懺悔

きと

懺悔

「……先生、私はどうするのが正解だったのでしょうか」

 ある心理カウンセラーの下にやって来た女性は、カウンセリングの最後にそう切り出した。

 この女性は、もともと人の目がとても気になるという悩みでカウンセリングに来ていた。

 ただ先週、友人の葬儀そうぎに参列するので、カウンセリングを延期してほしいと連絡が来ていた。

 今日、この場に来た時、カウンセラーは女性の雰囲気がいつもより暗く感じていた。

 友人をなくしたのだから無理はないと思っていたが、今の発言だと、まだ何かあるのかもしれない。

「何か、あったんですか?遠慮えんりょなく話してください。それを受け止めるのが、私ですから」

 カウンセラーは、そう言いながら覚悟を決める。何を言われてもいいように。

「先週、一人の友人を亡くしたのは先生もご存知だと思います。実は私、その友人の最期の瞬間に立ち会っているんです」

「そうだったんですね……」

 それは確かに後悔の念が残るだろう。先程のどうするの正解だったのか、という問いもこの女性が友人の最期に何かできなかったこと、してあげられなかったことがあるからこその発言である。カウンセラーは、そう推測し、言葉を選ぶ。この女性の心の中の何かが、壊れてしまわないように。

「その友人さんに対して、何かしてあげられなかったことがあったのですか?」

「……助けて、あげられなかったのが」

 女性は、友人の最期を思い出してしまったのか、涙声になる。

 助けてあげられなかった。もしかすると、事故か何かで友人さんを亡くしてしまったのか。

 でも、仮にそうだったとして、亡くなった友人さんがこの女性をうらんでいるとは思わない。そんな風に思うのは、先に旅立った友人さんを心配させてしまうだけだ。

 そのことをどう伝えるか、思案していたカウンセラーよりも先に、女性が口を開く。

「目の前で、ビルから飛び降りて……」

 カウンセラーの思考が止まる。

「わ、私は見ていることしかできなかった……! 誰も私を止めようとする人もいなかったのに!あの子の顔を見たら、止めるのに、一瞬ためらってしまって、それで……!」

 それは、どれほど後悔しても、何かできたのではないかと思うことだろう。

 どうして、その友人さんが自殺したのか、女性は知っているはずだ。

 でも、今それを聞き出すのは、女性をさらに追い詰めるだろう。

 なんで、友人さんの異変に気付かなかったのか。

 なんで、友人さんは自殺という選択肢を選んだのか。

 なんで、この女性は止めることができなかったのか。

 最期の瞬間、この女性と友人さんの間に何があったのか。

 それは、カウンセラーが聞いてはいけないことだろう。きっとそこには、二人しか分からない何かがあった。

 でも、そのことで女性は、深く落ち込んでいるし、これから先も引きずって行くことだろう。それをカウンセラーとして、放っておくわけにはいかない。自分が思い出すことも辛いことを話してくれた女性の勇気に、応えたい。

「……ご友人は、あなたにどうして欲しかったのか。私には、正直見当もつきません」

 女性はうつむいたまま、はい、と返事をする。

「ならば、そのご友人に『あなたは孤独ではなかったんだ』と知らせることができたと思いましょう。悔やんでいると言うことは、貴方は、本当は止めたかったのでしょう?」

「もちろんです! あの子は、昔から優しく可愛いくて、こんな私にもいつも良くしてくれて……!あの子は、あの子は……!」

「それなら、あなたがそのご友人に確かに伝えられたことがあります。」

「……え?」

「あなたが最期の時に、あなたが自殺の現場にいて、自殺を止めようとしたことで、ご友人を想う人は確かにいたんだと伝えることができたんです」

 分かっている。こんなものは、ただの気休めだ。こんな言葉で、目の前で涙を流し、悲しみにれる女性を救うことはかなわない。本当にこの女性を救えるのは、女性自身か死んでしまった友人しかいない。

 でも、友人はもういない。ならば、後は女性がどう自分と向き合うかだ。

 女性が自分を許すまで、どれだけ後悔し続けるのか、分からない。いつか、女性が前を向いて進める日が来るのかすら、分からない。

 それでも。

 それでも、助けたいと思っている人間がいることを伝えられるのならば、この言葉にきっと意味はあるはずだ。

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懺悔 きと @kito72

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