第2話 十の難行スタート!

 ご託宣に従い父の故郷ティーリュンスに戻り、その領主エウリュステウス(父の従弟で、ヘラの仕業によりヘラクレスより先に生まれたアイツ)に面会、十のお題を示されます。この辺りは具体的に書いている文献が見つかりません。そうスムーズに行くとも思えないんですけどね。後の展開を考えると、このエウリュステウスはかなりの小心者で、「小物界の大物」と言ってもいいくらいです。そんな奴がヘラクレスとまともにやり取り出来るとも思えません。もしかしたら「神様の言いつけなんやから逆らえへんやろ」くらいは考えていたかも知れませんが。


 それでも自分の卑劣さを自覚していたのか、ヘラクレスを恐れていつも腹心の臣下に命を伝えさせていたと言われています。いや~小物ですねまったく。


 ヘラクレスが出されたお題も伝によって違ったりもしますが、ここでは代表的な伝に従って紹介したいと思います。



 その第一はネメアのライオン退治です。ネメアの森の奥深くに棲むこのライオンは普通のライオンではなく、不死身の魔獣でした。


 その素性はギリシャ神話最大のモンスター・テュポーンとエキドナの子で、猛犬オルトロスの兄弟とも子とも言われている血統書付きのバケモノです。そしてこのライオンが現れたのはヘラの嫉妬から来る指金とも言われています。よく考えれば、大抵のギリシャ神話のエピソードには彼女の嫉妬が絡んでますね。まったく傍迷惑な夫婦です。


 さてこのライオン、どんな武器でも傷付かない頑丈極まりない毛皮を持っていました。その毛皮をゲットして来いというわけです。簡単に言ってくれますね。


 退治に赴き、早速ライオンに出くわしたヘラクレス。お約束通り、まずは弓と棍棒で立ち向かいますが当然通用しません。それが売りなんですから当たり前ですね。と言うか「通じない」と言われているのに、わざわざ試すあたりが英雄たる所以でしょうか。それとも展開上の都合なんでしょうか。


 ライオンもいい加減辟易していたのか洞窟に帰ります。神話では「逃げ帰った」とされていますが効きもしない攻撃から逃げるとは考えにくいですね。ただウザくなっただけじゃないかと考えられます。


 この洞窟は前後が開いているトンネル状だったので、ヘラクレスは一方を岩で塞いで洞窟に侵入し肉弾戦に持ち込みます。そう、「武器がダメなら素手でやればいいじゃない」と何処かのアントワネット様のような事を考えたのです。そして首尾よくライオンを締め落します。


 この時は恐らく背中に乗って締めたのだと考えられます。(芸術作品ではよく横から締め付けていますが)私は愛猫と遊んでいた時、「四足獣は首の後ろを攻撃出来ない」事に気付きました(噛み付けないし爪も届かない)。戦闘の天才ヘラクレスがその事に気付かない筈がありません。恐らくはこれで安全に攻撃した事でしょう。


 そして皮を剥ぎ、持ち帰ったわけですが……資料ではこの時まだライオンは「死にはしなかったのだろう」となっていますが、生きたまま生皮を剥ぐなど悪魔の所業です。ちゃんととどめを刺しての事だと考えたいですね。


 こうして犠牲になったライオンは天に昇って獅子座となりました。報われたのかどうか見解が分かれそうな気がします。また、ヘラクレスが被っている毛皮はこのネメアのライオンの物とするバージョンもあります。ライオンのエピソードがダブっているからこその混乱でしょう。



 エウリュステウスが本気でヘラクレスを恐れるようになったのはこの時からだとされています。彼はヘラクレスが帰ってくると聞くと市の門から入って来る事を許さず、自分は地中に埋めてある青銅の甕の中に隠れていたという情けなさだったそうです。いや~みっともないですね。とても人の上に立つ器ではありません。


 更に後にはヘラクレスの子供たちを迫害したりと、小悪党の代表のような人物でもあります。「理想的な悪役」とも言えますね。



 次なるお題はレルネーの水蛇(ヒュドラ)退治。こいつもテュポーンとエキドナの子とされているのでネメアのライオンとは家族です。物騒なファミリーですね。


 レルネーの沼沢地は冥界へと続く底なし沼で、そこの番人(?)をしていたバケモノです。それを退治していいものか……とも思いますが、まぁ英雄譚ですから。


 このヒュドラは通常沢山の頭を持つとされていますが、その数は五つから百までと大雑把すぎる感じです。アポロドーロスの伝では九つで中央の頭が不死身とされていて、これが最もメジャーな説でしょうね。


 さて、こいつは頭を切り落とすとすぐさま新しい首が(一説では二つも)生えてくるという驚きの再生力を誇ります。


 ヘラクレスは甥のイオラーオスを助太刀として連れて行きました。レルネーの中にあるアミュモーネーの泉の傍にヒュドラの棲み処を見つけると火矢を放って炙り出し、勇躍襲い掛かります。ヒュドラも尾でヘラクレスを捕らえて反撃。幾つもの頭で攻撃します。それを切り落とすも瞬く間に再生するヒュドラ。しかもヘラが「おっしゃ! 今がチャンスや!」とばかりに送り込んだ大蟹がヘラクレスの足を挟んで邪魔をします。取り込み中にこれは心底ウザいですね。実際ヘラクレスはあっさりとこの大蟹を踏み潰してしまいます。不憫な大蟹……。


