第14話 私説

 米田敦さんは見かけ以上に人脈作りが上手そうだ。

 米田さんと話らしい話をしたことがないけど、今回は単純に「なんかすごい」と思った。獲物を求めて一人で動き、何がしか収穫してくるタイプだ。


 そろそろ梅雨が明けてもよさそうな土曜日。また雨が降っている。蒸し暑さはないので、窓を少し開けて風を入れる。

 Lサイズピザを二枚宅配してもらって、おきまりのサラダを大盛りにして、あとは牛タン塩釜焼きでランチ会をした。

 メンバーはいつもの四人+まどかさんと坂野さん。坂野さんの広重という名は個人的にインパクトが強い。

 米田さんは自身の「極秘任務継続中」とかで来られない。


 米田さんから坂野さんに「无乃郷レポート」が十部届いていた。

 あの日の无乃郷に関わった人数分と予備(なのどうかは不明)に一部。塔矢さんと倭文さん、そして母にも受け取って欲しいと伝言があったそうだ。


 まず米田さんは菅野史栄の関係者に連絡をとり、東アジア某国の資金について訊いてみた。だが痕跡が思いのほかわずかで、その先が辿れなかった。

 重機を貸し出したレンタル会社は、新しい重機を購入できるほどのレンタル料金を上乗せされていた。不安を感じて一度は断ったが、事後が不安になるほど威圧感が強くて恐くなり、結局そのまま受け取った。

 しかしオペレーターの派遣はあれこれ理由をつけて断った。ヤバ過ぎて大事な従業員やオペレーターは派遣しないと決めたという。

 恐怖心で身体が震えるほどだったので、近隣の同業者にアラートをだした。

「あー、その感じわかるワ」武田さんが手を挙げて立った。

「じつは俺もあたってみてんです。けど途中からヤバそうな気配がしてきて、リナックスで使っているラップトップを持って漫喫のブースへ移動したんですけど、ものの十分で全画面赤いドクロになって、もー怖くて怖くてパソコンを速攻クリアにリセットしたよ。そいで帰る時にそのかわいいラップトップちゃんを売ったもんね」

