第6話
自分の部屋に辿り着き、世理は息を吐き出した。息を吸い込んでも吸った気がしない。けれど息苦しさはなくて、どこか頭がぼんやりとしていた。
本来ならば二人で使うべき部屋で立ち尽くす。
施設の大人たちは他の子どもを世理と同室に決してしなかった。理由は考えるまでもない。再び、世理は息を吐き出した。ため息はつかない。母から人としてみっともない行為だと教えられたから。
「何をやってるんだろうな、私は」
もう何も求めることなどないと思っていたのに、本当に何をしているのだろう。
加害者の家族が受ける影響は計り知れない。それは津波のように襲い掛かってきて息をする間もなく飲み込んでいく。光のない水の中は寒くて寂しくて死んでしまいたくなるくらいに辛かった。本物の絶望とは生きようなんて思わせない圧力があるのだ。
だから、京也の父親の話を聞いたときは光明が見えた。同じではなくとも共感できるというのは心の救いになると世理は思った。
けれど、京也は絶望なんてしていなかった。どれだけ他人の悪意に傷付けられても彼の心は彼のままで、父親を憎むことが出来ていた。
家族ではないと、はっきりと言えていた。
「ふふ、あははは」
世理はその場に座り込んで嘲笑した。
救いを求めてることそもそもが間違っていた。この世界に私なんて人間はいない。わかっていたはずなのに、どうして私は。
世理はおもむろに鞄の中から白い布で巻かれた物を取り出した。ずっと持ち歩いている、絶対に手放せない物。
白い布をはぎ取り出てきたものは軍用ナイフだった。母が父を殺した際に使った凶器。もちろん同型のナイフなだけで実際に使われたものではない。
入念に手入れをされた刃を見つめる。
完璧だった母は何を思ってこれを手にしたのだろう。何度も何度も父の胸を刺して母は何を感じていたのだろう。少しでもあの人に近づきたかった。あの人の心が知りたかった。今でも、そう思っている。
『世理』
降りかかった声に世理は顔を上げた。
母はいつものように微笑んで世理を見下ろしていた。世理のすぐそばにいる。第三者ではなく、世理の血肉となって。
「母さん、私は」
雨宮世理は求めない。もう何も求めることはない。
憧憬の母を見つめながら、世理はナイフの刃を首筋にあてがった。
マリオネットは求めない 名月 遙 @tsukiharu
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