第一問答 『もう口つけちゃいました』①
『お兄さん、先に注文したなら言ってくださいよ!』
JKの声は店内に響いた……最悪だ。
コーヒーを20分待った上に変な学生に絡まれるとはどんな厄日だろうか。
急なアクシデントに声が出なかったので、とりあえずその問いかけが俺宛に放たれたものかを確かめるために、人差し指で自分を指して「俺?」というジェスチャーをしてみた。
コクコク、とJKは首を縦に振った。非常に残念だが、やはりターゲットは俺みたいだ。
「でもソレはどうか分かんないか、ちょっと話しましょ」
彼女はコーヒーのグラスを持って、俺の対面に座った。
「ど、どうしたの?」
大人の余裕を見せておかなければ……と、あえてフランクに言う。しかしJKは真面目な顔をしたままだ。
「まずはお兄さんが先に注文待ってたのか問答からですよ」
一休さんか―――というツッコミが頭に浮かんでくるが、例えがおっさん臭いと思われては癪なので言わないでおく。その代わり、この事態を収束させよう。
「ああほんと、気にしなくていいから」
一刻も早く自分のテーブルに戻ってくれるよう祈りながら女子高生をなだめてみる。
「やっぱり私より先に頼んでたんですね」
きりりとした目でこちらを見つめている。目的がわからなくて恐ろしい。
「そうだけど、ちょっとだよ」
「でも私のほうが先に出されて、お兄さんはそれから結構待ちましたよね」
まあ、それは間違ってない。
「もう私口つけちゃったんです!どうすればいいですか」
「どうもこうも、アイスコーヒーは少し待てば出てくるって」
「じゃあお兄さんの時間を奪った私はどうお詫びすればいいんですか!」
と、女子高生は声を少し大きくした。俺は注目を浴びないよう、すぐさま「静かに」というジェスチャーをする。
「あ、ごめんなさい」
取り合えず、声が大きいのが周りの迷惑になるという認識があることは分かった。だが相変わらず話す内容は電波だ。
「とりあえずさ、俺はここでゆっくりコーヒーが飲めればそれでいいんだ。だからお詫びなんていらないから」
本心では、詫びるくらいなら構わずどこかへ言ってくれ―――という心情だった。が、得体のしれない女子高生に冷たく当たるような道徳を持ち合わせていない俺は、クールに説得を試みた。
しかし予想とは違って、俺の返事を聞いた彼女は驚く素振りをみせた。そして眉をひそめ、ぐぬぬ、という声が聞こえそうな表情をしてから返事をした。
「それってつまり、この飲みかけのコーヒーを寄越せって事ですか.…」
ぷるぷると手を震わせながら、こちらにグラスを差し出そうとするJK。違う、誤解が深まっている……。
「違う違う……」
「どこの世界でも大人は怖いですね……」
「どういう意味だそれ」
こういう問答を続けていた所に「お待たせしました」と右から声がした。そこにはなんとも表現できない顔をしたウェイトレスがグラスを持って立っていた。
ありがとうございます、と返し、グラスを受け取った。そしてJKの方を見直す。
「さ、これで解決したよね」
「残念でしたねお兄さん……」
「何の話だよ……」
やはり彼女の誤解は解けていなかったが、とりあえず、こちらにグラスを差し出すのはやめてくれたのでよし。
「で、なんでまだそこ座ってるの」
彼女は会話が止まると、俺の対面でストローに口をつけ始めていた。俺が声をかけると、そのまま上目でこちらを見ながらこう言った。
「ちょっとまだ言い足りないことがあって」
まだ何か、と言いかけたがぶっきらぼうだと思い辞める代わりに「えっ」という声だけを小さく漏らす。
「お兄さん、言いたいこと言えないタイプでしょ」
「まあ……そうだね」
「私たちの世界じゃね、そういうタイプは生きていけないんですよ」
女子高生の世界―――想像するだけでも恐ろしい世界だ。
「君たちはそうかもしれないけど、社会人は違うんだ」