 大袈裟に両手で両肩を抱いて震えてみせる。

 圭子さんの口が『アホ』と動いてから「おきのどくさま」と言った。


 米田さんは万歳に逗留しながら村役場に日参して、資料と情報を共有することを条件に、ドローンを使って无乃郷を撮影する許可を得た。

「極めて優秀なドローンオペレーター」こと米田さん最大の信頼を寄せる仲間と組んでとことん撮影した。


 ドローンは无乃郷上空を九回を飛んだ。五月二四日、三十一日、六月七日、午前十時、午後二時、午後六時だ。

 日々移ろう天候の、とくに雨と風のお陰なのか、天狗山と天王神社の木々の緑は戻っていた。

 けれどあの日の爆風のダメージは、ひと月では回復できないというあたりまえがよくわかる。

 家々の跡形さえ無くなってしまった无乃郷の茶色い大地には雑草が芽吹き、のびのび成長しているものもある。ススキやセイタカアワダチソウには大人しくしてろと言いたい。

「天王神社の鳥居って、ほんとうにきれい。きれいなまま残ってくれてよかった」

 うるうるする。

 米田レポートはA4一枚に画像が三枚か四枚プリントしてある。クリアできれいな印刷だ。ぱらりぱらりとページを繰った。

 A4全面使った画像があった。わたしは見入ってしまった。

「夜叉の褥だよね。大きくて深そうな穴ができてる。噴火口みたいだしアリ地獄っぽい穴。ほら、あの白い粒子というか砂粒がまったく無いよ」

「この穴は掘ったんじゃなくて、地中深くで何かが爆発したように見える。何かが発射したようにも見える」

 恭輔さんはわざわざわたしのレポートをのぞき込んで言った。

「米田くんは、无乃郷の異変は菅野たちが研究所設置のために夜叉の褥を掘削したの原因だと言ってるんです」

 坂野さんがポソっと言う。

「米田くんの推測に異論はないよ」

 恭輔さんが夜叉の褥の大穴を指で突つきながら言った。

「掘削は音も振動も大きい。あの白い砂は掘っても掘っても砂が流れ込んで、菅野たちが望むような穴は掘れなかったと思う」

「パトロン組織も地盤調査はちゃんとしたのよ。空洞、地盤、岩盤、地層、水脈などをね。

 でもまったく地下の状態がわからない。3Dスキャナーを使っても映像が撮れなかったそうなの。なぜわからないのかがわからないって菅野さんが愚痴ってた。

 そのうちに作業員が倒れ始めた。倒れただけじゃなくて身体がだんだん消えていって、パニック状態になった。

 仕方がないので実力行使でやっつけようとしたみたいなの。無謀すぎて聞いてて怖かったわ」

 その場にいたまどかさんの表情が消える。心底怖かったのだ。

「そういう話は伝わるのが早いでしょ。だから作業員が集まらなくなった。しかたがないので外国から連れてきたのよ」

 寒気がする内容だ。みんな黙ってしまった。


 チャイムが鳴ってピザが届いた。

「さ、熱いうちに食べよ」

 圭子さんが冷蔵庫を開けて、アイスペールいっぱいの氷とコーラ二リットルボトルを両手に持って掲げる。コーラの隣に二リットルの水が並んだ。わたしはウーロン茶も並べて置いた。アルコールは無しだ。

 テーブルから米田レポートを片づける。そこへピザ二枚、サラダと牛タンの塩釜焼き、ミニトマトを配置した。

 恭輔さんは焼き上がった塩釜を割る作業を誰にも譲りたくないのだが、武田さんが手を挙げ塩釜を割らせろともめている。

 結局恭輔さんは大人の態度で、塩釜から出た牛タンのかたまりを切り分ける役にまわった。

 しばらく食べることに専念する。

「僕、天王神社の森の褥の成り立ちを知って安心したんだ。真希のおばあさんや天狗に連れ去られた人たち、四百年以上の間の无乃郷の人たちの魂というか、意識は夜叉の褥じゃなくて神社の森の褥にあったんだと思うと、成仏できたと思えるし、無事にあの世へ行けたんだろうなと思えてさ。今でもそれを思うと泣きそうになる」

「俺も田中に同感だ。大叔父さんをのせたリヤカーが消えていくところはすげえ不思議で、荘厳だったね。見ててリアル感がなかったよ。あんなリアル感のないリアルなんて二度と出会えないだろう」

「私も覚えています。祖母が亡くなったときでした。祖父が天狗山の家の前でじっとリヤカーを見送ってました。私は祖父の姿が悲しくて泣いてばかりいました。

 祖父も神社の森の褥で祖母と会っているといいけど」

 まどかさんもうるうるしている。みんな静かになって雨の音を聞いているみたいだ。

「大丈夫。きっと手をつないであの世へ行ってますよ。うちの祖父も森の褥で祖母を待っていたんだろうと思います。もしかしたら大叔父もいっしょに三人であの世へ向かったかも。

 もう誰も森の褥には残っていないです。そんな気がします。誰もいなくなったら、褥も消えていくんでしょうね。

 夜叉の褥が無くなって、森の褥は、褥を維持するエネルギーはなんじゃないかな」

「私もそんな気がします、真希さん」

 まどかさんへうなずいて、わたしはミニトマトを一つ口に入れた。酸味が心地いい。

「ねぇ、真希さんとお兄さんってどう違うの? 由子さんは守り人の家へ行けるのに、叔母さんは行けないでしょ。どう違うのかな」

 圭子さんの問いに、わたしはまどかさんを見た。

 薄々はわかる。天狗が動いてるのを感じられるか、感じないかの違い。

「由子さんから聞いてるかどうかわからないけど、真希さんもお兄さんも、生まれてすぐに天狗山の裾へ行ってると思う。そこで大泣きするか、いつも通りなのか確かめられる。

 大泣きする子は天狗の気を感じられる子なんだって。兄から聞いた」

「わたしは聞かせてもらえなかった」

「そりゃそうよ。真希さんも私も守り人にはならないもの。私も母からは何も聞いてないの。

 兄は山守曽乃を継いだときに首藤のじいさまから聞かされたんです。

 念のためにと私にも教えてくれたんだけど、念のためって、ねえ。どういうつもりだったのかなぁ。あらためて兄に聞くつもりはないですけど、ね」

「はい」圭子さんが手を上げる。

「私は聞けてよかったです。聞いていいのかどうか、誰に聞けばいいのかモヤモヤしてたんです。天狗の気を感じるって、たとえば聴覚の敏感さとか、聞き取る音の幅とかのようなものだと思います。

