第1話

 啓介は、状況把握はおろか、周囲の人々に言われるがまま、何をしていいのかもわからずにいた。

唯一、気が付いたこととすれば周囲からどうやらうやまわれているような感覚があることぐらいであった。

 中学生か高校生かと思われし年齢ほどの少女が、啓介を部屋へと案内する。

「こちらです。どうぞ。」

 言われるがまま案内された啓介は、その豪華な部屋をみながら「湯の準備をしてきます」と言って出ていった少女が戻ってくるのを待っていた。


 「豪華な部屋だな……。」

 あまりにも豪華な部屋に、ぼそっとつい口をついて出てしまっていた。

 (一流ホテルのスイートルームみたいだな……。)

 実際は、しがないサラリーマンである啓介が、一流ホテルのスイートルームなどに泊まった経験なんてないのだが、テレビで見たことのあるような部屋を想像して思ったのであった。

 最初に入った部屋には、ソファーとテーブルが設置された応接間のような部屋があり、その部屋を仕切ることができるようになった開閉式の扉を抜けるとキングサイズのベットが置いてある部屋があった。そのベットの横には壁に接して小さなデスクが置いてあった。 

 なんとも場違いな空気に案内されたと感じながら、そっとその机に荷物を置き、辺りを見回してみる。

 応接間のような部屋には続く扉がいくつかあり、それぞれを開いてみると独立した洗面所とトイレがあった。そして、クローゼットなんかもあった。他にもバーのような造りの部屋も発見したのだが、そこに置いてある液体が何なのかボトルに書いてある字を読むことはできなかった。

 もしも、駅のホームで意識を失いここで目を覚ましたのであれば、地球と何ら変わりないこの場所に今でも違う土地にいることには気が付かなかっただろう。

 若干、肌寒いということを除いて……。


そうこうして、ルームツアーをしていた啓介の下に先ほどの少女が戻ってきた。

「湯の準備ができました。」と言って誘導されるがまま、そのあとをついていく啓介。大きなバスタブにお湯がはってある。そこには数名の少女が待機していた。一人は、バスタオルを両手に抱えて。また別の者は石鹸とボディスポンジらしきものを持って。

「え?」困惑気味の啓介にここまで連れてきた侍女が、不思議そうな顔をしている。

「え、待って……。」

頭を片手で抑えながら、もう片方は少女たちに向かって静止させるようにとるポーズの啓介に少女が「湯が冷めてしまいます。」と告げる。

(ちょっと待って……。この子たち、入浴の間中いるつもり?)

「いや、そんな趣味はない……。」そう独り言のように発した啓介は、この後、少女たちに出ていくように懇願したのであった。

ここにきてから確かに敬われるような感覚はあるが、貴族のように扱われた啓介は、なんともぎこちない。


◆◆◆◆◆◆


「ふぅ~。」

 誰もいなくなったその部屋の中で一人浴槽に入りぼんやりと考える啓介。

 (ここにきてからどれくらいたっただろうか。今頃日本だと、日が昇り切っている頃かもしれない。ここは、いったい今何時なんだろう。)

しかし、日本と今いるこの場所の時間の流れが違うことはすぐに分かった。

なぜなら、この世界へ来た時には日がすでに暮れ始めていたからだ。

 温かいお風呂に浸かり、ぼーっとする頭を起こそうと目の前にあるお湯を両手ですくって、バシャッと顔に投げつける啓介の頭はそう簡単には冴えない。

(この頭で考えても何も浮かばない……。)

 さっさと湯からあがり、ひと眠りしようと考えた啓介は、浴槽から立ち上がった。

 「よいしょっと。」

(33歳もまだまだ若いのに……。よいしょって……。もう齢か?)

 もう癖となってしまった掛け声を出してしまう自分に対して、段々とオジサン化してきたなと思って苦笑してしまう。

 近くに石鹸なども見当たらず、物足りなさがのこるものの、眠気が勝る啓介は、そのまま出ることにした。浴槽のすぐ横にある木製の仕切り板の先へ向かうと、そこには丁寧に畳まれた白い服が置いてあった。大振りのゆったりとした服を着て、身支度を確かめようと鏡の前に立った時だった。

「えぇぇぇぇぇ!!!」

寝ぼけているのか? 