社会人というワードに、JKはピクりと反応した。
「なるほど、お兄さんは『社会人』として我慢しているんですか」
「そうだね」
「じゃあここは静かなカフェ……お兄さんを縛るものはありません」
『静かなカフェ』というのはこの学生のせいで事実で無くなってしまっているが、
確かにここでは『社会人』を演じる必要もない。
「でもなあ、知り合いとか、世間体とかいろいろあるんだよ」
「何でですか。こと、このカフェではそんなこときっと関係ないでしょ」
「こと、って難しい言葉遣いをするね。それを置いても、突然現れた学生さんに思ったことをそのまま言ったりしないよ」
そう返事をすると彼女は「ふむ」と気難しそうな声を出す。
そして、アイスコーヒーを啜った。
「じゃあアイスコーヒーを20分待つのはOKってことですか」
「うーん、のども乾いてたしOKでは無いね」
「じゃあやっぱり言ったほうがよかったですよ」
考えてみよう。俺は普段から言いたいことがあっても言わない。それは仕事場だろうがこういうカフェだろうが変わらない。社会人という言葉を盾にしてみたが、実際は『社会人であるから、言いたいことを言わない』というのは間違っていることが彼女に明らかにされてしまった。
ただ『社会人』という属性を隠れ蓑にしなくても、もともと俺はそういうタイプだ。
「でも言ったら、怖い女子高生かもしれなかっただろ」
君みたいに……と言うのをグッと抑える。
「怖い相手には言いたくない、というのは確かにあるかもですね」
「そうだよ」
「でもこんな大人しめの女子高生は怖くないんじゃないですか?」
ちなみに彼女の外見は大人しめというよりかは『清純系』とつけたほうが良さそうな、伝わる人には伝わる若干の華やかさがあった。女子高生というかJK、みたいな。
「まあスキンヘッドのオッサンよりかは怖くないけど」
数席向こうのスキンヘッドのオッサンの肩が少し動いた気がするが気にしないでおこう。
「社会人らしく、リスクヘッジとでも言おうか。もしかしたら君が怖い学生かもしれないリクスをヘッジ(回避の意)したんだよ」
「出たよビジネス用語」
りす
突然、露骨に嫌悪たっぷりの表情をする女子高生だったが、すぐに元通りになって言葉をつづけた。
「じゃあ私が怖い人かもしれないリスクと、アイスコーヒーを待つ損を比べて、待つ方を選んだってことですね」
「そう考えてくれて良いよ」
「また社会人ライクな発言ですね……」
どうやら彼女は社会人風な発言が好きじゃないらしく、そういう気のある単語を聞くたびに少し表情をゆがめた。
その子供らしさ(と俺が感じるだけかもしれない)とは裏腹に、学生と侮ってはいたがリスクと損益の比較カーブの概念を持ち出してきたことに少し驚いた。普通の女子高生(これも多分俺の偏見である)ならば「待つのムカつくじゃん~」とか、「確かに~」とかいった反応だろう。
しかし彼女の返答は、本来数フレーズ先にあるかないかの結論的なものだった
「ただ、ここで一つ疑問が生まれましたよ」
彼女の口角が少し上がった。
「なんで店員さんにも黙って待ってたんですか?」
「それを言われると痛いね」
何故彼女はこれに気付いて嬉しそうなんだろうか。
矛盾を突けた喜び?のようなものを感じたのだろうか。
「まあ、店員さんに悪いじゃないか。ちょっと勘違いとか間違いをしただけで面倒な客に絡まれたら」
「えー、お兄さんは絡むタイプ?」
「違う違う、でも相手からしたら一緒だろ?」
彼女はふーん、と納得していない様子を示した。
「ま、店員さんへの気遣いの結果ということにしてあげましょう」
「わかってくれて何より」
異世界女子高生の主張 プロジェクターK @deadhimo
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