幸せで不幸な異形の娘

仲仁へび(旧:離久)

第1話



『シロン』




 私はこの部屋で守られていた。

 母様と父様とみんなからの愛情によって。

 だから一人ぼっちが辛いなんて考えては駄目だ。

 涙をこらえた。






 私はどうやら、この世界を救う救世主らしい。

 私は、人間が住む光の国と、悪しきものが住む闇の国を分ける事ができる存在。


 私が生きて存在している事で、光の国に協力な結界がはられるらしい。

 その結界があるおかげで闇の国の人達は、光の国へ入ってこられないのだとか。


 そんなすごい力を持っている自覚はないけれど、皆がそういうのだからそうに決まっている。


 けれど、そんな私は国内にいる「闇の国のスパイ」から命を狙われているため、堅牢な建物の中にいなければならない。


 だから、ずっと人と会う事ができないでいた。


 最初にその部屋に入ってから、何日経っただろう。

 時が経ちすぎて今はもう、時間の感覚がない。


 どれだけの時間が経ったのか分からなくなった頃、私はようやく気持ちに余裕がもてるようになった。

 最初の頃は「どうして」という気持ちばかりだったけれど、今はほんの少しだけ冷静になれている。


 皆を助けるため、大好きな人達を助けるため、これは仕方がないと納得することにしたのだ。


 私のみの周りは、幼い頃はこんな環境ではなかった。

 家の外に出る事は出来なかったものの、屋敷の中では自由に歩き回る事ができた。


 その頃の私はごく普通の家の、ちょっと裕福な家に生まれただけの女の子だと思っていたから、こんな事になるとはまったく思いもせずにいた。

 こうなると分かっていたら、もっとあの日々を大事にしていたのに。


 両親は優しい。

 母様はいつも優しい笑顔を向けてくれるし、仕事で忙しい父様とは触れ合えなかったけれど、その分遠方からよく手紙を送ってくれる。

 使用人もみんな優しかった、恥ずかしがりやでシャイな人達が多かったから直接言葉を交わす事はなかったけれど、いつも私が欲しがっていたものをさしいれてくれる。。


 だから、とても幸せな日々を送っていた。


 でも、ある日国内の状況が不安定になったと言われて、ある部屋医閉じ込められてしまったのだ。


 この部屋の壁はぶ厚いため、多くの危険から私を守ってくれるらしいけれど、それゆえに外の声はまったく聞こえない。話し声ひとつも聞こえない。


 生活に必要なものは全て揃っているから、生きていくのには困らないけれど。


 この部屋でいる時間は、孤独で辛かった。


 一体いつまでここにいればいいのか分からなくて不安でいっぱいだった。


 この国の状況が安定したら、いつかこの部屋から出る事ができるのだろうか。







『母親』



 私は失敗したらしい。


 私は貧乏貴族だったが、運よく名家に嫁ぐことができた。


 何度もお見合いをして、ようやく今の夫を見つける事ができた。


 それは幸運もあったが、私が努力を積み重ねた結果だっただろう。


 これでようやく、没落寸前だった家の名を蘇らせる事ができると思った。


 今までの生活は食べる物を調達するのにも苦労していたから。辛かった分だけ、幸福は大きい。


 あとは子供を産んで、家と家のつながりを強固にすればいい。


 そう思っていたのだけれど。


 何度か夫と夜の時間を共にしても、子供が出来る気配がなかった。

 それでお医者さんに診てもらったら、驚愕の事実が判明したのだ。


 私は、子供ができにくい体だったらしい。


 その事実が分かった後は、絶望した。


 実家が貧乏で、跡継ぎも産めない女。そんな私なんていつ捨てられてもおかしくない。


 だから私は、自分の体を治療するのに必死になった。


 お医者さんがいうにはそれは体質でどこかが悪いわけではないらしいけれど、そんなの耳に入らなかった。


 私は必死だった。


 効果も確かではない物も試したし、噂でしか聞いた事が無い物にも目をつけた。


 そのかいあって、ようやく子供が、娘ができたのだ。


 これでもう、怯える事はない。

 ある日突然、この家から追い出される事はないのだ。


 実家で貧乏暮らしをしていた両親は、正常に物事が判断できなくなっていたから、手間のかかる人間を減らすために何度か私を亡き者にしようとしていた。そんな事をしたって、犯罪者になって余計状況が悪化するだけなのに。


 でも、もうそんな昔の出来事を夢に見て苦しむ事もないのだろう。


 けれど、私が産んだ娘シロンは、普通の子供ではなかった。


 見た目がおかしかった。


 妊娠するために何でもやったのが良くなかったのか、それとも子供ができにくい体だったからそのような異常な子供が生まれてしまったのか、分からない。


 私がお腹を痛めて産んだ女の子は、外に出せるような見た目をしてはいなかった。


 期待していた分だけ落胆が大きかったのだろう。

 その日から夫は私に冷たくなり、他に愛人をつくるようになった。


 それからの数年間で、愛人の子供はよく生まれてきていた。


 私の子供は、醜い子供一人だけしかできなかったというのに。


 私はその子供を、次第に邪魔に思うようになった。


 両親と同じ愚は犯すまいと思って、必死に優しい親を演じてきたけれど、それももう限界だ。


 私は、夫の筆跡をまねて娘に手紙を渡すのをやめた。


 使用人のふりをして、美味しいお菓子やおもちゃも差し入れるのをやめた。


 私の心を荒れ狂わす存在を、これ以上この目に入れておきたくなかった私は、娘を誰に目にも触れない場所に幽閉する事にした。


 優しさなどではない、手にかける度胸がなかっただけだ。


 これ以上あの娘が生きていても、もう幸せになれないと分かっているのに。


 なけなしの愛情をふるって、最後の責務すら果たせない。


 その点で言えば、私は親の血を引き継ぎつつも、その血を劣化させただけの存在なのだろう。


 間違っていてもおかしくなっていても何でも、両親には状況を良くしていこうという意思があったのだから。


 最後に顔を見た娘に、私はある作り話を告げた。


 これからずっと、外にでる機会など決して訪れない娘に向けて。


 あんな使い道のない子供など、あるはずのない外の脅威におびえて、来るはずのない解放の日を夢見て、報われるはずのない夢に溺れていればいいのだ。





 今日も私は堅牢な部屋の中に閉じ込められている。


 私は一体、どうしてこんな目に遭わなければいけないのだろう。


 母様や父様に会いたい。


 手紙でもいいから、言葉をかわしたい。


 一人きりの時間は辛かった。


 でも、仕方がない。


 私がこうしている事で、多くの人達を、家族を、使用人たちを守る事ができるのだから。


 私はいつかこの役目から解放される日を夢見て、眠りについた。


 幻想の世界は楽しい。


 だって、夢の中だけは、外に出る事ができるのだから。


 大丈夫きっとここで頑張っていれば、いつか幸せになれる。


 また皆と話をしたり、遊んだりできるはずだ。



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