もう一人の転生者がやらかしたので、悪役令嬢と一緒に主人公達から逃げています

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 どうやら私は異世界の人間に生まれ変わったらしい。

 それもお金持ちの家の。


 名前はクローバー。


「ええっ、わたし乙女ゲームの世界に転生しているぅ! しかもちょっとした貴族令嬢に!」」


 説明口調で叫んだその時の私は、きっと盛大に狼狽していたがゆえの行動だっただろう。


 普段はそんなヘンテコな行動はしない。

 たぶん。


 ともかく、話を始めよう。


 そういうわけで私は乙女ゲームのモブに転生してしまった。しかもそこは魔法が存在する世界だ。


 転生先は迷宮探索ものの、恋愛ゲームの世界。

 主人公は、攻略対象と共に迷宮を探索しつつ、イチャイチャしていくというのが大筋の話。


 一応登場人物全員は貴族なんだけど、様々な理由で没落しそうだから、皆が皆迷宮探索の腕をいかして一攫千金を狙っているという設定だ。


 でもそんな知識が分かったと所でどうしようもない。私には人をひきつける魅力も、何かを変える力もないのだから。


 だから、転生発覚数分後に「できるだけ大人しくしていなくちゃ」という結論に達したのだった。


 だって、ただのモブだし。


 ゲームに登場するような人間でもないし。


 むしろ私みたいな平凡な人間が下手に手出ししたら、どんな素晴らしい原作ストーリーでも台無しにしかねない。


 だからその日から私モブ令嬢クローバーは、余計な事に巻き込まれないために、息を殺して生きてきた。


 できるだけ目立たないように、

 人の視線に入らないように、


 それはもう、すんごい努力をしながら。


 日々モブらしくあれ!


 と、心がけて日々モブモブしながら生活してきた。


「ふう、今日も一日攻略対象と会う事はなかったわね。ヒロインや悪役令嬢リグレットとも」


 でも、それは、もう一人の転生者の存在が発覚した時に終了。私の心の平穏は崩れてしまったのだ。


「何だと! お前も転生者だったのか」

「ええっ、貴方も転生者なの!?」


 偶然社交会場で出会った少年。

 ちょっと鼻につくボンボンのお坊ちゃんがそうだった。


 彼も名もなきモブらしいのだが、どうやら大人しくはしてくれないらしい。


「俺はこの世界の知識を活かして好きに生きる事にした。だから邪魔するなよ!」


 モブ坊ちゃんの彼は、私に向かって、欲望のままに行動すると宣言したのだ。


 そしてその転生者は、なんと心の弱い悪役令嬢につけこみ、傀儡にしようと行動しはじめた。

 私はそのモブ坊ちゃんをなんとかしようとしたけれど、しょせんはモブ。

 どうにもできなかった。


 ガラじゃなかったけど、悪役令嬢と知り合って「あの人のいう事を聞いては駄目ですっ」なんて忠告してたんだけど、「どうしてそんな意地悪を言うの! 彼は悪い人なんかじゃないわ」と、こんな感じで仲がギスギスしてしまう。


 主人公や攻略対象に向かって「あの子(悪役令嬢リグレット)は本当はそんなに悪い子じゃないんですっ」と言っても、よく知らんやつが何を言ってるんだみたいな顔をされるだけ。


