最終話

 振り向くと、俺の行動を見抜き呆れている二人。

 そして、すぐに臨戦態勢をとり、先程までの幼げ残る顔つきではなく獲物を狙う顔つきになっていた。


「本気でいく、覚悟しろヨ」

「お仕置の時間ね……」


 次の瞬間、口調の変わった彼女達を見失う。

 ドゴっと鈍い音と、僅かに遅れて頬と腹部に痛みがやってくる。さらに間髪入れずに前後から挟むように強い衝撃を受けた。


「ウッ」

 一瞬、息が止まる。


 堪らす腰元の短剣に手をまわすと、俺のその行動に一旦距離取った彼女らは、町の灯りでその目を光らせている。


「クソッ、あいつらマジじゃねーか」


 口の中に鉄の味を感じさせる液が染みでる。

 『ペッ』と、その口に溜まった液を吐き出し袖で口を拭い、短剣を抜き構えた。

 と同時にギラつく眼光が左右から迫り、光跡こうせきが交差する。


 右脇腹をえぐりにきたマオの爪に、反射的に防いだ短剣がギリギリと軋む。

 だが、時間差で左からしなるメオの蹴り。

 俺の体は宙に浮いたあと地面を勢いよく転がり魔石灯の街灯に当たり止まった。


 手元には握っていたはずの短剣がない。転げた弾みで手から離れ見失ったようだ。

 辺りを見回すが二人がいない。


「上か!」

 頭上からの追撃に間一髪で回避し、這いずる。


「ぁぶねぇ」


 食い物の恨みは恐ろしいって言うが、今の状況はまさにそれだな。

 二人を背に駆けて路地へ逃げる。


 ――が、この判断はミスであった。

 既に前方には、壁を伝いマオが待ち構えていた。

 振り返る後方にはメオが、左右には建物の壁が立ちはだかり、まさに袋の鼠。


 此処はコレしかない。急いで詠唱にはいる。

「内なる炎で周囲を燃やし尽くせ。イグニ……」


 しかし、攻撃の手の内は読まれ、詠唱の間に彼女達は距離を詰る。

 周囲に炎魔法が幕を張ることは無く、前後からの強烈な打撃が俺を襲った。


「……ス」

 最後の一言分だけ、彼女達の攻撃が速かった。

 俺は完全に敗北を悟った。


 「畜生、手加減ってものを知らねぇな……」


 徐々に狭まる視界。膝の力が抜け落ち、体勢が崩れる。

 そして、目の前に石畳の地面が近づいてき……


 *


 ――目が覚めると、全身の鈍い痛みに気がつく。

 身体は鉛のように重く、何かが瞼を重くし視野を狭めている。僅かな隙間でやっと夜空と路地沿いの建物が見えた。

 そして何かに乗せられガタゴトと進んでいるのを理解した。


「いでっ……こごばどおだ?」

 唇が腫れ呂律も上手く回らない。



「あっ、ご主人。気がついたのニャ」

 マオか?


「あれから全然起きないから、二人で運んでるネ」

 メオ?


 そうだ、確か二人との戦闘で俺は倒れたんだ。

 徐々に思考が巡り、記憶が戻ってきた。


「今日は、メオの奢りだニャ」

「今回・だ・け・は、メオの小遣いを貸すネ。勘違いするななのネ。これはご主人への借しネ」


「ずばん……」


 マオとメオの引く俺を乗せた資材搬入用の荷台が止まった。


「着いたニャ、ご主人。マオもうお腹ペコペコだから今日は沢山食べるニャ」

「私もなのネ」


 身体を起こし見ると、見覚えのある場所が出迎えた。早く行こうと二人に急かされ、俺は荷台から転げ落ちるように降りた。


 はしゃぎ俺の右手をグイグイと引くマオ。

 それを注意しメオが左手を優しく引く。

 

 俺達は夕飯にありつくために、大衆食堂〈ガストロノーム・ミレア〉の扉を開いた――


「よう、ちびっこ猫姉妹、いらっしゃい!」


「あら。リーフ、いらっしゃい。今日も随分と派手にやられたわねぇ」


 扉の先には、威勢よく店主夫婦が三人に声を掛け、賑わう冒険者たちが席を詰め、テーブルを用意し出迎えてくれた――




 FIN

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とある医薬術師の日常 狛ノ杏 @annzu-komano

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