統領が目の前に差し出したものを眺める。

「……辞書、か」

それは何の変哲もない、一冊の辞書だった。

「そう。あいうえお順の、国語辞書だ」

エス大統領は不敵な笑みを浮かべる。

「神よ。その辞書で『全然ぜんぜん』という単語を引いてみるがいい」

「ふむ?」

言われるがままに、神はぱらぱらと辞書のページめくる。

「ここか。『全然。ぜん-ぜん。余すところのないさま。まったくそうであるさま』……と、書いてあるが」

「では、その次に載っている単語を読んでみるがいい」

「『全然』の次か。『船速』だ。『せん-そく。船の速さ』。これがどうしたと言うのだ? お前が生み出したものとは、いったい何なのだ?」

「正確には、。さあ、何かが抜けていないか? 頭の中で、『全然』と『船速』の間の言葉を探してみるがいい」

「全然と船速の間? ぜんぜん、せんそく。……せんそき、せんそか……ムッ」

神は目を見開き、辞書から顔を上げた。

「何ということか。消えておる。あの単語が。……」

「言うな!」

神を目の前にして、エス大統領は一喝した。

「そう。私はあの概念を、忌まわしき『セ』を世界から追放したのだ。あらゆる文献からその単語を書き換えるか抹消し、古い城跡地の類はすべて処分し、あの概念に基づいた単語や言い回しには全く違った意味付けをして上書きした。かつて『国家と国家の間での軍事的な争い』などという恐ろしいものがあったことを知っているのは、もはや極一部の人間だけだ。『セ』の概念が取り除かれた今、世界には真の安息が訪れている」

白い服の男は声を張り上げる。

「どうだ神よ。私が考える人類の進化の核は、『平和を願う心』だ。争いを否定し、全ての国が手を取り合うことによって、人類は更なる段階ステージに進もうとしている」

「ふむ、なるほど。平和を願う心……」

神は思案する様子を見せた。

しかし。

「ソレハドウデショウ、エス大統領」

エス大統領の背中に向けて、疑問の声があがった。


最後に進み出たのは、真っ黒な修道服に身を包んだ長身の牧師。

エロ牧師だった。

「私ガ生ミ出シタノハ、コレデース」

修道服の袖から、おもむろにスマートフォンを取り出す。

「これは……」

神が画面を見ると、そこには一糸まとわぬうら若き北欧系白人女性がこちらに向かって性的アピールをしているというみだらな動画が映っていた。

「私ハ教団ノ全資金ヲ使イ、世界規模ノ無料エロ動画ネットワークヲ構築シマシタ。結果、世界中ノ科学技術アガッタ。画期的ナデータ圧縮形式ノ誕生。通信速度モ爆上ガリ。VRノ使イ道ハ言ワズモガナ。皆エロ動画デウハウハ。人類ノ進化ノ核ハ『エロ』。科学発展ノ歴史ハエロノ歴史。エロハ地球ヲ救ウ。神様、OK?」

「ふむ、なるほど。エロ……」

神は思案する様子を見せた。

しかし。


「何だこいつは!」

エス大統領が怒鳴った。

「いや、この人は駄目でしょう」

エフ博士はこめかみに青筋を立てている。

「我々は多少ふざけながらも一応は真面目にやっていたというのに、これはあまりに酷すぎる。神への冒涜ぼうとくだ。訴えられても仕方がない」

エヌ氏も追随した。

「ノーノー。コウイウノモ有リナノデス。解放ノ時代デース」

エロ牧師はチチチと指を振る。

「やばいぞ、もうそいつに喋らせるな!」

3人はエロ牧師に殴り掛かった。


「ノーノー。暴力反対デス」

エロ牧師はエロ動画を振りかざしながら喚いた。

「フルボッコちゃん、加勢しろ! ぶっ殺せ!」

「殺し屋ですのよ」

戦闘モードに突入したフルボッコちゃんが、ファイティングポーズで躍り出る。

「フルボッコにしちゃうのよ」

しかしエヌ氏がきちんと攻撃対象を伝えなかったので、フルボッコちゃんは間違って一番近くにいたエス大統領をフルボッコにした。

「痛い、痛い! でも、けっこう気持ちいい!」

エス大統領は名前に反してドMだった。

「こらこらお前たち、やめんか。うわっ!」

椅子から降りてきた神が仲裁に入ろうとしたが、敵と認識したフルボッコちゃんに蹴られてよろめく。

その拍子に、神の持っていた杖がエフ博士の胸ポケットに当たった。

「あっ」

「あっ」

突如として、辺りの時空がぐにゃりと歪む。

超小型ブラックホールO-i Detekoiおーい、でてこいが作動した。


エヌ氏も、エフ博士も、エス大統領も、エロ牧師も、油断していた神も、全てが一瞬にして次元の狭間に吸い込まれた。

ただ一人逃れられたのは、戦闘モードに入っていたために一瞬で背後へ跳びすさったフルボッコちゃんだけだった。


数秒で動作を停止したO-i Detekoiおーい、でてこいが、コトリと床に落ちた。

真っ白な部屋には、神が座っていた椅子だけが残されている。

他にやることがなくなったので、フルボッコちゃんはちょこんと椅子に腰掛ける。


「おやすみなさい」

誰もいなくなった天界の頂上で、フルボッコちゃんは呟いた。

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神の冒涜 天宮伊佐 @isa_amamiya

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