「明日の食卓」北園陽

@Talkstand_bungeibu

「シャンデリア」

―こんなに美しく産んでくれた母親に感謝しなさい。


雪のように白い肌をしたその女は黒光りする蛇革の鞄から取り出した紅を、小枝のような小指でわたしの唇に塗りつけた。

それは、血のように赤く、火のように熱く、蜜のように甘かった。


帰る家はなかった。


小さな妹と酒で我を失った父親だった男を捨てた。

母様が生きていれば、と幾度、思ったことだろう。

四つの妹は決まって陽が当たり過ぎる真っ白い何も無い洋間で、母様の残した服に包まってままごと遊びに興じて居た。

「母さんですよ」と人形を優しく抱いて揺らしていた。

妹の肩に触れる程度の髪の毛が眩しく美しかった。

その髪の隙間から見える細い首を見つめていると、わたしはいつかあの子を殺してしまうのではないかと怖かった。

あの子の無垢さが怖かった。


街角で涙を流しているところを女に拾われた。

風呂と飯と寝床を与えられ、代わりに夜の街で働くことを求められた。

慣れない厚塗りの白粉の匂いに酔いながら酌をし酒臭い男に抱かれ、店が終わる頃にはすべてがどうでも良くなって与えられた家の三和土で眠ることもざらであった。

そんな時に見る夢は決まって、


四つの少女の

日向の髪の匂い

桃の産毛の頬


初めてのお給金で妹に新しい人形を買った。

それと薄桃色のカーディガンと洒落た洋菓子を詰めた小包に手紙を添えて送った。

手紙には、次のお給金をもらったら食事に連れて行く、と記した。

そして、いつか妹を引き取って二人でいっしょに暮らそうとわたしは胸に誓った。


幾日か後にわたしの元に平仮名ばかりのたどたどしい手紙と絵が届いた。

おねいちやん、と銘打たれたそれは何故か亡くなった母様を思い出させるもので今のわたしには大切なものであった。

日向の匂いのする手紙を握り締め灯りのない玄関で泣いた。


手紙を出した帰りに妹はトラックに轢かれて死んだ。

潰れた妹の傍らにはわたしのあげた人形と薄桃色のカーディガンが落ちていたという。


妹からもらった手紙の絵には食事を前に笑顔の妹とわたし、そして母様が描かれていた。

街は夏になろうとしていた。

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