Velvet Underground

海月ゆき

ショートショート

怪盗からの贈り物

「特別ミッションを発令する。お前たち――12月24日、ある遊園地を盗め」



 ――事の発端は、帝庭てば財閥の御曹司にある。

 休憩にと立ち寄った公園で野良猫と戯れていた最中、猫がいきなり道路に飛び出した。それを避けようとした車が脇に乗り込み、運転手が怪我をしたのだ。


 事情を訊くと、その運転手はある寂れた遊園地の経営会社のオーナーでその遊園地を閉園するかしないかの瀬戸際なのだそうだ。

 自転車操業で何とかやり繰りしているものの自身が怪我で動けないとなると経営は厳しいだろう、とそのオーナーは項垂れる。


 そこで帝庭財閥の御曹司――帝庭てば 孝司こうじは怪我をさせてしまった詫びも兼ねて、その遊園地を買収して帝庭財閥の傘下に入れ、経営の回復と発展を約束したのだ。孝司は怪盗を使って一芝居を打ち、リニューアルオープンとそれによる休園の告知を大々的に行うつもりらしい。


 二人の怪盗――コードネーム『べに薔薇ばら』と『あお薔薇ばら』は頷いた。帝庭財閥は人遣いは少々荒いが、この御曹司には人当たりの好さと老若男女問わず惹きつけられてしまうカリスマ性があったからだ。


 ミッションの内容をひと通り把握してから部屋を出ると、二人揃ってため息を付いた。そしてお互い見合わせる。


「あら、はるかもなの?」

「姉さんこそ……あーあ、今年のクリスマスは怪盗業かぁ。24日は彼と一緒に過ごしたかったのに」

「そうよね。25日はどう?」

「まだ聞いてない。だって忙しそうだもん」

「連絡したら案外空けてくれたりして」

「そうかなぁ。そういう姉さんは誰と過ごすの?」

「え? ……考えてない」

「そうなの? 連絡待ってると思うんだけどなぁ。――あ、そっか。こういうことか」


 あお薔薇ばら――はるかはひとり納得してから、顔を上げた。


「ありがと! 姉さんも頑張ってね!」


 自室に戻ってゆく遥の右手の薬指に嵌っている指輪がキラリと光る。

 その送り主は、帝庭財閥の傘下である大手製薬会社に勤めている、関西弁の男。妹は男を慕って勉学や研究を熱心に学んでいるし、男も知識を惜しみなく与えているようだ。

 あの男なら妹をきっと幸せにしてくれるだろうとべに薔薇ばら――呉羽くれはは思っている。


 そして自分はどうなのだろうと振り返って表情が曇る。遥に聞かれるまで、クリスマスを誰と過ごしたいのかなんて考えてもいなかった。思い当たる人物はいるが、二人とも季節のイベントごとからはおよそかけ離れた仕事をしている。しかも今年のクリスマスは自分も怪盗として動かなければいけない。

 ひとしきり悩んで何か閃いたのか、はたと足を止める。


「いいこと思い付いちゃった」


 呉羽もまた上機嫌で自室へと戻っていった。


 ――後日、遊園地へ送った予告状が警察に届けられ、新聞の一面を飾ることとなる。



§



 犯行予告当日の12月24日、夜。


 聖なる夜に召集を掛けられてしまった警察たちに混じって、探偵――依木よりぎ 秀夜しゅうやが現場を細かくチェックしていた。


 ――どこかおかしい。


 怪盗たちが普段盗む対象は主に宝石や美術品などの芸術品だが、今回は遊園地だ。寂れた遊園地など盗む必要があるのだろうか、などと考えながら依木が歩いていると少し先で見覚えのある人物と目が合った。