両手で自分の顔を叩いて痛みで思考を起こそうとする。

しかし、そこに映った姿は紛れもなく啓介であった。

若かりし頃の……。

最近気になっていた後頭部や額にできた横ジワもなく……おまけに目の横にできる笑いジワもなくなっている。ピンと張りのある肌をしていた。

自分が知っているそれとは、あきらかに若返っていたのだ。


 身長こそ大差がないものの若いころと同じような顔つきなのだ。何より、後頭部が。鏡の前で自分の顔、身体を入念にチェックして、その部屋を後にした。呆けた顔でその部屋を出た啓介を待っていたのは、先ほどの少女たちであった。呼ばれるのを今か今かと待っていたようだった。

 しかし、心ここにあらずといった様子の啓介に「お疲れですか? 先ほどのお部屋にご案内します。」と言って何も聞かず、案内してくれたのであった。



◆◆◆◆◆◆◆


 寺院へ一刻も早く戻ろうとしていたペルティエは、王宮を出てすぐのところで足止めを食らっていた。

 「そこを通してください。なぜ、道を開けないのですか!?」王宮へ召喚の儀が成功した一報をペルティエに持ってきた従者が声を荒げて近衛兵に訴えている。

 ここを通すものかと武力行使でいる近衛兵の姿をみて、微動だにしないペルティエが従者に落ち着くように言う。

「声を張り上げても何を意味をなさない。落ち着くように。」

それを聞いた従者が、しかし……と反論する言葉を手で制しするペルティエ。

 軍をなした近衛兵に秘書官とも思わしき男が近づき、一筆を渡すと近衛兵の一人が読み上げた。

「不敬罪の罪で現寺院の長であるペルティエを捕らえ牢に入れよ。」

なぜ……としどろもどろになっている従者を後目にペルティエは考えていた。

---------

『あのようなもの達に国を任せていていいのか?』

---------

恐らくセバスチャンとの会話であろう。

(もしや、セバスチャンが……。いや、やつはそう言った性格ではない。誰かが聞いていたんだろう。)

半場、強引なやり方に、王への疑心はますます大きくなっていった。


◆◆◆◆◆◆◆


 お風呂上がりの心地よさも相まって、眠気が勝った啓介は部屋に案内されてすぐ、いつも間にかぬ無理についてしまっていたようだ。


 どれくらい寝たのだろうか?

 一晩あけ、スッキリした頭で起きた啓介は、早速、思い返してみるのであった。


 (ここは、夢なのか?)

 そう考え自分の頬をつねってみるが、痛みが走る。

 (やっぱり夢じゃないのか……。)

 そうだ!と思って、ベットから飛び起きて洗面台へ走っていく。鏡を覗くと、やはりそこには若い時の啓介の姿があった。

 「そうか、若返ったのか……。」

 魂が抜けたかのように呆然とその事実を口にするのだが、やはり信じがたかった。

 「ここって地球じゃないんだよな……。なら、どこだ? ここ?」

 その部屋にある窓から見える景色を眺めながら、ポツリと言う啓介。

 すっかり日が暮れて、暗くなった景色が窓からのぞく。眩いばかりの星たちが輝きを放っている。日本で見る星々の輝きさとは考えもつかないほどきれいな夜空を描いている。


コンっコンっ


 扉をノックする音が聞こえ、扉に視線を向ける啓介。


がちゃ。

 扉が開くとそこには一人の男が立っていた。

 啓介は、その男と目が合うと軽く一礼をしたのであった。これは反射的なものであったが、その男が放つ雰囲気がどうも重役のような気がしたのである。


 「こちらに座ってもよろしいでしょうか?」

 その男が啓介に向かって応接室にあるソファーを示し尋ねてきた。

 「あ、はい。どうぞ。」

 啓介に許可を求められたことに若干の戸惑いを覚えながら、それを了承しその向かいに座ったのであった。

「私は、セバスチャン・スアレスと申します。」礼儀正しく一礼をするセバスチャンにつられて、なぜだかわからないけれど啓介も一緒になってお辞儀をしてしまった。

「あ、乙木 啓介と言います。」しかも自己紹介までもしてしまっている。

「啓介様、早速ですが、時間がそれほどありませんので……」 と前おきしたところでその男が話始めた。

(ん? 様……?)