 ほら、若くなくなるとモスキートノートが聞こえなくなる、みたいな感じで」

 へえー、とわたしもみんなも圭子さんを見た。

「話がこっち方向へ流れてきて、よかった」と武田さん。

「こっち方向ってどっち方向よ」ツッコミは圭子さん。

「科学的というか理論的というか、という方向性。

 だから田中の空間転送ゲームはいい線いってるよ。

 あの日の无乃郷の虹色のドームやまっすぐ上に向かっていった虹色のロープは、美濃國聞書にあった天空から向かう真っすぐ下降した龍の現象と同じだよ。到着と発進の違いだ。

 だけど、龍と言ったほうがカッコいいな。俺の語彙は龍仕様になってるよ、な、圭ちゃん」

「そうだねぇ、うんうん、はいはい」


 武田さんが語りだす。


 天狗山も夜叉の褥も現代のモノじゃないだろ。すくなくとも四百年以上昔のものだ。

 だからと言って、妖怪や霊的なモノにしては現れかたが現実的すぎるし、再現性がありすぎる。

 自然現象とは言い難いしね。

 どうしてもSF的思考になるね。

 天狗山で人が消え、夜叉の褥で人が粒化していく。

 空間転送を基盤に考えていくと、天狗山が到着場所で、夜叉の褥が再構築の場所となる。

 人だから粒化してしまう。

 夜叉の褥の機構を使用していたモノは、人とは一つの接点も見出せない異質のモノ、われわれは生命体と考えるが、生命という概念すら交わることのない異質なモノの機構が埋まっていたと考える。

 機構という言葉を使うと、ある種の構造体を思い浮かべるけど、それすら異質すぎてわれわれでは言語化できないとかね。

 で、そういうモノが地球に到着した。不時着かもしれないし、座標のようなものが狂っていたのかもしれない。

 もしかしたら正確に到着したのかもしれない。

 宇宙から来たモノかもしれない。あるいは次元すら違うかもしれない。

 无乃郷へ着いたモノだけかもしれないが、実はいくつか地球に降りたかもしれない。

 菅野の掘削がそのモノには脅威として受けとられ、去っていったのなら、地球人としてはメデタシメデタシだよね

 去っていったモノはどこへ行ったのか。遠い宇宙の惑星か、あるいは恒星か。異次元へか。

 

「突っ込みどころ満載だけど、うまく突っ込めないわぁ。ビール飲みたい人は冷蔵庫にあるからね」

 タンを口に放り込んだ圭子さんが冷蔵庫へ向かう。

「夜叉の褥の奥底に沈んでいたモノは何かを受け取り、何かを送り出していたのかな。

 ただ人を転送できるような粒子状にできず、転送できなかった。粒子になってしまった人はもとに戻れず粒子のまま残ってしまった。

 最後は見事に天空へ去っていったんだから、不時着したモノだとは考えにくい」

 言いながら立ち上がり、恭輔さんはグラスを六個テーブルに並べた。それを見た圭子さんは両手にビールを一缶ずつ持ってきた。

「天狗にさらわれた人たちが無事に転送されていたら、どこへ着くんだろう。それはそれでゾッとするぜ」

 確かにそうだ。みんなゾッとした顔を武田さんに向けた。そんなの恐怖でしかない。

「その装置のオペレーターは夜叉の褥の、あの研究室の地下深くにいたのか。それともリモートコントロール? だとしたら、四百年以上も燃料切れしないってすごいよね。

 そもそも燃料という概念というか、燃料を必要としないかも。それもスゴイ。

 俺たちの想像の斜め上ってか、思考が埒外で、俺たちの思考は見当はずれもいいとこかもね。

 俺たちが気がつけないだけで、そのモノたちはこの惑星にたくさん散って、すぐそこにいるのかもしれない。まさに今そこにある危機、しかも誰も気がついていない危機、なんてね」