 それでモブにできる事は尽きた。

 状況はみるみる間に悪化していって、とうとう悪役令嬢リグレットがヒロインから断罪されることになってしまったのだ。






 パーティー会場の一画に大勢の人が集まっていた。

 これは原作にあった断罪のシーンだ。


「リグレット! お前が彼女に嫌がらせをしていたことは分かっているんだ。白状したらどうだ!」


 悪役令嬢に詰め寄る攻略対象者達。


 攻略対象者にかばわれながら、オドオドするヒロイン。


 詰め寄られて顔を真っ青にしている悪役令嬢リグレット。


 駄目だ。

 誰一人真実に気が付いていない。


 確かにリグレットはモブ坊ちゃんにそそのかされたのだが、そうは言っても、最終的に行動に起こした責任はある。


 色々な事をやらかしているので、頭に血が上っている攻略対象者等に弁明しても、聞く耳をもたないだろう。


 けれど私は、リグレット一人に罪の全てを押し付けるのは間違っていると思うのだ。


「なっ、何とかしないと。でも私モブだからなんにも思いつかないわ!」


 悩んで頭を抱えているうちに、状況が進んでいく。


 視線の先で攻略対象が


「何も謝らないというのなら、口を割るまで同じ目にあってもらうぞ」


 悪役令嬢につめよっていく。


 私は仕方なく「こっちよ!」と呆然としている悪役令嬢の手を引いてその場から逃げ出した。







 断罪会場と化したパーティーから逃げ出す二人の女性。

 私達は大いに目立っていた。


「いたぞ!」

「こっちだ!」

「追いかけろ!」


 追手がみるみる集まってくる。


「ひぃぃ!」


 なさけなくうろたえていると悪役令嬢リグレットが、自失していた状態から復帰したらしい。


「闇よ、あの者達の視界を奪いなさい!」


 リグレットが使った闇魔法で、追手を巻くことに成功。


 そのまま小一時間くらい走った私達は、どこかの迷宮に迷い込んだ。


 このまま外が静かになるまで隠れていられないだろうか。


 そんな事を思いながら中で一息ついていると、男性に話しかけられた。


「俺はウォルトだ。こんなところで人に出会うとはな、あんた達ずいぶん急いでるみたいだけど、何やらかしたんだ?」


 探索装備を身に着けた男性ウォルトは、こちらを興味深そうにしげしげと眺めている。


 私はその男性の言葉にひっかかりを覚えた。


「めっ、迷宮の中と言っても、他の人と出会うくらいするのでは?」

「あんた達、ここがどこか分かってねーみたいだな」

「えっ?」


 私達にウォルトが驚愕の一言をつげる。


「ここは幻惑の迷宮だ」


 幻惑の迷宮。

 それは最高難易度に分類される迷宮だった。

 入った者の9割が出られないという噂の。


 どうりでさっきから、迷宮内に人を見かけないと思ったら。


「よりによって、どうしてそんなところに逃げ込んだの私!?」


 そういえば逃げるのに夢中で、どんな迷宮に入ったのか覚えていない。


 もしかしたら迷宮内部の中には、別の迷宮に飛ばされる罠もあるから、それにはまってしまったのかもしれない。


 自分がすんでいる地域に幻惑の迷宮はなかったので、どうやらトラップにかかった線が高そうだ。


「幻惑の迷宮って、心にきつい種類のやつじゃない!」 


 幻惑の迷宮は主に迷宮探索者の心を折りに来る、意地の悪い迷宮だ。


 トラップでけがをさせたり、モンスターに襲われることは少ないものの、精神に来る罠がおおいため、心が折れそうになるのが大変だった。


 頭を抱えていたら、こちらの様子を見かねたのかウォルトが同行を申し出てきた。


「よく分かんねーけど、事故できちまったんなら出口まで送ってくぜ」


 なんて、親切な人なんだろう。


「あっ、ありがとうございます!」


 不幸な目に遭ったけど、これだけは幸いだと言える。







 

 その後ウォルトは、迷宮探索についての心得を丁寧に教えてくれたので、助かった。


 そのうち、ずっと無言でついてきていたリグレットが、私に向かって口を開いた。


「どうして私を助けるの? よく知りもしない人間なのに」


 大して親しい友達でもないのに、自分を助ける理由が分からなかったらしい。


 実は、とっさに動いてしまっただけで、深い理由があるわけではない。


 動いた直後は後悔したくらいだ。


「ごっ、ご想像にお任せします」


 私には「放っておけなかったから」とか「困っている人を助けるのは当然」みたいな嘘っぱちををいう度胸がなかったので、無難な一言を述べるしかなかった。


 リグレットは腑に落ちない顔で私の顔をじっと見つめている。


 なっ、なんにも出ませんよ。そんなに見つめても。


 迷宮を進んでいくと、私の苦手なものが次々と現れた。


 それらは幻影だから危害を加えてくるものはないけれど、血がたくさん出た屍とか真っ白いシーツをかぶったお化けとかが出てきて、心臓が縮む思いをした。


 そんな私に飽きれたのウォルトは「あんたって子供っぽいんだな」との感想だ。


「普通ならもっと違うもんが見えるはずだけどさ」


 参考にウォルトがどんなものを見て来たのか聞いてみたら「夢に毎回でてきて、人の睡眠時間をけずってくるかんじのやつ」とのことだ。よく分からなかった。はぐらかされたのかもしれない。