 公安警察――虹務にじがね れいだ。ある意味ライバルでもある虹務の存在に、焦燥に似た感情が依木の心をちりちりと刺す。


「……なぜ貴方がここにいるんです?」

「たまたま近くにいたのでな。立ち寄らせてもらった」

「貴方は管轄外なのでは?」

「それを言うならお前もだろう。現場を荒らす真似をして捜査の邪魔をしないことだ」

「私は貴方とは違って、警視庁の許可を得ていますが」

「ほぅ。しかし本音は大方、紅薔薇との逢瀬を一方的に期待している、と言ったところだろう。違うか?」

「さぁ……どうでしょうね」


 依木は思わず眼鏡を押さえたが虹務にはお見通しだろう。虹務はその様子に薄く笑うと、袖口から覗く腕時計を見遣る。


「そろそろ予告の時間だ」


 ――突然、遊園地を照らしていた照明が落ちた。加えて人員に配置していたはずのサーチライトが次々と割れてゆく。すぐさま予備のサーチライトが設置され、辺りを照らした。

 その光に一瞬捉えられた人物は光の出所を察知し、それに向かって素早く何かを投げる。距離があるにも関わらずそれはライトに命中し、破片が飛び散った。

 よく見るとそれは先端が鋭利な刃物でできたダーツだった。


「蒼薔薇だ! 追え!!」


 使い物にならなくなったライトはそのままに、警察たちの声や足音が入り乱れる。


「こっちにいたぞ!」


 怒号の方向に警察たちが集まるが、見えないものがピンと張られていて先へ進めない。その先で、団子状になった警察を嘲笑うように怪盗が大胆にも姿を現した。


「あなたたちはそこにいなさいな」


 紅薔薇だ、と警察のひとりが声を上げる。暗さに目が慣れてきたのだろう。にこりと紅薔薇は笑みを浮かべるとマントを翻して警察に背を向け、また姿を消した。薔薇の香りが余韻として残る。



「今日は一段と派手に暴れているな」


 その様子を見ていた虹務は苦笑混じりに呟くと足早に歩き始めた。彼女たちの目的は他にあるはずだと虹務は見当をつけていた。そうでなければ、遊園地を盗むという不可能な予告をするはずがない。

 そこまで考えて、虹務は並んで歩く依木を一瞥した。


「……俺はお前と共同戦線を張るつもりはないのだが」

「私もお断りします。ただ――彼女たちの目的が別にあるように思いましてね。おそらく奥のアトラクションに何か仕掛けているはずです」


 ――気付いていたのか。


 虹務は心の中で驚く。ずっと怪盗を追いかけていただけのことはある。だが――。

 苛立ちで心が波立つのを心の中で続ける言葉で抑え込んで平静を装う。探偵に気取られぬように、静かに。

 そうして二人は暗い遊園地の奥へと歩を進めると、アトラクションのカルーセルだけ照明が申し訳程度についていた。


「――あそこか」


 見えてきたカルーセルの木馬に紅薔薇と蒼薔薇がそれぞれ座っていた。冬の装いなのか、黒地にそれぞれの薔薇の色が大胆に刺繍されたマントを羽織っている。


「待ちくたびれたわよ、お二人さん」


 白い木馬の鞍に横座りで凭れかかっていた紅薔薇は、依木よりぎ虹務にじがねを見つけると身を起こした。虹務は軽く鼻を鳴らす。


「――余裕だな。お前たちの目的は何だ」

「目的? 予告状に書いた通りよ」

「本当に遊園地を盗む、と? 現実的に考えてそれは無理でしょう。こんな規模のものをどう盗むつもりですか」


 紅薔薇と蒼薔薇は顔を見合わせて、くすくすと笑う。


「もう盗んだわ」

「――!」


 その言葉に二人は弾かれるように辺りを見回す。どこにも異常はないはずだ。


「莫迦な……!」


 視線をカルーセルに戻すと紅薔薇がいない。蒼薔薇がダーツを構えて、空に瞬く星を狙うように無邪気に手遊びをしているだけだ。


「ふふ。二人とも隙だらけね」


 背後で声が聞こえ、バサリとマントが翻った。二人が振り向く前に紅薔薇の操るワイヤーが二人の手足を絡め取った。身動きができずに困惑する依木と虹務とは対照的に、紅薔薇はにこやかだ。