「ちょ、ちょっと、その様はやめてもらえますか?」なんだか違和感がある。

「では、啓介殿、早速ですが……私どもは、「そのまま啓介で呼んでください。」

遮って、その違和感のある呼称を訂正したのであった。

「あ、では啓介とおよびしますね。私どもが啓介を召喚させていただいたのには理由があります。」

(ん? 俺、召喚されたのか……。)

「現在、この世界では闇に捕らわれた魔物の出現増加が他国を含め相次いで報告されています。これは世界問題になりつつある事案です。そこで啓介にその魔物たちの浄化というべきでしょうか……。闇に捕らわれた状態の魔物を通常に戻していただきたくお呼びした次第です。」

「浄化……ですか?」

「はい、神聖力のある者が宿す力です。」

(なんともファンタジーのあふれる世界だなぁ……。)などとのんきに考えている啓介は、ふと疑問がわいた。

「そのシンセイ力? の持ち主は他にいないんですか?」

(まさかの異世界で最強説か! よく最近の小説とか漫画とかであるしな!)高鳴る気持ちをを抑えながら外的には平然とした態度で聞く啓介。

「力が微力な者もおります。しかし、微力であるがために浄化の際には多くの神聖力の力を持つ者が必要となるのです。そして、そのリトレーン(浄化して通常の魔物に戻すこと)の許容量には、制限があるのです。」首を横にふりどうしようもない状況だと言わんばかりのセバスチャンの言動に深刻さが増す。

「じゃあ、そのリトレーン? できる量がパンク寸前ということでしょうか?」

その言葉に縦に首を動かすセバスチャン。

「そうです。そして、その量が超えた範疇はんちゅうは、討伐を行うことで今まで凌いでいました。」

(討伐……、つまり戦って倒すってことか……。)

「なら、何が問題なんですか?」

「それが、現在、魔物の出現区域の増加の一途をたどっており、討伐も追いつかなくなってきたのです。討伐でケガをすれば治療によって直ぐには復帰できませんし、そう簡単には倒すことはできませんから次の討伐へすぐにとは行きません。つまり討伐自体の許容量も限界がきているのです。」

「えっと……。討伐でも手に負えなくなってきたから、浄化できる許容量を増やす……ということですか? でも、シンセイ力? のある者が少なくて、追いつかないから、力が強い者を異世界から召喚した……。そういうことですか?」

飲み込みの早い啓介にセバスチャンは強く頷き、正解であると態度で示した。

ざっくりとこの世界についてセバスチャンが説明する内容を聞いて、啓介の召喚された目的やそのあらましが伝えられたことで、啓介の頭にはふとあるものがよぎった。

(まさか……。まさか~!)

 シリアスな顔つきになったかと思えば、宙に向かって冗談でしょ~というように笑う啓介は、セバスチャンに質問を投げかけた。

「もしかして、魔物って使役できるんですか?」 

「ええ、そうですよ。通常は使役することができます。もちろん使役できる力がある者に限られますが。」

(まさかね。はっはっはっ)

その疑念の種をそのままにしておくことは出来なかった。

「すいません。この世界……いや、この国の名前は?」

「アテナ国と言いますよ。今は建国876年です。」

 そこから近隣諸外国の国名やこの世界は昔、神々の世界であったこと、魔王と呼ばれる存在がいることなど、簡単にセバスチャンから伝えられたのであった。

最後には「今後については、この寺院で過ごしていただいてその力の使い方を学んでいただくつもりでいます。」とだけセバスチャンが言い終わると啓介は考え込んでしまった。

 聞けば聞くほど読んだことのある世界にそっくりだと思ってしまう啓介。


「もしかして、王の名前って……××××ですか?」

「なぜ、それを……?」目を丸くするセバスチャン。

 通常、ミドルネームまでは教えないのだ。知っているとしたのなら、親や婚約者、そういった近しい者のみである。なぜなら、タブー視されてはいる暗黒の魔法では、人に魔法をかける際、必ず正式名称とその人の媒体となる何かが必要になるからだ。

 国を担う一国の王の名前など当然のことながら第一級の機密事項である。

 そのセバスチャンの険しい表情に確信を得た啓介。

 この召喚されてたどり着いた世界が昔読んでいた小説の世界であることを確信した瞬間であった。


◆◆◆◆◆◆


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖人になれなかった召喚者 @shibakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