1話・赤髪の魔法使いと灰色の帝国
「めでたしめ…」
「しってるー、つまんない。」
小さな子供の声は、紙芝居を読む赤髪の青年にグサリと刺さった。
ここは灰色の帝国首都の広場。真昼間にここで紙芝居をしていた赤髪の青年の名前はファスト。お手製の紙芝居で、ほぼ毎日ここで読み聞かせをしていた。
「いやいや、建国の歴史を読むのと読んでもらうのでは違った感じがしないか?」
紙芝居を片付けながら、ファストは言った。
「ママによんでもらったけど、とくになーい!」
小さな子どもはそう言うと、わーっと何処かへ走り去っていく。
元々1人しかいなかった観客である。哀れ、ファストはその場で1人取り残されてしまった。
「ああーっ!やっぱこんなんじゃダメだー!」
ファストは赤い自分の髪をぐしゃぐしゃかき乱した。
彼は上京してやってきた帝国魔法アカデミーを卒業して半年経った。地元に帰りたくない一心から、紙芝居の読み聞かせを仕事にしようとしている。卒業後はアカデミーでの勉強を生かし、昔話や伝説を題材にしたものを作って読み聞かせていた。
しかし、建国伝説が正しい歴史として扱われる帝国。帝国民なら小さなころから読み聞かされる定番の話は、よほど話し方がうまくなければ誰も立ち止まらない。
ファスト自身もお世辞にも読み聞かせがうまいとは言えず、立ち止まる人は殆ど無かった。
こうしてお金に困った彼は、アルバイトを掛け持ちしている状態だった。一昨日、昨日は薬品などで汚れた大鍋の清掃(迂闊に魔法をかけて綺麗にしようとすると、付着している素材によっては発火したりする。手作業で洗わないといけないので面倒だ。)明日は魔法雑貨店の手伝い、明後日は…と毎日の繰り返しの合間に紙芝居師として活動するようになってしまった。ファストの中でも、どちらの比重が大きいのかよくわからなくなっている。
ちらりと広場の時計を見ると、そろそろバイト先に向かわないといけない時間だ。ファストは重い足取りで広場から去っていくのだった。
※※※
「今回は何を仕入れたんです?」
ファストの目線は店長のジョーの隣に積み上げられた大量の箱の一つに注がれていた。
本日のアルバイト先は魔法学用品店「マッジグズ」。取り扱っている学用品は、わりと何処の店でも買える物が多い。それ以外にも、ジョーが趣味で仕入れたよくわからない物も並んでいるので、珍しい物に飢えた学生には人気の店である。
かくいうファストも学生時代はここに足しげく通っており、その縁からこの店を手伝っていた。ジョーからは『あなたが継いでくれたら私も仕入れに専念できるのに。いつでも言ってちょうだいね⭐︎』と言われているが、そんなことしたらジョーがいつ帰ってくるかわからず紙芝居どころでは無くなってしまうので、今はアルバイトとして働いている。
「これはねぇ、魔法を使わずに変装が出来ちゃうキットよ。とーってもステキでしょ!」
「魔法を使わずに?めん…手間がかかりそうですね。」
「そうでしょそうでしょ!自分でやるからこそオリジナリティがでたり、何より魔法を使わないのがザンシンよね!」
ジョーはそう言って変装キットの箱にキスをする。
こういう商品を何処から仕入れてくるのかファストにはわからないが、彼の目利きは確かだと思っている。前に食べると髪が虹色になるキャンディを仕入れていたが、これが大流行りした。
流行った理由は、首都の建物に使われている素材にある。首都は魔力を含んだ特殊な岩石『
この沈んだ色の街並みと相対的な明るい虹色の髪になることが、変化を求める学生たち(ファストも例外ではない)に刺さってキャンディは流行したのだった。
「荷物の移動、お願いしてもいいかしら?」
「今日は上手くいく気がします。荷物よ、僕についてこい。」
ファストは荷物に魔法をかけ、店の地下倉庫へ降りていく。