 幻影の種類が変わってきたのは、それから数分後だった。


 攻略対象やヒロインの幻影が現れて、あしざまに悪役令嬢をののしってくる。


「どうしてこんなひどい事を」

「お前には人の心がないのか」

「今まで自分がしてきた事の分だけ罰を受けろ」


 そのたびにリグレットが震えて、耳をふさいでいた。


 幻影とはいえ、安全な立場から一方的に人の悪口を言うだけなんて、許せない。


 そう思った私は、幻影が現れるたびにそいつらを蹴散らしていった。


 幻影が出た場所で、手でパンチしたり、腕をふりまわしてみたり。


 ほら、幻影って軽そうだから。それで消えるかなと思って。


 実際は消えなかったし、無駄だったが。


 ウォルトには「子供か」と突っ込まれてしまった。


 リグレットは、心にダメージを負っているのか、小声でぶつぶつ何かをつぶやいている。


 自分がしでかしたことを改めて突きつけられてショックだったのだろう。


 その様子を見たウォルトが「いい加減前を向いたらどうだ」と話しかける。


「何があったか詳しい事は知らないけど、お前にはまだ味方がいるだろ。そいつのためにも、現実から逃げるのはほどほどにしろよ」


 すると、リグレットはウォルトの方を向いて「人の気も知らないで。勝手な事言わないで!」と睨みつける。


 空気がギスギスしてきた。


「さっ、先に進みましょう! こんな所から早くでましょうよ! ねっ!?」


 何とか明るい話題を探そうと思ったけれど、見つからなかった。

 そんな当たり障りのない事しか言えないのが辛い。








 しばらく歩いた後、疲れたので休憩をとる事にした。


 迷宮内でのんびりしていて大丈夫なのだろうか、と思ったら。

 ウォルトはモンスターが近づいてきたら、気配を察知して起きる事ができるらしい。


 すごい。


 というわけでリグレットも、ウォルトも横になって眠っている。


 私も横になる事にした。


 しかし、私は寝つきが悪いのでなかなか眠れない。


 困っていると、ウォルトの寝言が聞こえてきた。


「よせ! 俺が殺したわけじゃない、どうして誰も信じてくれないんだ!」


 どうやらうなされているらしい。


 冷や汗をかいている。


 私はオロオロするしかなかったが、子供の頃に両親から背中をさすってもらった事を思い出した。


 この世界での出来事で、転生した自覚がなかった頃の記憶だ。


 おっかなびっくり男性の背をさすってみる。


 するとウォルトは大人しくなった。


 しかし彼の寝言のせいでリグレットが起きてしまったようだ。


「よく、人の世話なんてできるわね」


 彼女は、青い顔でそんな事を訪ねてくる。


 ひょっとして、彼女も寝られなかったのかもしれない。


 あるいは寝たけど、悪夢を見て起きてしまったとか?


「人の世話をしているつもりはないです。ただ、放っておいたら自分もうなされそうだったので」


 私がやった事を、人の為とか言うつもりはない。

 ただ放っておいたら、自分の気分が悪くなりそうだった、夢見が悪くなりそうだったからだ。

 