 ストレスは解消できてもヒュドラは何も片付いていません。ヤバいです。ここでイオラーオスは「ヘラクレスおじさんがやられたらワシもヤバいやんけ……そや! コイツ水に棲んどるから火に弱いんちゃうか?」と閃き、ヘラクレスが切り落とした首をすかさず松明で焼くという作戦に出ました。すると効果覿面、新しい首は生えてきません。


 こうして切る→焼くのコンビネーションで次々と首を封じ、最後の不死身の首だけは切り落とした後、大きな石を乗せて封印しました。やはり完全に不死身の敵は封印するしかないでしょうね。ヒュドラは天に上げられ海蛇座に、ついでに大蟹も蟹座になりました。


 そしてヒュドラは胆汁にとんでもない毒を持っていると聞いていたので胆から出る血に自分の矢を浸して毒矢を作りました。これが後々彼の運命を決める事になるのです。



 第三のお題はケリュネイアの鹿の捕獲。こいつは金色の角を持つスーパーレアな鹿でした。それもその筈、この鹿はもともとアルテミス様の車を引いていた四頭の内の一頭だったのです。じゃぁこの時点でアルテミス様の車は三頭で引いているのでしょうか。その辺りは書かれていないので分かりません。


 さて、ヘラクレスも「さすがに殺したらアウトやろな……」と仕留めるのは差し控えて生け捕りにする事にしました。が、さすがに神様の車を引いていたという鹿。なかなか捕まりません。追いつ追われつで一年が過ぎた頃、遂に捕まります。一説にはアルカディアのアルテミシオンという山から降りてラドン川を渡ろうとするところを傷付けないように射て捕らえたとありますが、別の説では隠れ家で取り押さえたとあります。


 後者の方が説得力がありますね。「傷付けないように射て捕らえる」とか、どうやったのかさっぱり分かりませんし。


 鹿を捕らえて帰ろうとするとアルテミス様とアポロン様が連れ立って現れ、ヘラクレスを責め立てます。さぁピンチです。どう足掻いても勝ち目など有りはしません。


 そこでヘラクレスはエウリュステウスの命である事を説き、泣き落とし作戦に出て窮地を切り抜けます。英雄も手段を選ばないものですね。


 この鹿はエウリュステウスに見せた後で解放される事になります。よかったですね。



 第四のお題はアルカディアのエリュマントス山に棲む猪の捕獲。どうも動物関連ばかりで芸がありませんが、エウリュステウスの発案なんで仕方がありません。


 これに赴く途中でヘラクレスはアルカディアの西にあるポロエーの山を通り、そこで半人半馬のケンタウロス族のポロスの客となりました。ポロスは自分は生肉を食べ、ヘラクレスには焼いた肉を出しました。大食漢のヘラクレスが相手ですからポロスもさぞや忙しかった事でしょう。


 いい気分になったのかヘラクレスが酒が欲しいと言い出だしたのが災いの始まり。一族共有の酒甕を見つけ、駄目だと言うのを「かまへんて! ワシが責任取ったるさかい!」と無理矢理に開けさせます。ああ、なんと言うことでしょう。この世で一番当てにならない台詞で言うことを聞かせるとは。とんでもない災いが起きるフラグ成立です。


 すると案の定、香りを嗅ぎつけたケンタウロス達が集まってきました。ヘラクレスは何を思ったのか火のついた薪を投げつけて追い払い、更に矢を持って追いかけ始めます。きっと既に酔っぱらっていたのでしょう。迷惑な奴です。


 ケンタウロス達は別の山に隠棲していたケンタウロスきっての賢者・ケイローンの元に逃げ込みます。そこまで追いかけるのも正直いかれてるんじゃないでしょうか。そしてあろう事かケンタウロスの一団に矢を放ちます。それが運悪くケイローンの膝に命中。しかも鏃は例のヒュドラの胆に浸けた毒矢というご丁寧ぶり。最悪ですね。ケイローンはアキレウス達を育てた事で名高い賢人。よりによってそんな相手に当ててしまうとはとことん迷惑なヤツです。


 そのケイローンがもがき苦しむ姿を見て、ヘラクレスはやっと自分のしでかした事が理解できたのでした。ケイローンは不死身でしたがこの毒の苦しみはどうにも耐えがたく、秘蔵の薬も効果がありませんでした。ケイローンは不死の力をプロメテウスに譲る事でやっと楽になり、射手座となりました。


 他のケンタウロス達はてんでんばらばらに逃げ散り、後をつけてきたポロスは手に取った毒矢をうっかり落としてしまい、それが足に刺さって命を落としてしまいます。本っっ当に迷惑な奴ですね。


 別の伝ではケンタウロスの一人エウリュティオーンがその矢を持ってポロエーに帰ったところ、ポロスが話を聞いてうっかり……となっています。


 やりたい放題に暴れたヘラクレスは彼らを埋葬し、エリュマントス山に赴きます。大声で猪を追い出したところを追い立て、雪の中で動けなくなったところを網にかけて「はいお終い!」という(これまでに比べたら)楽なものでした。


 この事件で逃げたケンタウロスの一人がネッソス。彼はこの時の恨みを忘れず、最後の最後でヘラクレスの運命を決める事になるのでした。(このあたりは後述)

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