2話・赤髪の魔法使いと暗がりの遭遇
ファストの心臓は跳ね上がった。誰もいないはずの店内からなぜ物音がするのだろうか。耳を澄ますと、何か物色しているような音も聞こえてくる。
『泥棒?!』ファストはこの予感にじっとり汗が出るのを感じた。ひょっとしたらジョーがこっそり作業している可能性もあるが、わざわざ灯りをつけないことがあるだろうか。
『危ないけど、放っておいたらダメだよ…な?』
音の位置からして、おそらく地下倉庫だろう。ファストは静かに階段を降り、地下倉庫の前に辿り着いた。少しだけ開いた扉の奥からは、まだゴソゴソと物色する音が聞こえている。
扉の隙間から恐る恐る中を覗くと、黒い人影が箱の中を探っている様子が見えた。中身を奪ったのだろう、空の木箱があちこちに散乱していた。
『シルエットが全然違う。ジョーさんじゃない。』
怖いけどやるしかない。ファストは意を決して倉庫の中に飛び込んだ。
「木箱よ、泥棒の尻を掬え!」
ファストが魔法を使うと木箱は人影の背後に滑り込んだ。
「うわっ?!」
あっという間に木箱によって、泥棒は木箱がお尻にはまった状態で仰向けの姿勢にされてしまった。
「光よ、泥棒の顔を照らせ。」
ファストの手からふわっと光が浮かび上がり、哀れな侵入者の顔を照らした。ファストと同じぐらいの歳だろうか、顔立ちの整った色白で少しウェーブがかった髪を持った青年の顔がそこにはあった。
「ひょっとして店の人?」
泥棒は眩しそうにライトグリーンの瞳を細めている。
「勝手に喋るな!魔法を使う素振りちょっとでもしたらただじゃおかないぞっ。」
ファストの精一杯の虚勢だった。本当は何も抵抗せず大人しくしていてくれと願うばかりだ。
「盗んだものを大人しく置いていけば酷いことはしない。」
「えー、必要なものだから置いていきたくないなあー。」
泥棒がニヤニヤと笑っていると『ロープよ、手足を縛れ!』とファストに魔法をかけられてしまった。
「あらら?」
「こ、このまま騎士団に突き出してやる。」
ファストは泥棒を連れて行くために近づいて行った。
「お助けー!…なんて、ね。」
その瞬間、店は轟音とともに爆発した。
※※※
爆発で気を失ったファストは騎士団の救護所で目を覚ました。
あの後、ジョーの話によると、爆音に気がついてマッジグズに向かうと、店は炎に包まれ、道に気を失って倒れているファストがいたという。火は消えたものの、殆どが焼けてしまい、周りの建物にも被害が出たらしい。
幸いなことに、爆風で吹き飛ばされ身体を強く打ちつけていたが、特に問題はなかった(目が覚めた時、おもいっきりジョーに抱きつかれて窒息しかけたのを除けば)。
治癒薬が完全に効くまで時間がある。救護所のベッドに寝転びながら、目が覚めてからのことを思い出していた。
それは、ファストがジョーに抱きつかれて窒息しかけていた時だった。
「ランシャールさんですね?」
ジョーにギブアップのサインを出しているファストの側に、騎士団員の男がやってきた。
ランシャールはファストとファミリーネームだ。騎士団員に気づいたジョーはやっと自身の胸からファストを解放した。
「あら、騎士団の方がいらっしゃったわよ?」
「げほっ…はい、ランシャールです。」
「事件のこと、伺ってもよろしいですか。なぜ店にわざわざ戻ってきたのかも含めて。」
「わかりました。」
ファストは忘れてきた紙芝居が入ったカバンを取りに戻ったこと、そこで地下倉庫にいた泥棒がいたこと、爆発音がしたと思って気づいたら救護所で寝ていたことを順番に話していった(2階の窓の鍵が壊れているのをジョーはすっかり忘れていたようだった)。話を聞き終わった騎士団員は『うーん』と唸った。
「なるほど、わかりました。後ほど犯人の特徴を担当の者が聞きにまいります。それから、無いとは思いますが、捜査の関係上、自宅の捜査や身体検査を行わせていただきますので、ご協力のほどよろしくお願いします。」
「ちょっと!ファストちゃんを疑ってるの?!盗む、ましてや爆破なんてするはず無いじゃない!だって、この子は…」
「いいんですよ、ジョーさん。僕は盗んでませんから。わかりました、捜査や身体検査の件お受けします。」
「ありがとうございます、ランシャールさん。」
こうして今にいたるわけだが、今頃あの部屋を捜査していることだろう。身体検査、要するにファストの衣服などに店の商品が魔法で隠されてないか調べられたわけだが、当然何も出てくるわけがない。
『片付け魔法が下手くそでよかったと思う日がくるとはな。』
部屋の捜査が終わるまで待つしかない。
ファストは小さくため息をついた。
※※※
翌日、ファストは店の様子を見に行っていた。昨日の捜査の結果、ファストの部屋からは事件の証拠なんて出てくるはずもなく、早々に騎士団から解放された。ファストのカバンは千切れた持ち手だけが残っており、あとは燃えてしまったのだろうというのが騎士団の見解だった。今日のバイト先が爆発し、紙芝居を入れてたカバンも無くしてしまったのだから、本当にやることがない。
店の様子は酷かった。外壁は吹き飛び、黒く焼け焦げた店内が剥き出しになっている。現場周辺の状態も建物の一部が煤けていたり、外壁のカケラが道に散らかっていたりと散々だ。
『現実味ねー。』
ファストがぼーっと店の前に佇んでいると、イテツキが走ってくる。
「ファスト!無事か!」
駆け寄ってきたイテツキはファストの肩を力強く掴んだ。
「イテツキ…。」
「お前が爆発に巻き込まれたとか部屋調べられたとか聞いて心配したんだぞ。」
ファストはイテツキの指にグッと力が入るのを感じた。
「大丈夫だよ。治癒薬は良く効いたし、僕から盗んでもいない商品は出てこないし。」
「そう…か、よかった。」
イテツキの手から力が抜け、肩からゆっくりと離れていく。
「なあ、カバンとか燃えちゃっただろ?お前…さ、そろそろ地元に戻ってもいいんじゃないか。お前の実家なら仕事だって…」
「心配してくれてありがと。僕は大丈夫だよ。紙芝居なんてまた一から作ればいいし、バイト先だってここだけじゃないしさ!」
「でも!」
「あー、僕ネタ探しで図書館行くんだったー。じゃあなー!」
ファストはイテツキの言葉を遮ると、逃げるように立ち去っていく。
その場に残されたイテツキは唇を強く結んだ。
「…本当はやりたくないくせに。」
透明な国 アザッス @aza053694
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