 リグレットは、ウォルトを見つめたまま口を開く。


「彼も濡れ衣をきせられて、一人になってしまったのかしら」

「どうなんでしょう。でも過去の事で辛い思いをしたのは事実だと思います」

「そうよね。もしかしてだからこんな所にいるのかしら。彼は強いのね。私にもそんな強さがあれば良かったのに」


 それきり、会話は消滅。


 リグレットは眠ってしまったようだ。









 その後、私達は歩みを再開。

 迷宮の奥へと向かった。


 するとそこで思わぬ顔ぶれと再会。


 主人公と攻略対象達だ。


 彼等は、どうやってか先回りしていたようだ。


 しかも、コバンザメみたいにもう一人の転生者までいる。

 モブ坊ちゃん、お前もか。


 攻略対象達は悪役令嬢リグレットを睨みつけてくる。


「もう観念したらどうだ」

「これ以上逃げても無駄だ」

「罪を認めないなんて見苦しいぞ」


 するとウォルトが彼に睨み返した。


「てめーら、揃いも揃って同じような事しか言えねーのか。この悪そうなねーちゃんが何したかしらねーけど、話くらい聞いてやたらどうだよ」


 何の関係もない彼が助け舟をだしてくれた。


 だから私も勇気をだして「そうですよ!」と反論。


「そこにいるモブっぽい人が全ての黒幕なんです。もう一人の転生者っていって、未来の事を知ってる人なんです」


 ここで出さなきゃどこで出す、というかんじで心の中の勇気さんに頑張ってもらった。


 すると、体面にいる攻略対象者達は「はぁ?」という顔。


 いきなり何を言い出すんだ。みたいな様子で、自分達についてきたモブっぽい転生者、モブ坊ちゃんを見つめる。


 するとモブ坊ちゃんは「違う! 騙されないでください。俺はただ貴方達に善意で協力しているだけです」と言う。


 どうせ味方のふりして、主人公達にゴマすってるだけなのだろうけれど、ここではこれ以上言っても意味がない。


 そしたら会話の流れを見ていたウォルトが、リグレットに尋ねた。


「おい、そこの暗い顔したねーちゃんよ。部外者がこれだけ言ってんのに、本人様は何もいわねーつもりか?」


 挑発するような物言いだけど、きっとそれが彼の優しさなのだろう。


 問いかけられたリグレットは悪役らしく、きっとウォルトを睨みつけた。


「そうそう、その調子だ。あの向かいの馬鹿どもに何でもいいから言ってやれ」


 促された彼女は、ぎこちない様子で主人公達へ視線を向けていく。


 そして、「全ての悪事をなすりつけられたとは言わないわ、でも私はそこの大してとりえのなさそうな男に利用されたのよ」


 攻略対象達は信じられない、と言った顔をするが主人公だけは信じる気になったようだ。


 さすが乙女ゲームの主人公。


 彼女は悪役令嬢リグレットをまっすぐ見つめ返した。


「分かりました。貴方だけの言葉ならともかく、貴方を助けてくれる人が二人もいるんですもの、信じてみます」


 そして、ある提案をしてくる。


「この先が迷宮の最奥です。そこでは人の想いを試す試練があるみたいですから、無事にクリアしてみせてください。あなたの覚悟を私達にみせてください」










 幻惑の迷宮の最奥。

 それは原作のゲームでもあった。


 シナリオの中の主人公達は心をえぐるような試練に大苦戦していた。


 それは中盤に発生するエピソードだったから、すでにこの世界の主人公達はその試練をクリアしているのだろう。


 生半可な覚悟ではクリアできるものではないと分かっているからこそ提案してきたのだ。


 リグレットは、数秒悩んだのち「分かったわ」と言って頷いた。


 そして、ゆっくり先へ進んでく。


 その肩がわずかに震えているのをみて、一人にはさせれないなと私は思った。


 だから私も、その後を追って歩いた。


 するとウォルトも一緒に続いてくる。


 めちゃくちゃいい人!


「あのウォルトさん、ここまで巻き込んでしまってすみません」

「今さらだろ。最後まで送ってくっていったのは俺だ、約束は守る」

「ありがとうございます」


 申し訳なさもあるけれど、ウォルトがいてくれるなら心強い。


 そして迷宮の奥にたどり着いた私達は最後の試練に挑むことになった。







 最後の試練の内容は、過去の映像が出てくるのだ。


 試練に挑む人間が内心で思っている、「あの時こうしていればよかった」という過去の光景を再現しているのだとか。


 しかし私達は試練開始そうそう「って、三人バラバラ!」分断されていた。


 一緒にいた時間すくなっ。


 そういえばゲームは複数人で入っていても、必ず一人だった。


 えっ、一緒に立ち向かおうっていう感じでリグレットについて行ったのに、これはあんまりじゃない?


