15.ドイツ語で野ばら

 今のオレはさすがにスマートフォンを持っている。

 その機器に悪友の刷流目スルメ葦雄アシオから着信があった。こいつとは小学校からずっと、こともあろうか大学まで同じ学校になった。こんなやつは天下無双てんかむそうだ。

 オレは鼻をつまんで話すことにしてやる。


「ただいま電話にでることができました。ようけんを手短に云え、スルメ」

「やっぱおもんねー。そのネタいい加減やめれえぇー」

「今日はなにか用か?」

「今日は8日ようか

「お前こそおもろくない。それに今日は5日いつかだ」


 7月のな。ちょうど5年前、桃乃あいつと出会った記念日なんだよ。


「ケンスケ、就職が決まったんだってな?」

「おう」

「おれ、そんなお前を祝ってやろうと思ってよ。今夜、飲みにいこうぜ」

「そうだなあ」


 白血病が完治した桃乃は、そのまま札幌で暮らすことになった。

 どうしているだろうか。オレたちは連絡すら取らない関係になっている。

 今頃は、ちゃんとした彼氏でもできているのだろうなあ。まあ露樹あいつが幸せなら、それでいいじゃないか。


 あの少女と会えなくなったために、脳内骨折で全治50か月以上になったオレの傷の痛みが、なんやかんやで刷流目のおかげもあって、少しはやわらいでいたってもんだ。だからほんの少しくらいは、彼奴きゃつに感謝してやっている。臭い友情ってやつな。

 そういうことで、オレと刷流目は「2人とも就職内定したぜ祝賀会」をやることにした。


 オレは久方振りに飲んで食うのだった。やけに気分がいいぜ。

 そのあと、2人でカラオケ屋にやってきた。


「そういやケンスケがカラオケなんて、はじめてなんじゃないか?」

「ああそうだ。だがしかし、今夜のオレは歌わずにいられない。だからスルメ、どんなに耳障りでも、黙って最後まで聴けよ」

「しゃーねーなあ、つきあってやるよ。なに歌うんだ?」

「野ばらだ」

「それ流行はやりか?」

「知らないのか。スルメは教養がないなあ。中学1年からやり直せ」

「うるせえぞ」


 オレが云った『野ばら』という歌は、偉大な詩人ゲーテが1789年に発表したらしい、有名な古典詩『Heidenrösleinハイデンレースライン』だ。

 その年にはフランス革命が勃発したのだが、今はどうでもいい。刷流目なんかに説明してやるつもりもない。


「お前も就職が決まった祝いとして、特別にドイツ語で歌ってやろう」

「マジか?」

「マジだ!」


 オレはマイクを握り、声を張りあげて歌うことにした。

 音痴でも下手でもどうだっていい。

 歌詞や発音が違っていても、一切気にすることないぜ。


 ざーない、くなっーない、れーすらいてぃん♪

 れえぇすらい、あふでぇーる、はぁいでぇん♪

 うぉーるぞぉ、ゆーげん、もぉるげんしぇん♪

 りーふぇるしぇねぇる、えっなぁつーぜぇん♪

 ざぁつみっとふぃーれん、ふろおぉーいでん♪

 れーすらい、れーすらい、れーすらいろぉと♪

 れーすらいん、あっふでぇる、はぁいでん。




     【 ~ 完 ~ 】

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