「……何の真似だ」

「あらやだ、不用意にあなたたちに近付いたら捕まえられるじゃない」

「当然です。貴女を捕まえる為にいるのですから」


 紅薔薇は依木に目を向けると髪に挿していた薔薇の飾りを一本抜き取り、ポーチから取り出したカードと一緒に依木の胸ポケットに差し込んだ。虹務にも同様のことをすると悪戯っぽく笑う。


「捕まえられるものなら、捕まえてみなさいな。――蒼薔薇!」


 紅薔薇が声を張り上げると、蒼薔薇は待ってましたとばかりに手にしていたダーツでカルーセルのチケット売り場に浮かんでいたバルーン数個を狙う。

 乾いた破裂音がいくつか聞こえた。――と同時に、カルーセルに光が点灯する。それはカルーセルを中心としてあちこちのエリアへとさざめくように広がっていった。


 ――イルミネーションだ。単色で統一されたエリア、あるテーマに沿って彩られたエリアなど様々だ。遊園地の隅々まで光が広がるとエリア内に設置してあるスピーカーからクリスマスソングが流れてきた。

 蒼薔薇が星の形をしたバルーン目掛けてダーツを投げ割ると、今度は花火が連続して打ち上がる。


「これは……」


 予想外の光景に依木と虹務が目を奪われていると、打ち上げ花火の音に混じってヘリコプターのローター音が聞こえてきた。

 いつの間にかワイヤーの拘束が解けていたことに気付き、慌てて怪盗たちの姿を探す。怪盗たちはカルーセルの屋根に立ってヘリから降りてきた縄梯子に捕まるところだった。


「待ちたまえ!」


 依木が叫ぶと紅薔薇が二人に向かって手を振り、艶やかに笑う。


「メリークリスマス!」


 そしてそのまま去ってゆく怪盗たちを依木は歯噛みする思いで見送る。しばらくして、依木の背後にいた虹務が静かに口を開いた。


「……なるほどな。派手好きなあの御曹司がやりそうなことだ」

「――まさか、」


 依木が振り向いて虹務を見ると、虹務は紅薔薇からのカードをポケットに仕舞うところだった。虹務の雰囲気が先程までとは打って変わって穏やかなものになり、口許には笑みさえ浮かべていることに依木は驚く。


「このカードに免じて今日は引き上げてやる。――ではな」


 踵を返して足取り軽く立ち去る虹務。恐らくは親友が経営するBarにでも行くのだろう。

 依木は胸ポケットからカードを取り出して目線を落とす。そこに書いてあったのは――……。


「……全く。貴女という人は」


 カードから目を離し、ヘリが去っていった方角へと真っ直ぐに視線を向ける。


「この私が貴女を捕まえてみせます。……必ず」



§



 遊園地に隣接するショッピングモールの屋上で一部始終を見ていた人影が二つ。


「あの二人、腕は鈍っていないようですね。安心しました」


 言葉に訛りが残る男は淡々と呟く。隣でヘリに腰かけていたもう一人の男は、けどよ、とその男を見上げた。


「いつ接触するんだ? 記憶はまだ戻ってないんだろ?」

「そのようですね。二人の背後が厄介のようです。少々荒療治が必要かもしれません」


 そこへ打ち上げ花火が空を彩り、男たちの横顔を照らす。醒めた雰囲気を纏うが、彼らの日に焼けた褐色の肌に花火の明かりがよく似合っている。


「しかし……この派手好きな御曹司が真実をどこまで知っているか、知った時どんな顔をするのか……見ものですね」

「おー、こわ」


 もう一人の男は大袈裟に肩を竦めてみせる。

 ――次に花火が打ち上がった時には二人の姿はなかった。

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