第139話 やはり、先輩に出会ってよかった。−3

 日が暮れた旅館。

 二人で廊下を歩いている時、隣にいる先輩がくっついて腕を組んだ。


「すっごく気持ちいいー」

「よかったね。」

「夕飯は何が出るかなー!出るかなー!」

「なんだ。子供みたい。」

「フフ、今日は本当に楽しいー!」


 前に出た先輩が俺を抱きしめて笑う。


「バカ…くすぐるよー」

「ははははっー!くすづったい。」

「フフ…」


 からかった後、先輩と手を繋いで和室に戻ってきた。しばらく外の景色を眺めると、前に座る先輩が浴衣を触りながらうじうじしていた。浴衣が不便なのか、あるいは他に必要なものがあったかな。


「春日?どうした?」

「うん?なんかすっごく…涼しいって言うか…」

「もしかして、部屋が寒い?」

「ううん…なんでもない。」

「こっちくる?」

「ギューしてくれるの?」

「もちろん。」

「うん!」


 俺の膝に座る先輩を抱きしめた。外は暗いけど、月明かりが照らす雪山の景色もそれなりに美しい。そしてこうやって先輩を抱きしめることも気持ちいい、背中に頭をつけて目を閉じていると誰かノックをする音が聞こえた。


「はいーみんな中にいる?」

「うん。」

「夕飯持って入るねー」

「ありがとうございまーす!」

「自慢の夕食だよーごゆっくりー!」

「ありがとう…」


 しゃぶしゃぶと刺身、そして新鮮な野菜が目の前に広がっている。見た目で高級感がある牛肉を見た先輩がキラキラする目で牛肉から目を逸らさなかった。


「好きだよね?しゃぶしゃぶ。」

「うん!どうしてわかったの?」

「いつだったかな…七瀬先輩に春日の好きな食べ物を聞いたことがあったよ、それでお母さんに頼んだ。」

「本当?ありがとう!じゃあ、お腹空いたから食べようか?」


 幸せだな…

 夕飯を食べているこの時間は二人きりで誰にも邪魔されない、刺身を食べる先輩も熱い肉をほうほうと吹いている先輩も、その姿を見るだけでお腹いっぱいだな。

 この時間が永遠に続いてほしい…


「はい、ハルも食べて食べて!」

「うん。」


 先輩から一口もらって、肉を味わう。


「どー!美味しいでしょう!」

「うん。そうね!」


 ……


 そして幸せな夕食の時間もあっという間に消えてしまう。深まるこの夜、もう寝る時間なのに俺は眠れなかった。そんなに勇気を出せ、出せ!と自分を追い詰めても武藤さんから聞いた話がずっと針になって心の真ん中を刺していた。


 もう10時半、ぼーっとして時計を見つめてもしょうがない。


「少し…散歩でもするか…」


 指輪ケースと上着を持って別館を出た。


「あのハルー!私、話したいことが!」


 和室に戻って春木に声をかける春日。


「…いない。」


 和室の中を探したけど、もう春木が別館を出た後だった。外に出かけたと思う春日が別館の周りを探して、どこかに出かける春木の姿を見つけた。この距離じゃ自分の声が届かないと思った春日は上着を持って春木を追いかけることにした。


「はあ…」


 寒いな…

 俺は別館から遠くない思い出の場所に向かった。昔、一人でこの山を登る時にはすごくきつかったけど、高校生になった今の俺には余裕だな。昔のことを思い出して5分くらい歩いたら思い出の場所に立っていた。

 

 そこにはまだ俺の落書きが残っている。


 ——————ハルヒ。


 この場所が好きになった理由はここから眺める町の光が綺麗だったからだ。この夜景はいつ見ても綺麗だった、何年が経っても綺麗…だ。一人で眺めるこの景色、誰もいないこの場所、そして今まで抑えてきた感情が湧き上がる。


「何…?」


 夜景を眺めるだけで涙が出る。


「離れたくない…」


 無意識の中で言いたいことを口に出した。先輩の前で言わないと意味なんかないのに、こんな場所で言えるのか…本当に馬鹿馬鹿しい。


 ぼとぼと…


 なぜ止まらないんだ…地面に落ちている涙はしばらく止まらなかった。気持ちを抑えて、ずっと膨らんでいる心が「パン!」と破裂したように胸が痛い。ぼーっとして夜景を眺めて、ただ涙が止まるまでその場所から離れなかった。


 今は…それしかできなかった。


「ハル…」


 大きい木の後ろに身を隠して、春木を見つめていた春日はバレないように一人で和室に戻る。


 ……


「そろそろ、帰ろっか。」


 なんか心がスッキリした気分だ。何をそんなに悩んでたのか、俺が考えても俺って面倒臭いよな…一人で何をするんだ。ため息をついて別館に戻る時、ポケットの中に入っている指輪ケースを握っていた俺は自分がダメだったことに実感した。


 和室に戻ってきたら暗い部屋の真ん中で先輩が座っていた。


「どうした?眠れない…?」

「…」


 先輩のそばに座ってじっとしていたら俺の手を握る先輩が泣き声で顔を見せた。


「春日…なんで泣く?どっか痛い?風邪を引いた?」


 頭を横に振る先輩が俺を見つめる。


「なぜ一人で泣くの…?」

「うん?」


 見られたのか…うわー恥ずかしい。


「一人で泣いているハルを見たら私も涙が出る…」


 ぐすんと鼻をすする先輩が俺を抱きしめた。


「私のせい…?私…なんか悪いことした…?空気を読めなくて…なんかした…?」


 俺の胸で涙を流す先輩、いつもこうやって自分の悪いことばっかり話した。

 いや、俺のせいだ。いつもやるって自分を追い詰めたくせに、何一つもうまく言えない馬鹿馬鹿しい俺のせいだ。あの時の話なんか…もうそんなことは気にしない、今先輩に俺の気持ちを言うんだ。


