14.特別なイエスタデイ
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オレたち学生にとってめでたい、1学期の最終日がやってきた。
終業式のあとのホームルームが終わって、学校から去った。しばらくのお別れだ。なんの未練もないぜ。
オレの音楽の成績は3だった。
ギターの練習をしなかったら、音楽は1だったはずだからな。彼女は「ワタシもムチを振った甲斐がありました」と云って笑うのだった。
「休みの間も連絡していいですか?」
「もちろんだよ」
「ワタシ、すぐに札幌にある田舎へ帰ります。8月の頭までは会えないの」
「北海道か。元気でいろよ。あっちは涼しいのかもしれないが」
「はい。8月の7日にデートしてくれますか?」
「デート!?」
それが実現すれば、オレの人生で初の偉業になるじゃないか。
「いやかしら?」
「そんなわけないぜ。デートしようじゃないか。8月の7日はホームランだ」
「野球は観にいきませんわ。興味ないもの。あ、その日に札幌土産をお渡しします」
「そりゃあ楽しみだなあ。デートは、そうだ、遊園地でもいいか?」
「そうね。どこか連れてって」
「よし約束だ。東京方面、浦安にでもいこうぜ」
次の駅で彼女がおりてしまうのは名残惜しいが、しかたないことだった。そのときの
「1泊くらいいいだろ」
そう云ってオレは、電車をおりる桃乃を見送るのだった。
それからの露樹と会えない日々が、超長く感じられた。
信州と札幌という大きな距離があって、携帯電話すら持っていないオレたちは、他の若者たちと同じように、簡単にメッセージのやりとりをするなどできなかった。
オレは短期バイトで稼げるだけ稼いだ。デート費用はオレがだす。ギターのレッスンをしてもらった礼だ。
いよいよ明日という8月6日を迎えた。楽しみに待っているオレだった。
午後、オレの家の電話に、露樹からかかってきた。
『ワタシ、ここで入院することになりました。白血病です』
「えっ!?」
『しばらく会えないの。ごめんなさいね』
「北海道で入院するのか?」
『はい。こちらの大学病院です』
「きっと直って、また信州に帰ってこい」
『判りました。それではきりますから』
「おう、またな」
夏休みの後半も、オレはバイトをして金を貯めた。
それで、いいギターを買った。毎日欠かさず『イエスタデイ』を弾いた。
ずいぶんと上達したものだ。
「今のオレにはギターがある。威張れるほどではないが、お前に聴かせる腕もある。だから、元気になって戻ってこい。桃乃にだけ、特別なイエスタデイを聴かせてやるからな」
そんな風にオレは涙を堪え、ひとり言をつぶやいていたものだった。
あれから、もう5年のときがすぎた。
イエスタデイを桃乃に聴かせてやるというオレの願望は、叶わないままだ。
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