episode:9 ロシュ副大臣
夕闇が世界を暗くする。地上でなにかが蠢いたことに気づき、目を凝らす。メイは遊園地に向かってくる馬の群れを見つける。正確には馬ではないかもしれない。四つ足の、所謂この世界で言うところのLOVEというやつなんだろう。魔法の世界を舞台にした物語から飛び出てきたような姿形をしている。
ミレディも心なしか高揚しているような面持ちで馬の群れを見下ろす。ミレディがはたと立ち止まってしまったので、メイも同じように立ち止まる。
ミレディが手を上げるのと同時に、落ち葉色の髪が風に揺れる。言動は割とお茶らけていても、その横顔はどうしようもない憂いを湛えている。
やがて、遊園地の電源がつく。水面にぶつけたような光の粒が乾いた大地に点灯する。回転木馬が愉快な音楽と共に回りだし、コーヒーカップの中央に鎮座するティーポットの蓋からうさぎが飛びだす。誰もいないのに。遊園地は誰かを楽しませるために動いている。あるいは、人間の不在をアトラクション同士で歓んでいるのかもしれない。人間が定めた用途に沿えることが物にとっての喜びなのだという文言に、メイはずっと胡散臭さを感じていた。もしも物に感情があったなら、遊園地のアトラクションなんてまず間違いなく
城の中から足音が聞こえる。二足歩行のリズムだ。人気が出てくると活気も出てくる。ただし向日葵星人やスズラン星人をはじめとして、この世界の住民は人であると断言するにはいささか奇妙すぎる。ぜんぜん違う文化の国に放り込まれてしまったみたいに、メイは一人ではないながらも孤独だった。
廊下に面する城の扉から出てきたのは、やっぱり異様な感じの、背高の男だ。
「はあい、ロシュ。どこ行ってたの」
「
「うそ。ゲームに夢中で気づかなかった」
「
「いや?」
「聞くまでもなかったな」
「いまちょうどゲームをポーズ画面にしててさ、王が来るまでの時間再開しようと思ってたんだけど。たぶんロシュと一緒に帰ってきたよね? 王」
「ああ」
「よし、じゃああとよろしく」
メイは背中を押されて、とと、と前につんのめる。そして慌てて後ずさる。
この男、デカい。堀の深い顔立ちをした外人のパリコレモデルみたいな等身の男は、直線で構成されたスーツと一緒に厳粛な雰囲気を纏っている。威圧感がすごい。
「なんで? ロシュは副大臣ぞ。あたしの命令に背くようなことはしないって」
「王はそれなりに立腹していた」
「ん?」
「ゲームのセーブは取ったのか」
「……分かったよ。行くよ。はぁ~、あたしこんなに可愛いのにな~。ちょっとくらいの職務怠慢いいのにな~」
「36時間ぶっ通しでゲームに没頭するのが〝ちょっと〟か」
「ちょっとどころか無いみたいなもんよ。ガイアのママンのおかげであたしたち不老不死になっちゃったし。人生は無限だもん」
もん、と頬を膨らませたミレディの目が、一瞬、翳った。副大臣であるらしいロシュは気づかなかったようで、最近やけにませだした娘に向けるような眼差しを湛えている。
「ていうかあんまり皮肉るのやめてくれない? あたしがいいとこでゲーム止めたのロシュが通信に出なかったからなんですけど?」
「何か用があったのか」
「ん、いや、まあ」
「安否確認か」
「まさか。あんなイケてる宗教団体にやられるわけない」
「経験値を代わりに稼いでほしかったのか」
「ん。さすが、散々やらされてるだけあるね」
「あ、あの……仲いいんですね」
「ん?」
「恋人ですか」
「はっ、キミ……違うよ。大臣と副大臣」
ミレディの冷笑と、瞬時に
「王って、なんですか。この世界の王様ですか」
「いずれはな。王は人間至上主義者だ。自我を持つ我々が最上階級に位置する理想郷を構築しようとしている」
「異邦人だからって処刑されたりしないよ。キミは……名前ある?」
「メイです」
「メエ? ほんとに羊ちゃんなのね。メエちゃんは
「なんですかそれ?」
「調和を乱す存在だ」
「ここに来てからみんなそうですけど、分かるように言ってください……!」
心からの叫びだった。叫びといっても実際に出たのはか細い声だったけれど。
ミレディはまた冷ややかな笑みを浮かべる。外面の高低差が台風間近の大気のように不安定で、本心が見えない。
「どうせ分からなくても生きていくしかないから。いいじゃん」
「ミレディ、早く行こう。王の許へ。ゴーストチルドレン同士にしか治められない不安もあるんだろう。ここで花化されても困る」
「ん? ガイアプラント適合率負けてるっけ?」
「計れていない。メイのカソード電極は少し故障している。王が劣っているということはないだろうが、念のためだ」
「ん。もう早いとこ謁見させてゲームしよ」
ロシュとミレディはメイの先を歩きだす。メイは内心だいぶ憤っていた。
彼らには同情心が欠けている。冷徹で、自分本位というか組織本位というか、なにか大きな目的にさえ支障が無ければ些末な問題は放っておく。そんな感じだ。メイの周りでメイを放っておいた大人みたいだ。この説明不足の状況はメイにとっては死活問題なのに。
メイは境遇を同じくしているらしいゴーストチルドレンに会いに行きたいと思いながら、心の底では向日葵星人の安否を懸念している。
わたしが怒りをあらわにした時、彼は〝分からなくていい〟じゃなくて〝分からない〟と言った。あの時伸ばされた右手。恐ろしくはあったけれど、彼は突き放そうとはしなかった。あくまで歩み寄ろうとしていた。そのことに気づいた時、メイの胸がつんと痛んだ。
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