「やめなよ、孝高。一人で気持ちよく語るな。危機じゃなくて、穏やかに人知れず生きてるかもしれないでしょうが。生物と呼べるかどうかわかんないけど。

 みんなが知らないだけで、地球のものかもしれないでしょ。

 神々という括りの存在かもしれない。たとへば龍の亜種とかね」

「天狗と龍、どっちの格が上なのかしら」

「もしかして富士崎さんも話をそっちへ持っていきたそうだね。

 ねえ真希、天狗は動くときと静かなときがあるって言ってたよね。富士崎さんも感じられた?」

「なんとなくわかってましたね」と富士崎さんは言い、わたしは牛タンを頬ばりながらうなずいた。

「天狗、まあ龍でもいいけど、それらの起動は何だろう。天狗山から無事に戻る人がいるにはいたわけだし。真希とか富士崎さんとか、守り人やそれに近い人たちは天狗が動いている感じがわかるんだよね。天狗はどんな条件で動くの?」

 わたしは首をかしげる。否定じゃなくて、わからないという意味で。

「動いているのは感じられてたけど、予想はできなかったし、予兆もわからなかったです」と、まどかさん。

「わからないのか。そうか、そうだよね。条件がわかるなら『本日天狗活動、危険』と立て看板を出しておけば……あ、かえって危険か。人を呼び込んじゃいそうだ」

 恭輔さんは髪をワシワシしながら椅子に座った。

 坂野さんがタンを一枚口へ運んでいる。

 わたしは大きめの紙袋にピザの箱を入れ、燃えるゴミに出せるようにしておいた。

 ときどき雨が冷やした風が吹き込む。雨は吹き込んでこない。

「夜叉の褥から逃げた意識が魂が森をさまよい、天王神社のあたりに集まっていった。

 意識の集合を霊と感じる人がそこに鳥居をたてた。僕は天王神社には社があったと思っています」

 静かに食べたり飲んだりしていた坂野さんの声にみんなが注目した。坂野さんが照れたようにはにかむ。

 だが武田さんは神仏から遠ざかりたいようだ。

「転送装置があったとして、それが地球のものか、そうでないものなのかはわからんけど、无乃郷のように人知れず、秘密にされ、隠されながら、ほかにも一ヶ所か二ヶ所、地球のどこかにあるかもしれないよな」

「上空へ消えていった虹色の龍はどこへ向かったんでしょうね。帰るところがあるのかな。というか、その昔无乃郷へ転送されたかもしれないモノがいたのかな。いたとしたらどうしたんだろう。地球が身体に合わなくて粒化して消えたとか。形成がうまくいかずにこのへんを漂ってるとか。地球人っぽく再形成して生殖もうまくいって亜地球人がひっそり増えてるとか」

 などといいながら、圭子さんはグラスを傾ける。

「だから、美濃國聞書にあったとおり龍だったんです、龍。で菅野が掘削なんかするから驚いて居所を変えただけかもしれないでしょ」

 圭子さんの「龍説」を聞きながら、恭輔さんは牛タンを味わっている。

 武田さんが冷蔵庫へ向かった。ビールは十分ある。なんならワインもある。食べ足りないなら、おにぎりを握りますよ。


 柏酒村役場は恐る恐る无乃郷が安全になったことを確認した。そして「天狗と夜叉の伝説の地 无乃郷村」というテーマパークにする計画をたてた。

 井戸を掘り、水質検査をして湧水のように仕立てて池を作り、昔の无乃郷の家をモデルに宿泊所を建てる。

 天王神社に社を建立し、森の褥の跡地には幾つもの道祖神を置く。希望者には道祖神を奉納してもらう。一体あたりの料金は未定。

 神社の森と天狗の森を整備して、周囲の山とともにハイキングコースを作り、森のビレッジにするらしい。

 万が一にも天狗と夜叉が戻らぬよう、无乃郷とは似て非なる風景にする。

 まどかさんと坂野さんと米田さん、それに圭子さんが无乃郷の伝説を創作することになった。

 天狗山と夜叉の褥に限りなく近く、非なる物語になるだろう。  (了)

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天狗の供物と夜叉の褥 山田沙夜 @yamadasayo

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