本当は笑えるギリシャ神話~剛勇ヘラクレス編
秋月白兎
第1話 英雄誕生
遠い昔の事。ペルセウスの子孫アンピトリュオーンは領土問題や結婚問題に頭を悩ます日々が続いていました。そこでテーバイのクレオーン王に援助を頼みましたが、条件として国を荒らしていた狐退治を持ちかけられました。
簡単な事と思ってしまいますが、実はこの狐は「追いかけられても決して捕まらない」と言う謎の能力を持っていたのです。ずるいですね。当然ながら捕まえることはできません。困り果てたアンピトリュオーンは諸国に援軍を求めます。
たかが狐一匹にえらい騒ぎです。が、このノリこそが神話の醍醐味と言うものです。
大袈裟に騒いだ甲斐があって、アテナイ人がミノス王から貰ったという「追いかけた物は何でも必ず捉える」と言うこれまたチート能力を持った犬をゲットしました。
さっそく狩りが始まり、絶対に捕まらない狐を絶対に捕まえる犬が追いかけます。チート能力VSチート能力! 結末や如何に! ……と盛り上がったところでゼウスが両者を石に変えてしまい、勝負は水入りならぬ石入りとなってしまいました。
「まぁ狐問題は解決したんやし……」
と言う事でアンピトリュオーンは諸王の助力を得て領土問題を解決します。そして凱旋する前日の事。前々からアンピトリュオーンの妻アルクメーネーに懸想していたゼウスはアンピトリュオーンに姿を変え、お供のヘルメスを従卒に化けさせてアルクメーネーの元を訪いました。
その土産話のもっともらしい事と言ったらもう。全知全能・万能無敵な大神なんだから当たり前です。本物の夫だと微塵も疑わないアルクメーネーは全力でイチャイチャして一夜を過ごします。
が、翌日。本物の夫が帰って来て吃驚仰天。当たり前ですね。その直後の様子は伝わっていませんが、さぞかし凄まじい修羅場だった事でしょう。詮索するのも野暮ですからしませんが。そしてアルクメーネーは双子を産み落とします。ゼウスの血を引くヘラクレスと、完全に人間のイーピクレースです。
ヘラクレスは幼名をアルケイデスと言い、デルポイで信託を受けてからヘラクレスと名乗るのですが、面倒なのでヘラクレスで統一します。
さて、ゼウスの正妻ヘラはいつも夫の極楽とんぼのような素行に目を光らせていました。しかしそこは最高神。いつもヘラを出し抜いて好き放題にしています。今回もヘラが気付いたのは事の後でした。その怒りたるや……。しかもゼウスから「今度生まれるペルセウスの血統のモンは全ミュケナイの王様になるで」と聞いていたのですから、尚更に腹の虫が収まりません。
取りあえず安産の女神エイレイテュアに命じてアルクメーネーのお産を遅らせ、その叔父ステネロスの子エウリュステウスを先に生まれさせていました。無茶苦茶ですが、神様の前では人間なんかそんなもんです。
そしてこれが後にヘラクレスがエウリュステウスの許に使わされ、彼の命で難業を果たす原因とされています。
なんやかんやで生まれたものの、ヘラから怒りと嫉妬と憎しみを一身に受けて生きる運命を背負わされたヘラクレス。その人生は悲惨かと思いきや、そこはゼウスの血が物を言う古代ギリシャ世界。スーパーイージーモードでした。生後八カ月の頃、ヘラに差し向けられた毒蛇を捻り潰してしまう始末です。ただこれ、一説にはアンピトリュオーンが子供の素性を確かめる為に投げ入れたとも言われています。イーピクレースは逃げ出したのにヘラクレスは立ち向かって蛇を殺したので神の子と分かったのだとか。二人とも自分の子だったらどうするのか……などと考えていては神話世界では活躍出来ないのでしょうね。
さて、成長したヘラクレスは父から戦車(タンクではなくチャリオットの方)の操縦を、アウトリュコスからレスリングを、エウリュトスから弓術を、カストールから武器の使い方を、リノスから弾琴を学びました。リノスはオルフェウスの兄弟で、ヘラクレスに教えていたところ余りの不器用さに彼を殴ったら琴で殴り返され絶命したと伝えられています。何やってんでしょうね、全く……。
この凶悪事件の後、アンピトリュオーンはヘラクレスを街から離れた牧場に送ります。牛が相手なら人を殺めなくて済むと考えたのでしょうか。そこで更に成長したヘラクレスは、身長は二メートル近くで怪力無双、眼光は火の如く、矢も槍も百発百中という勇者に育ちました。ゼウスの血を引くんだから当たり前ですね。
そして十九歳の時に牛を食い荒らす獅子を退治して皮を剥ぎ衣としました。これを見たものは皆恐れをなしたといいますが、それだけではなく強烈に臭かったのではないかと疑っています。毛皮はちゃんと下処理をしないとすぐに腐って酷い臭いがするそうです。同様の事をしていたバーサーカーの皆さんも酷く臭っていたそうですし、この時代に下処理技術も無かったことでしょうし……あったとしてもヘラクレスがそんなことをするのか疑問ですし。
それはそれとして、この獅子退治の帰りに貢物を取り立てに来た使者と鉢合わせました。当時ヘラクレスが住んでいたテーバイはオルコメノスに貢物を納めていたのです。ああ、なんという事でしょう。そんな使者がよりによってヘラクレスと出会うとは。彼らに神の加護は無かったのでしょう。ヘラクレスは彼らの鼻と耳を削ぎ落して首にかけさせ、「これが貢ぎもんや! とっとと持って帰らんかい!」とまたもや凶悪事件を起こしてしまいます。
これを知ったオルコメノス王は激怒してテーバイに攻め込みます。当たり前ですね。しかしヘラクレスは戦勝の女神アテナ様から武具を授かり、テーバイ人を率いてこれを撃退。オルコメノス王の首を取る大活躍を見せます。そしてオルコメノスから二倍の貢物を納めさせる事に成功。
この功績でテーバイ王は長女メガラーをヘラクレスに、妹娘をイーピクレースに娶らせました。
ヘラクレスは行き当たりばったりの行動が全ていい方向へと進み、ますます調子に乗ってしまいます。
そんな彼をヘラが黙って見ているはずがありません。数年後に子供が生まれた頃、狂気の神リュッサに命じてヘラクレスの心を狂乱させ、妻子をその手にかけさせるのです。
さすがにこの辺りは洒落になりませんね。
そしてこの悲惨な出来事から彼はテーバイを去り、贖罪の旅に出ます。テスピアイの町で罪祓いの儀式を受け、デルポイで信託を伺ったところ
「おとんの郷里に帰って領主エウリュステウスに十二年仕えるんや。ほんで彼の言う十の難業をやったれ。それが出来たらお前は神になれるで」
との託宣を受けます。
かくしてヘラクレスの十の難業が始まるのでした。
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