 私はたぶん、山も谷もない人生をおくってきたから大した事ないけれど。


 リグレットとかウォルトとか、彼等は大丈夫だろうか。








 私の名前はリグレット。


 嫉妬に狂って、人の恋路を邪魔した悪女だ。


 断罪されても仕方がないと思っている。


 だから、悪事を暴露されたときに抵抗しなかったのだが、まさかそんな自分を助けにくる人間がいるとは思わなかった。


 あまり顔も知らない彼女クローバーは、私の手をひいてあの場所から連れ出してくれた。


 私は当然、困惑した。友達でもないのに、どうしてそんな事をするのか分からない。


 でも、彼女は優しい人なのだと思う。


 そうでなければこんな所まで一緒についてきてはくれないだろう。


 だから、彼女がくれた優しさの分だけは抗ってみたい。


 そう思えるようになった。


 自分の罪は自分の物だが、誰かの罪までかぶる必要はない。


 だって、あのパーティー会場で断罪された時に述べられた内容には、あきらかに私がやった事ではない事まで含まれていたから。


 だから、強くなって言い返してやるのだ。


 試練の部屋で、目の前に再現されたのは、過去の光景。


 あのパーティー会場だ。


 そこにあるのは断罪された瞬間の光景。


 そこで、私は胸を張って応える。


 まるで物語の主人公のような、多くの人から愛される少女と、その少女を守ろうとする男性達に向かって。


「貴方達の言っている事はあっているわ。でも残念ね、それら全てが私の行いではなくて」








 俺ウォルトは、幻惑の迷宮に何度も挑んでいるが、いつも失敗している。


 過去のトラウマを乗り越えて、強くなりたかったからだが、あまりにも失敗しすぎているため、そろそろ諦めようかと思っていた。


 きっと俺は弱い人間で、過去を乗り越えられる人間ではなかったのだ。


 難十回目の挑戦では、そう、言い訳を考えるようになっていった。


 でも、ここで出会ったへんてこな二人を見て、もう少しだけ頑張ってみようと思えるようになったのだ。


 貴族を殺したという濡れ衣を着せられた俺は、友や家族にも信じてもらえなかった。


 けれど、俺はそいつらに本当に言葉をつくしただろうか。


 たいして反論もしないまま、逃げ出したんじゃないか?


