第9話

 朔良が肢体からだを離して左右輔と見つめ合ったその刹那、柔らかい何かがふたりの脳天を強烈に打ち据えた。


「朝っぱらから公園のベンチで止めて頂戴。馬鹿なの?」


 あっけに取られて顔を向けると、そこには黒髪ヘアバンドでこ眼鏡の少女が柳眉倒豎りゅうびとうじゅの表情で腰に手を当てて仁王立ちになっていた。左手には学生カバン、右手には丸めた参考書を握りしめている。


「にゃは♪ふみたんおはよっ♪」


「よ、よう…おはよ」


 ぴったりと密着したまま朔良が何食わぬ顔で、左右輔が火でも噴き出さんばかりの赤面でそれぞれ答える。


「おはよ、じゃないわよアンタたち。春休みに朝から公衆の面前で淫行なんて進学の心配どころか下手したら退学よ?本当に一回通報して欲しいの?」


「「それだけはごかんべんを…」♪」


 期せずしてふたりの声がハモり、二三は大きな溜息を吐く。


「まだその言葉が出る程度の理性があるなら、そういうのは自分の家でなさいな」


「はあい♪」


「い、家で?」


 いそいそと離れる朔良と立ち上がって着衣の乱れを直す左右輔。


「公共の場じゃなければどうだって良いわ。学生なんだから人目を憚りなさいってこと。わかったわね?」


 二三はヌルい視線で睥睨へいげいして言い捨てるとそれ以上ふたりを顧みることなく早足に去っていった。


「こわ…」


「にゃっはー♪」


 残されたふたりはお互い横目に視線を交わし合う。


「それで、その、だな…オレは…」


 もじもじと言いかけた左右輔の額に朔良から砕けろとばかりのデコピンが入る。


「ぐあっ!?」


「それはエイプリルフール終わるまで♪おあずけね♪」


 彼女は渇きを宥めるようにくちびるを舐めて喉を鳴らした。


「あとでいーっぱい♪わからせて、あ♪げ♪る♪」


「お、おう…」


 彼、逆峠 左右輔さかさとうげ そうすけには悪癖がある。

 けれども彼女にはてんで敵わない。

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四月一日の困り者たち あんころまっくす @ancoro_max

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