第3話 十の難行コンプリート!
第五のお題はエーリスの王・アウゲイアースの厩を一人で、それも一日で掃除する事でした。普通の仕事っぽいですがそこは神話世界、ただの厩ではありません。この王は太陽神ヘリオスの息子ともポセイドンの子とも言われており、とんでもない程の家畜を飼っているのです。その上ただの一度も広大な厩を掃除したことがないというオマケつき。「悪臭の源」が堆く積もっていて手の施しようもない有様でした。きっついですね。バイオハザード状態です。こんなヤツに飼い主の資格などありません。が、なんと言っても王様ですから……。
ヘラクレスはエウリュステウスの命令は内緒にしてこう申し出ます。
「家畜の十分の一をくれるんならワシが掃除したるで。どや?」
いかにも神話にありそうな展開です。北欧神話にもこんなくだりがありましたし、よくあるパターンですね。
王も王で「どうせ出来る訳あらへんやろ。座興にやらせてみよか」くらいのノリで適当に了承します。これもよくあるパターンですね。しかしヘラクレスが珍しく知恵を働かせ、王子を証人に立てるのです。
一体どうしたんでしょうか。もしかしたら神様の入れ知恵かもしれませんね。実際にアテナ様の入れ知恵という説もあります。その方が自然な流れだとは思いますが。
さぁ掃除開始です。ヘラクレスは厩の近くを流れるアルペイオス川の水を引いて来て、厩の一方から反対方向へと一気に洗い流すという無茶をやらかしてしまいます。普通に考えれば大がかりな土木工事なんですが、そこはゼウスの血を引くヘラクレス。力任せに一人でやってしまったに違いありません。それにしても「この後」はどうするんでしょうね。いつまでも流しっぱなしという訳にもいきませんし……まぁ後始末までは言われてませんからね。王が何とかしたんでしょう。公共事業発生です。ついでに公害も発生したことでしょう。
こうして難なく達成……とはいきません。まさか出来るとは思いもしなかったアウゲイアースは報酬を支払うのが惜しくなり、その上ヘラクレスがエウリュステウスの命令で来たのを知って「はぁ? おんどれ、あのヘッポコの使いっ走りなんか? なんやそれ! ダーっハハハハ!」
と思いっ切りディスります。その上当初の約束まで否認して裁判をする始末です。ろくな王様が居ませんね、この世界は……。
ところが王子は信義を重んじ、或いは父王のアレな態度を恥ずかしく思い誓約の事実を認めるのです。おお、出来の悪い父からこんな気骨ある息子が生まれようとは。彼が即位したらいい国になることでしょう。
しかし父王は怒って王子とヘラクレスをエーリスから退去させるのです。とことん腐ってますね。本当に神の息子なんでしょうか。それでも王は王です。王子はドゥーリキオンの島に行き、そこに住むことにしました。なんとも哀れな……。
一方のヘラクレスはオーレノスのデクサメノスの館に赴きました。そこは正に愁嘆場の真っ最中。と言うのも、ケンタウロスの一人エウリュティオーンが王女をいたく気に入り、是非嫁にくれと言ってきかないので仕方なく……というのです。
そこで無駄に張り切るヘラクレス。人身御供同然の花嫁を迎えに来た彼を殺害してしまいます。やり過ぎですね、明らかに。と言うか、当初のお題からすっかり離れてしまっています。もちろん後々問題となるのでした。
第七のお題はクレタ島から牡牛を連れて来る事です。クレタ島の牡牛。神話が好きな方は聞き覚えがある事と思います。そう、あのミノタウロス……の前座としてアッサリ退治されてしまう牡牛です。ミノタウロスが有名過ぎるので影が薄いのですが、一応は登場するので覚えてあげてください。
この牡牛の出自には諸説ありますが、いずれにせよミノス王が牡牛の美しさにこれを生贄に捧げると言う約定を破って他の牡牛を捧げたので、神はこの牡牛を凶暴にしたという事です。
ヘラクレスはクレタ島に渡って王に直談判するも冷淡にあしらわれてしまいます。そこでヘラクレスは勝手に捕まえてお持ち帰りしてしまうのです。問答無用ですね。さすがです。
捕まえる際の苦労は語られていません。テーセウスにも簡単に退治されるのですからヘラクレスに勝てよう筈もありませんが。
後にこの牛は放たれてスパルタ、アルカディアと荒らしまわり、最後はマラトーンの野に住み着き各地の住民を恐怖のどん底に落とした挙句、テーセウスに退治されるのです。もう迷惑を振りまいて歩いてるだけですね、コイツは。
第八はトラキア王ディオメーデスの馬を連れて来る事。この王は軍神アーレスとニンフ・キュレーネーの子と言われ、戦好きなピストネス族の長でもありました。更には凶悪な事にこの馬を人肉で養っていたと言われています。悪趣味ですね……。
ヘラクレスは仲間を募りトラキアへと向かいます。何故かこのエピソードはどれも詳しくは書かれていません。えげつないからでしょうか。
とにかくヘラクレスは王か厩の番人を殺害するかして馬を奪取します。いきなり無茶ですね。するとピストネス族が異変に気付いて押し寄せてきました。当然ヤバいです。ヘラクレスは同行の少年アプデーロスに馬の番をさせ、あっさりと敵を壊走させます。さすがですね。
