ある父の日記
玉手箱あかね
全1話
昨年、病気を患っていた妻が先立ってから、小学五年生の娘と二人暮らしだ。
朝起きてコーンフレークを二人で食べ、娘より先に仕事へ出掛ける。
妻の入院が長かったせいもあり、二人の生活は慣れたものだ。
夕方六時に帰宅すると、娘が洗濯物をたたんでいる。
ドカタの仕事だから靴下なんて毎日砂まみれで、娘は自分の洗濯とは一緒に洗わないで、しかし父の分もちゃんと洗って干してくれるのが嬉しい。
我ながら、いい娘だと思う。今夜はホウレン草を茹でて、ごま和えを作っておいてくれた。
「隣のおばあちゃんが、くれたんだよ。」
と、二人で囲む夕食は、隣のおばあさんのキンピラごぼうで少し賑やかになっていた。
「ハルカ、どっか遊びに行きたいか?」
「えっ、・・・行かない。」
「遊園地どうだ?」
「えっ、・・・いいよ。」
「なんで?」
「お父ちゃん、何着て行くの」
そうか。
いつも砂まみれのボロい作業着か、パジャマにしているスエットしか着てないもんな。
これじゃ、一緒に歩くのは恥ずかしいか。
「じゃ、次の休みはお父ちゃんの服を買いに行くか」
「うん」
途端にハルカの表情が明るくなった。
そして次の日曜、近くのスーパーの片隅にある洋品コーナーで、ジーパンと明るめの色のチェックのワイシャツを買った。
ハルカが、これがいいかもと選んでくれたものだ。
休みの度に、どこに出掛けることはなくてもそのワイシャツを毎回着ていた。
「そのシャツ、お気に入りなんですね」
と、五軒先の奥さんが、ゴミ捨ての時に声を掛けて来た。
「
と言うと、
「うちの亡くなった主人ので良ければ差し上げますけど。捨てるにはなんだか惜しくて、誰も着ないのにまだうちに沢山あって・・・お嫌でなければ」
三年くらい前に亡くなったご主人の?
・・・あまり乗り気になれなかったので断った。
が、それがきっかけで、ちょくちょくうちに総菜を持ってくるようになった。
夕食のとき、
「むこうのおばちゃんが、くれたんだよ。」
とハルカが言った。
ひじきの似たのだったり、おでんだったり、野菜炒めだったりした。
「ハルカ、おばちゃん嫌い」
珍しくハルカはふてくされていた。
総菜のお礼に、時々お菓子などを持っていくとき、ハルカは父の後ろに隠れて、挨拶もしないときがあった。
「ハルカ、挨拶はしなきゃだめだよ」
怒るでもなく、帰り道に手を繋ぎながら話したが、ハルカは家に戻るとエーン、エーンと泣き出した。
訳がわからず、どうしたのか尋ねると、しばらく泣いたあと
「お父ちゃん、おばちゃんと一緒に住みたい?ハルカはいやなんだよ、ハルカはお父ちゃんだけ居ればいいんだよ」
とシクシク言いながら呟いた。
そんなことを心配していたのか。
「ハルカ」
膝に乗せ、しっかり抱きしめながら
「大丈夫だよ、おばちゃんと暮らさないし、ずっとハルカと一緒に居るじゃないか。」
ハルカの頭をゴシゴシと撫でながら
「でもな、ハルカ。ハルカがとても良い旦那さんをみつけたら、お嫁に行ってもいいぞ?そしたらお父ちゃん一人で暮らせるからな。」
鼻水をすすりながら、ハルカは肩に乗せた顎をコクリ、コクリとうなずいた。
ゴミ捨てに行くと、狙っていたかのように五軒先の奥さんが出てきて、しきりにハルカちゃんは可愛いと話しかけて来るけれど、愛想笑いをして立ち去ることにしている。
今日もハルカが待っていてくれる。
亡くなった妻に、よく似てきた。
あと何年一緒に暮らせるかわからないが、この時間を大切にしたい。
ある父の日記 玉手箱あかね @AkaneTamatebako
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