2,抱きまくらデビューしてみた

抱きまくらを勧めるその記述は緊張と荘厳さに満ちていた。

「いかがでしたか?」という結び句を尻目に、僕はこれまでとはちがう世界が視えていることを自覚する。


たどり着いてしまった。宇宙創成の真理に。



なお、実際のところその時点では真理の一端にすら触れておらず、この世界の冷ややかな暴力性をあばき出したに過ぎない。


つまり、僕たちは神の見えざる手によって、抱きまくらという真理から遠ざけられ続けている。抱きまくらなんてものは欲求を満たせないオタクの拠りどころであるとか、独り立ちできない幼稚のはけ先であるとか、事実無根の冗句をならべて、抱きまくらの常用による人類の覚醒は宇宙創成以来、誰に知られることもなく妨げられてきた。僕がとある記録層にたどり着き、抱きまくらへと興味をもったことがいかに禁忌であったか。そんなことにも気づかずそのときの僕は、ただただ興奮していたのだ。抱きまくらが欲しい!


というのも、である。僕は抱きまくらに手を染めたことのない、普通のひとびとの内のひとりであったのだが、実は人の形を失う資格を有してもいた。というのも、抱きまくらカバーを持っていたのだ。

抱きまくらカバーは、宇宙のある種の終わりと深い関係がある。僕がたどり着いた記録層から、その謎を解き明かすことにしよう。



……宇宙創成の当時、われわれの遠い祖先でありつつもヒトの形を保たない一族が生命をたくましくしていた。かれらは抱きまくらを常用していたので、いまでは考えられないような至高の睡眠に身を染め、覚醒時はコンマ1秒で45TBの情報を処理できたという。

そんな処理能力がもたらすかれらの高度な知性が、アカシックレコードにたどり着くのは時間の問題であった。記録層に刻まれた諸概念を読み解かれれば、宇宙創成以前のカオスが再現してしまう!最悪の事態を恐れた神は、抱きまくらに仕える一族を皆殺しにし、抱きまくらを永遠に封じ込めるために、アストラル光を材料にして絶対不破の膜壁を創りあげた。

それこそ、かの抱きまくらカバーに他ならない。


抱きまくらカバーの生成以後、人類が宇宙の起源にふれることは殆ど不可能となった。抱きまくらが封じられているのだから当然なのだが。こうして宇宙創成の真理は忘れ去られ、宇宙はある種の終わりを迎え、われわれがよく知る意味での宇宙が始まった。


つまるところ抱きまくらカバーは、抱きまくらを失った人類にとって、真理にもっとも接近する(とはいえ到達することはないのだが)手段だといってよい。記録層をここまで読み解いた僕にも思い当たる節はあった。3年前のコミケでエミリアの抱きまくらカバーを衝動買いし、肝心の抱きまくらを持っていないのでタンスに眠らせてあったのだが、ふとエミリアに触れたい、眺めたいという気持ちに襲われることが何度もあったのだ。今から思い返せばあれは、神の勝手により殺められた遠い祖先の呼び声だったと思う。


記録層を読み終え、スマートフォンを閉じてすぐに、タンスから抱きまくらカバーを取り出した。そして通販サイトで抱きまくらを注文し、3日後、厳かな薄茶色の包みが届いた。ここからの話は記録層にも刻まれていない、僕だけが触れた宇宙創成の真理である。没個性労働者たる僕であっても、こればかりは自分だけの特別のように語ることが許されよう。




僕が購入したのは、縦に長く伸びたU字型の藍色の抱きまくらだ。曲線部分に頭を乗せ、縦部分を抱いて横たわる。U字のくぼみに身体が包まれるようで気持ちがよい。

通販サイトに隠されていた記録層のレビューに基づき、無難にもっとも好評なものを買ったのだが、僕はすぐに失敗したと思った。というのも、持っていたエミリアの抱きまくらカバーがまったくはまらないからである。U字の直線部分は細すぎてカバーが密着してくれないし、曲線部分にねじ込んでみても、エミリアの歪んだ相貌に頭突きをかます格好となってしまう。

試行錯誤したが諦め、僕はカバーをつけずに抱きまくらを使うことにした。これが最大の功をなし、罪をなすことになった。


まず、罪から記そう。カバーなしに抱きまくらを使うことは本来言語道断である。というのも、宇宙創成の名残と言ってもよい抱きまくらが秘める力は、抱きまくらを忘れたわれわれ人類にとって持て余すに過ぎる。増してや当時の僕は不眠に悩んでおり、アストラル光への免疫にかけては人類の平均を大きく下回っていたから、抱きまくらと迎え超えたその初夜、僕は人の形を失ってしまった。つまり、寝付きがよすぎて翌日の始業5分前まで爆睡してしまった。リモートワークの時世でなければ、遠い祖先と同じく神の見えざる手によって葬られていたかもしれない。


だが、それは同時に功でもあった。始業5分前に目覚めた僕はもちろん焦ったが、同時に心から満たされてもいた。ああ、これがアカシックレコードの力なのか。

抱きまくらという宇宙創成の真理なる劇薬に、抱きまくらカバーなしで触れた僕は、今や不眠に悩むことなどない…というのは嘘である。今でも眠れない夜になやむことは少なくない。なんだ……あの夜、爆睡できたのはたんなる偶然だったのか?


いや、違う。


思い返せば、僕は抱きまくらを使っただけである。宇宙創成の真理にたどり着いたとはいえ、自分の遠い祖先と同じ土俵にようやくあがったに過ぎない。なればこそ、もう記録層に頼っても無駄だ。次は僕が、はるか遠い未来にむけて始終を刻む番なのである。こうして抱きまくらは連綿と真理をつないでゆく。


このカクヨムという記録層が人類の子孫に発見され、第二のアカシックレコードとして発見されるのは何万年後であろうか。


  終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】抱きまくら創世記 在存 @kehrever

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る