戻ってみるとアプデーロスは哀れにも馬に食い殺されていました。ああ、なんという事でしょう。食人馬の番を少年一人にさせるとは。自分の基準で物事を考えるからこんな事になるのです。
ヘラクレスは少年を記念して墓を築き、傍に市を建設したといいます……幾ら何でも早過ぎませんか? 住民とかインフラとか……あくまでも都市の由緒譚だそうですが。
こうして馬はアルゴスに連れていかれ後に放たれます。こんなヤバい奴を放していいんでしょうか? コイツも周辺を荒らしまわるんじゃ……? ところがコイツ、オリュンポス山へと向かい、野獣に食われてしまったそうです。人間を食ってしまうくらいなのに。誰一人として報われない展開ですね。
第九のお題はアマゾネスの女王ヒッポリュテーの帯を手に入れろというもの。彼女達は皆さんご存知の戦闘民族。そんな女王の帯を求めたのはエウリュステウスの娘アドメーテーでした。当時、帯は所有者の徳を頒つものとされていたので、自分も女王のようになりたかったんでしょうね。
ヘラクレスは仲間を連れて旅立ち、途中のパロス島でクレタのミノス王の息子とトラブルを起こし仲間二人を失います。和解の条件としてミノス王の孫二人を人質に受け取りミューシアへと行き、その王リュコスの客となり、王を助けてベプリュス族と戦い領土を割譲させ、これをヘーラクレイアと呼びました。
なんだかオマケの出来事の方が凄いような気が……。
その後、テミスキューラに入港すると意外にもアマゾネスの女王が友好的に出迎えてくれました。意外ですね。もしかすると脳筋同士で馬が合ったのかもしれません。
とにかくヒッポリュテーはすんなりと帯を与える事を承諾しました。こうなると黙っていないのが女神ヘラ。彼が破滅してくれない事には気が収まらないのです。
彼女はアマゾネスの一人に姿を変え、流言を流すのです。
「た、大変や! あのギリシャ人共は女王様を攫って行こうとしとるんやで!」
「なんやて! そら一大事やないか! あいつらしばき倒したれ!」
とアマゾネスの皆さんが武装して押し寄せて来るではありませんか。さぁ一大事です。ヘラクレスはどう対処するかと言うと――返り討ちにしてしまいました。そりゃそうなりますよね……コイツに敵うわけがありません。ヒッポリュテーも殺害され、帯を力づくで奪われてしまいます。救いのない展開ですね。
別の説では最初からアマゾネスと戦い首領を捕らえ、身代として姉であるヒッポリュテーの帯を貰い受けたとあります。こちらの方がまだマシなんでしょうか。
帰路で黒海を渡りトロイアに立ち寄った時、とんでもない場面に出くわします。この頃トロイアはアポロンとポセイドンからまとめて祟りを受けていました。悲惨ですね。と言うのもトロイアの城壁を作る際、両神が人間に化けて手伝っていたのですが、ケチな王(トロイア戦争のプリアモス王の父)は報酬を支払わなかったのでアポロンは疫病、ポセイドンは海から化け物を送り込んだのです。ケチるものではありませんね。ましてや神様(そうとは知らないとはいえ)相手に。
ヘラクレスが上陸したのは祟りを鎮める為に王女を化け物に捧げようとしていたところだったのです。そこで化け物をあっさりと打ち倒して王女を救い、彼女を従者テラモンに(恐らく)勝手に与えてしまいます。ついでに王は約束していた報酬の名馬をまたもやケチって与えようとしません。これは王の祖父にあたるトロースが息子ガニュメデスをゼウス大神に捧げる際に授かった神馬の子孫。気持ちは分かりますが、学習しない王様ですね。
ヘラクレスは復讐を宣言したものの、先を急ぐのでとりあえず出航してエウリュステウスに件の帯を渡すのでした。
この後、復讐を果たすのかと思いきや、そのエピソードはしばらく出てきません。忘れてしまったのか……そんな気がします。
第十のお題はゲリュオンの牛をゲットする事。ゲリュオンはあのメドゥーサの孫で一つの胴体に三つの頭と手足が六本ずつという異形の男。メドゥーサの孫に相応しいですね。手下には牛飼いのエウリュティオーンという男と双頭犬オルトロス。
西の果てに住む彼の元に向かいながら化け物退治をしていくヘラクレス。この時来遊の記念に巨大な柱をヨーロッパとアフリカの間に建立したのがジブラルタルの岩だそうです。さて、途中であまりに暑いので太陽に矢を射ると太陽神ヘリオスが豪胆ぶりを気に入り黄金の大杯を与えます。これに乗って西の果てエウリュティアに着くと早速オルトロスが襲ってきたので棍棒で返り討ちにします。加勢に来たエウリュティオーンもあえない最期を迎えてしまいます。強すぎますねヘラクレス。
そこへやって来たゲリュオン。当然ヘラクレスの敵たり得ず、三つの頭を三本の矢で射抜かれて絶命します。ああ、可哀想に……。
こうしてヘラクレスは牛を大杯に乗せて海を渡り、黄金の大杯は太陽神に返しました。そして牛をエウリュステウスに引き渡すと、王はこれを女神ヘラへの生贄に捧げるのでした。この小心な王様もたまにはまともな事をするんですね。
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