 きっと俺は、彼等からむけられる軽蔑の視線に耐えられずに、するべき弁明をおろそかにした。


 だから、その未練をここで果たそうと思う。


 幻でしかない彼等に向けて、再現された過去の光景の前で頭を下げる。


 向かい合った友人へ、家族へと。


「俺は、誰がなんて言おうとやっていない。頼む、信じてくれ」








 多くの人を巻き込んで、様々な罪を重ねてきた少女リグレット。


 彼女は試練を終えて、最奥の部屋からでてきた。


 成り行きを見守っていた少女も、数人の男性達も驚いた。


「試練を終えたわよ。これで、少しは話を聞いてもらえる気になったのかしら」


 部屋から出てきた彼女は、少し前の少女とは見違えたようだった。


 堂々と前を見据えて、背中を伸ばすその姿には、確かな芯の強さを感じた。


 おそらく、この短期間で何かが彼女を変えたのだろう。


 その原因は、


「ひゃー、山なし谷なしの人生だから楽勝だと思ってたら、まさかあんな落とし穴があるとは! 確かにあんな未練、私にもあった!」

「何だ俺が一番じゃなかったのか。でもみんな乗り越えられたんだな」


 彼等二人なのだろう。


 あのパーティー会場でリグレットを連れ出した少女、そしてこの迷宮で出会っただろう男性がリグレットの心を変えたのだ。


 その光景を見てうろたえたのはとある男性。


「うっ、嘘だ。あいつがそんな馬鹿な! そんなに心の強い人間であるわけがない。原作ではもっと違っていたはずだ!」


 私達にリグレットの悪事を伝えてきた男だ。


 彼はうろたえながら、リグレット達の方を見つめる。


「分かった! 何かズルをしたんだろう! そうに決まっている! でなければこんな事ありえない!」


 何が彼をそんなに追い詰めているのか分からないが、彼が何か良からぬ事を企んでいたのは分かった。


 リグレットが彼に近づくと、彼はひきつった顔をして逃げまどう。


「観念しなさい。犯罪薬物を売りさばいたり、悪事の証拠隠滅に失敗して目撃者を亡き者にした罪は貴方のものでしょう? 私に都合よく、そんな罪をおしつけないでちょうだい」

「ちっ、違う! そんな事してない。嘘をつくな!」


 すると、今度はウォルトと呼ばれた男性が彼に近づいていった。


「往生際がわるいぜ、おにーさん。やってないなら大人しく話をすればいいじゃねーか。それともまともに話ができないくらいやましい事でもしてきたってのか?」


 彼は、手に持っていた武器で脅しをかける。


「ひぃぃぃっ」


 怯えた男性は、ウォルトから離れようとして迷宮の最奥へ逃げ込んでいく。


 しかし数分後に、絶叫が響くようになった。


 試練の部屋から彼が戻って来た時には「のっ、呪い殺さないでくれっ! 頼むから成仏してくれ」と呟きながら、放心状態になっていた。

 








 その後、悪役令嬢リグレットの罪は、正確に明らかになったようだ。


 もう一人の転生者である黒幕、モブ坊ちゃんがやらかした分がきえたので、その分の罪が軽くなったと思われる。


 だが、人一人を貶めようとしたことは変わらない。


 彼女は、法の罰を受ける事になった。


 けれど、然るべき場所でのお勤めが始まる前に、話をすることができたので、私は彼女にあう事になった。

 とある事について謝る事にしたからだ。


 私は顔をあわせたリグレットに「まず最初に言っておかなければならない事があります。ごめんなさい」と、彼女にむかって頭を下げる。


 事情の分からないリグレットは「どうして?」、という顔をするしかない。


「色々あって、私は未来の事が分かるんです。でも自分に出来る事はないとおもっていて、結果的に何もしませんでした。もしかしたらあなたをもっと早く助ける事ができたかもしれないのに」


 それは、幻惑の迷宮での試練で分かった事だ。


 平凡な生活を送ってきた私の後悔は、もっと早く原作に介入できたかもしれないという点だった。


 それは、自分でも気が付いていなかった後悔だ。


 なんとかクリアできたが、面と向かって本人に謝るのが一番いいだろう。


 だから、この機会に頭を下げたのだ。


 彼女の反応はどうだろう、と頭をあげる。


 私の謝罪を受け取った彼女は、想像しかねるという顔のままだった。


 この世界では未来が分かる魔法なんてないから、ぴんとこないかもしれない。


 ややあって彼女は口を開く。


「悪いと思っているなら、友達になってくれないかしら。私、こんな性格だから、みんな離れて言っちゃうのよ。罰がほしいなら、それにしてあげるわ」


 少しだけ赤くなっている彼女の頬をみると、何だかんだ言って彼女も優しい人なんだなと思った。


「ありがとうございます。じゃあ約束ですね。次に会った時は、一緒にご飯を食べたり、恋バナをしたりしましょう」

「ええ、約束ね」


 約束のあかしに指切りをおこなう。

 こういう所は、現代日本と同じなのに。


 彼女の事を忘れないように、しっかりと指をからめて約束の言葉を口にした。


「また会おうね、リグレットちゃん」

「ええ、クローバーも。また」


 そうして私は、悪役令嬢と友達になる約束をかわしたのだった。


 別れの時に見た彼女の背中は少しだけ寂しそうだったけれど、やり直せると分かっているならそれも少しは和らぐだろう。


 次に会った時は、ウォルトも一緒にと思いながら彼女の姿を見送った。


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もう一人の転生者がやらかしたので、悪役令嬢と一緒に主人公達から逃げています 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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