「先頭の箱は奥へ!二番目箱はえーっと…インク?右手前…待った待った、次の箱勝手についていくな!」
お気づきだろうか、彼は片付け魔法が苦手なのである。集中力が乱れるのも時間の問題で、大きな音と共に箱があちこちに散乱した。
※※※
ファストは夕暮れの街をとぼとぼと歩いて帰路をたどっている。結局、倉庫の大惨事はジョーによって片付けられた。ジョーからは『ファストちゃん、これも花嫁修行よ!次もあるわ!』とよくわからない励まされかたをした。やりたいことも、やりたくないことも、うまくいかない毎日だ。ファストは今日何度目かわからないため息をついた。
「どうした?ため息なんかついて。」
後ろからの聞き覚えのある声に、ファストはハッとした。
「イテツキ…久しぶりだな。」
「おう、久しぶり!」
イテツキと呼ばれた女はニカッと笑った。彼女はファストのアカデミー時代の同期で、課題をギリギリまで終わらせないイテツキを毎回ファストが手伝っていた。彼女は卒業後、帝国の治安部隊である魔法騎士団に入ったと聞いている。街中のパトロールだからだろうか、彼女は騎士団の鎧ではなく、簡易防具を着用していた。
「イテツキこそどうしたんだ?その格好、騎士団の仕事…だよな?」
「ああ。首都の建物が、特殊な石で建てられているだろ?」
イテツキは建物の壁にそっと手を置いた。
「ああ、白灰石だな。」
「その白灰石、灰色になる速度が早まってきてるって話でさ。で、優先的に新しくする建物を確認しろーって言われて確認中。」
白灰石から魔力が尽きると、真っ黒になって粉々に割れてしまう。昔はよく採掘できたことからこの石を使っても問題は無かったらしいが、今では白灰石の採掘できる場所が減ってきていた。だからこそ、優先度を決めるのは大切だとファストにもわかってはいる。
「パッと見、そんなに変わらない気がするけど。」
「私もよくわからん。まー、確認しないよりはマシ。」
イテツキは『前の記録と照らし合わせるんだとさー』と言いながら持っている資料に何か書き込んでいる。その姿がファストには羨ましく思えた。
「…偉いな、イテツキは。」
「おだてても何もでないぞ。」
「ほんとさ、僕と違ってちゃんと働いてるし。」
「バイトも労働だろう?」
「本職はお金が全く入らない紙芝居師でございまーす。今日もダメだったし。」
「そうなのか?」
イテツキは作業の手を止め、ファストをジッと見つめた。
「お前、仕事道具どうした。」
※※※
イテツキに紙芝居が入ったカバン一式を忘れたことを指摘され、ファストは大急ぎでマッジグズに戻っていた。日もすっかり沈み、辿り着いても店のドアに鍵がかかっている頃だろうが、ファストは店に入れる心当たりがあった。
何日か前、店に来た学生のカバンに入っていた魔法薬が漏れて異臭騒ぎになった。慌てたジョーが2階の窓を力任せに開けて、鍵を壊していた。窓が店の裏手に面しているし、2階に客は立ち入れないので修理は後回しにされている。そこからこっそり出入りしようと考えていた。
ファストは店の前に辿り着くと、隣の建物との間を通り抜けようとした。狭いし、物も置いてあるので転ばないように気をつけなければいけない。やっとの思いで裏へ到達すると、次は例の2階の窓に近づく必要がある。
通路にほったらかしにされていた木箱に『木箱よ、僕を乗せて浮かび上がれ。できれば慎重に。』と魔法をかけることで、ファストは上手く窓に近づくことができた。
音を立てないよう、慎重に窓を開けて店内に忍び込む。隣の部屋が着替えや荷物を置く場所になっているので、サッと紙芝居入りのカバンを持ってくることは造作もない。
あとはこのまま家に帰るとだけのはずだった。
下から物を落とした音が聞こえて来るまでは。
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