【短編】抱きまくら創世記

在存

1,抱きまくらに出会うまで

働くようになってから呟く機会が減った。

考えることが減ったからなのかもしれない。週40時間、考えるべきなのに僕は虚無に時間を投資してしまっている。


…みたいな事をいっちょまえにポエム化せずとも、ぼんやりと胸に秘めてなお折り合いをつけている人々はごまんといるだろうから、上のことを僕だけの特別のように語るのは幼稚を晒すに他ならない。言語化しないでおけるというのはある種の強さでもある。


ともかく、社会に飛び込んで弱さを認識してしまった僕は、大学生活、という何にもなれなかったが何かがありかけていた日々からの引力に逆らえなくなった。

布団にもぐっても入眠できないからカントを引っ張り出して読んだ。純粋理性批判を何ページめくっても眠気が来ない。ついに人の形を失ってしまったのかと思う。じぶんが不眠に陥ったことを自覚した瞬間である。



悲しきかな、不眠に陥ってから仕事の効率が著しく落ちた。以前ならばありえないメールの誤字等々、ミスをすることが増えてしまった。

当初は不眠に陥って不幸なじぶんかっけえという気持ちも数%あったのだが、「平素よりお世話になります」を「兵処理お世話になります」と誤送信しかけたとき、どうやら呑気なことはいっていられないっぽいぞと解った。


その日の晩、スマートフォンで「眠る 方法」と検索した。一見馬鹿馬鹿しくあるが、思うに入眠をきちんと方法論化できている人類などいないのではないだろうか。


つまり、こうも言える。僕は考えることをやめた人類を代表して、確実に眠る方法をしるために、アカシックレコードへ蛮勇にも手を染めたのだ。


記録層に刻まれていたのは「抱きまくら」という未踏の概念であった。

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