episode:10 リトルキング


 王は子どもだった。小さな王様。16歳のメイよりも幾らか年下に見える。王の間として通されたそこは城のてっぺん付近に位置していて、見晴らしが非常によかった。開け放された観音開きの窓の側で夕闇の空を遠望していた王の立ち姿は、威厳という表現からはかけ離れているように思えた。

 王の間の壁や床には虹色の光を放つ鉱石が点々と埋め込まれていた。アンモナイトの化石のようにも見える。

 絢爛豪華な装飾品の数々とはまるで不似合いな王の姿。見るからに大人用に仕立てられたローブの裾をやはり引き摺っている。チャックのついていないパーカーを中に着込んで、活発な少年が好んで履くような短パンから花の生えた足を伸ばし、いかにも童心をくすぐりそうなデザインのスニーカーをきゅっと鳴らす。

 シルバーの王冠に押さえつけられたカナリアの羽毛のような髪。右手には頭身よりも高い杖を握り絞めている。壁や床に埋め込まれているものと同じく、虹色の光を放つ鉱石が頂点には嵌め込まれている。まるで魔法使いの見習いのようだ。遊園地からの光がちらちらと跳ねる夕闇から吹き込んできた風を受けて得意そうに顎を上げる彼のことを、メイは密かにリトルキングと呼ぶことにした。

「王、連れてきました。新たに迷い出たゴーストチルドレンです」

 ロシュがうやうやしく告げる。こんな大男があんな小さな男の子に対して畏怖の念を抱いている姿が、メイには滑稽に思えてならなかった。ミレディは相も変わらず自由人然とした姿勢を崩さずに、上半身をゆらゆらとスロウテンポで傾がせている。

 王はへの字型の口をぱかっと開けて、どうにも予想通りの声で訊いた。

「お前、名は」

「えっと、メイっていいます」

「歳は?」

「16」

「お前、処女か」

「は……」

「処女かと訊いているのだ」

 王は暗い笑みを忍ばせながら、その内くつくつと髑髏が鳴るような笑い声を立てる。

「ああ、面白いなあ。性愛がまだ恥じらいと共に語られていた時代から来たのだな。叙情的だな。なあ、ロシュ、ミレディ」

 メイはわなわなと震えている。ロシュは眉根を寄せて首を軽く傾げ、ミレディは愛想を絵に描いたような笑みを貼り付ける。王はしばし笑った後で続ける。

「その反応を見受けるに、まだ貞操を失っていないらしいな。随分と治安のいい時代から来たらしい。そう震えるな。この世界に順応する生き物は人類を含めてみな両性具有。セクハラなんて概念はとうの昔に廃れている」

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THE BOUQUET OF HEARTS 井桁沙凪 @syari_mojima0905

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