「春日。」

「うん…」

「俺、結構春日が好きなんだ。」

「うん…」

「これは…あの…今しか言えないから…ちゃんと聞いてほしい。」

「うん…」


 先輩の気持ちが収まるように抱きしめたまま頭を撫でてあげた。


「俺、まだ春日のことを全部分からないけど…俺もずっと、ずっと春日のことを好きだと思っていた。」

「うん…好きだよ。好きだよ…私も好きだよ…」

「事故があった時、傍観者のせいで周りの視線が怖くなった。そして一人になって落ち込んで暗くなる時…いつも一緒にいてくれたのは春日だったから…」

「ハルが私を守ってくれたから…そして好きだから一緒にいたいんだよ…それだけだよ…」

「俺みたいなものって言ってもいつも心には春日しかいなかった。」

「何が問題なの…?」

「うん…分かる。でも…」


 言え、言え、もう少しだ…


「何が…言いたい…?ハル…もしかして別れたい…?」


 先輩は卒業したら行ってしまうんだ。もう会えないんだ…だからくっそ春木言えよ!


「嫌だ!私はハルと一緒にいたい!」


 先輩が涙を落としながら俺の腕を掴む。


「じゃあ、結婚しよう!!」

「…」

「これ…一緒に出かけたあの日に渡すつもりだった…けど…遅くなっちゃった。遅くなったけど春日にこの指輪だけはもらってほしい。」


 その話をして、俺は渡さなかったあの指輪を先輩にあげる。そう、ただあげるだけだった。はめてあげるのは今の俺じゃ無理だよな…ここまで頑張ってやった。


 加藤春木…


 そして一瞬、世界が止まった。


 わあー引くわとか言われないんだよな…


「やはり、恥ずかしい…今のなし!」

「し…」

「うん?」

「幸せにしてあげるから!」

「はっ…?」

「聞こえなかったの?幸せにしてあげるから…ハルが卒業したら私と結婚するのよ!」

「でも…」

「何…?」

「春日、卒業したらカナダに行くんだろう?」

「うん?何それ?」

「え?」

「うん?」

「えー?だって武藤さんが…」


 何か思いついた先輩が笑い始めた。


「何…?なんで笑う?」

「もしかして…私がカナダに行っちゃうとか思ったの?」

「え?違う?だって武藤さんが…」

「そうね、先ハルとその話をしたかったのに…どっか行っちゃって泣いてたじゃん。」

「…」

「もしかして…」

「うん、私…日本に残ることになったよ。」

「…」


 わあー

 今まで悩んできた時間はどうなるんだ…俺はなんのために悩んでいたんだ…

 そんなことだったら早めに言ってくれよ。俺一人でどんだけ心配して、悩んできたのか分かるのかー!!と、叫びたい俺だった。


「私が行っちゃうのがそんなに悲しいー?ねね、言ってみて!」

「う、うるさい…」

「可愛いー春日が行っちゃうから!とか考えながらそこで泣いてたよね?可愛すぎー!」

「もう…!春日!!」


 ほほ笑む先輩が俺からもらった指輪を返した。


「やはり、いらないんだね。」

「違う、はめてほしいの。」

「そ、そう?」


 暗い和室の中、なぜか先輩の姿だけははっきり見えた。俺は迷わず左手の薬指に指輪をはめてあげた。


「綺麗…ハルのもあるんだよね?」

「うん。」


 月明かりが照らすところで二人はペアリングをはめた左手を伸ばした。


「好きだよ…春日。」

「うん…私も。」

「よかった…ほっとする。」

「もうバカみたい…そんなことで悩むのー?」

「だって誰も言ってくれなかったから…」

「フフッ…」


 いつもより綺麗な笑顔を見せる先輩が俺を布団の上に倒した。


「じゃあ、ハルの話も聞いたし…今からは私に従って…」

「うん…?」


 俺の上に乗って浴衣を脱ぐ先輩、その中から下着を履いてない裸がすぐ見えてきた。まさか、夕飯を食べる前のあれって…これだったのか。すでに裸になる準備をしていたってことか…


「今日は最後までやろう…」

「うん…」


 そして、二人はもう何も言わなかった。


 濃厚なキスと愛撫、喘ぎ声が漏れる静かな部屋で俺たちはセックスを始めた。


「はあ…」

「入れて…」


 今まで知らなかったこと、先輩と一つになる夜…

 先輩の中にゆっくりモノを入れて、上半身を持ち上げた。俺の首に腕を回して、激しく体を動き始めた。中に入れるなんてこんなに気持ちいいことなんだ…


「当たってる…中に…ハル…!」

「はあ…」


 先輩と触れ合う、北海道の旅。

 永遠など…求められないと思った俺は先輩に残りの人生の全てを上げることにした。


 ———————————4年後。


 20歳の俺は桜木と一緒に日本体表になって、約束通り武藤グループの会長になった先輩と桜が舞い散る春に永遠の愛を誓った。


 この後はずっと一緒にいるから、絶対に離れないんだから…


「愛してるよ…春日。」


 …


 長くてつらい学生時代だったけど、俺は自分の道を歩き続けた。ちゃんと、歩いてきたからなー


 これでいいんだ。


 やはり…その春、先輩に出会ってよかった。


 ——————『完』

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この春、君に出会ってよかった。 星野結斗 @hosinoyuito

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