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 その有名ブランドの経営会議は、重苦しい雰囲気に包まれていた。ここ、グ〇チでも世界的な消費低迷の波を受け、大きく売り上げを落としていた。

「ブランド力が衰えたわけではない。この難局をなんとしても乗り越えるのだ」

 社長と思しき人物は言った。すると、役員の一人が手を挙げた。

「考えました。『たまグッチ』はどうでしょう」

 その役員は「瞬時却下」を予想していた。社長の目に留まるように、何か発言してみたかっただけだ。しかし、社長の反応は違った。

「おお、それはいい。しかし、ゲーム機をブランド商品として取り扱うのはややこしい。思うのだが、単に『たまご』を売ってはどうだろう」

 一同は顔を見合わせた。

 《それでは、スーパーではないか。特売でもするつもりか》

 その反応を見て、社長は続けた。

「いやいや、もちろんブランドを前面に出すために豪奢な化粧箱に入れて綺麗なリボンを付ける。たまごには、わがブランドの金ピカのロゴを刻印する。価格を高くすれば、逆にそれだけ話題にもなるかもしれない」

 早速、商品のパッケージングが考案された。販売は直営店で行う事になった。もちろん、スーパーで販売するなどブランドが許さない。価格は1個 9800円に設定された。たまごの原価が20円くらいだから、諸経費込みで100円くらいとして、なんと利益率99%だ。


 そして、販売の日を迎えた。社長自ら銀座の旗艦店に足を運んだ。皆の杞憂は吹き飛んだ。開店前から「たまグッチ」を求めて、長い行列ができていたのだ。

 一人一個に制限されて、販売が開始された。購入した人は、たまグッチを写真に収めたり、報道陣の受け応えをしていた。いくらなんでも高額すぎるのでは、というレポーターからの質問に対して、購入者はもっともな答えをしていた。

「高い安いを考えていたら、そもそもブランド品なんか買わないでしょ。レポーターさん、あなたこの高価な『たまグッチ』買う気になる? ならないでしょ、それが私が買う理由よ」

 そして、何日もしないうちにネットには、たまグッチを使った料理の写真が溢れた。ゆでたまご、目玉やき、オムライスなどなど。いずれも、ブランドのロゴをうまくあしらっている。ブランドにとっては、これほどの宣伝効果は無い。しかも、利益率99%は大きな利潤を生み出していた。


 あるオフィスビルの一室。テレビのワイドショーで放映されるたまグッチの盛況ぶりを見ながら、感心している者がいた。ルイ・〇ィトンの社長だ。

 《なかなかのものだ。我がブラインドもこれに続くのだ!》

 早速、翌日の経営会議でルイ・〇ィトンの社長は切り出した。

「皆も承知の通り、たまグッチは大成功を収めている。我が社もこれに続く!」

 役員達はざわめいた。やっぱり、という空気だ。やがて、一人が発言した。

「社長、どんな商品にするか、もう考えているのですか。『たまグッチ』が駄洒落なので、もしかしてウチも・・・・・・」

 社長は自慢げに答えた。

「もう考えてある。ちょっと地味だが、寝具を扱う。商品名は『ルイ・ぶとん』だ!」


 「ルイ・ぶとん」も、銀座の旗艦店の店頭に並べられた。やはり多くの客が列を成して買い求めている。たまグッチを買った客も見受けられる。

「たまグッチは素晴らしかったわ。おいしくいただきました。でもあれは食べてしまうとおしまいなの。その点、このルイ・ぶとんは、長く使えますもの」

 大きくブランドのロゴが刺繍されたふとんは次々と売れていた。これもまた、利益率90%以上だ。見ていた社長はほっと胸を撫で下ろした。


 そんな時、高級時計ブランド、タグ・ホ〇ヤーの社長は役員達に訓示していた。

「我が社がこれほど利益を上げているのは、他ならぬお客様のお陰だ。大切にしなければならないのは、一部の大金持ちではなく中間層だ。年収が一千万にも満たない顧客達だ。いや500万円程度の年収しかない若い勤め人も多い。これらの顧客達はそれでも何十万円もする我が社の時計を買ってくれる。身分不相応とは思わず、大金持ちの真似をしてくれる。決してはした金ではない。実用的にはディスカウントショップの1000円の腕時計で十分なのだが、頑張って我が社のために50万円、100万円を捻出してくれているのだ。このありがたい忠誠心に感謝しよう」

 社長は少し考えてから、続けた。

「とはいえこの不況下で売り上げは落ち込んでいる。我が社も『たまグッチ』や『ルイ・ぶとん』に続きたい」

 会議の参加者は、

《きたっ!》

 と思い、息を呑んで待った。社長は一同が何かを期待して待っているような気がした。

「タグ・ホヤだ!」

 東北地方出身の社長は実家から直送されてきた箱を取り出した。中から「ホヤ」を掴み上げると、高く掲げた。

「これにベルトを付けて販売する。ベルトには我が社のロゴを美しくあしらえる」

 聞いていた役員の中には、初めてホヤを見る者もいた。ましてやそれが北日本の高級食材などとは知る由もない。

 

 銀座の旗艦店の店頭に置かれた木箱には、生ホヤが綺麗に並んでいた。ホヤの両側にはベルトが付けられている。ビシッとスーツに身を固めた店員が鉢巻をし、手には丸めた新聞紙を持ってパンパンと打ち鳴らしながら客の呼び込みを始めた。

 買い求めた若い客は、早速これを手首に付けた。ヌルヌルと滑って付けるのに苦労した。スーツの袖が濡れてぐしょぐしょになっている。ズボンにも雫がポタポタと垂れ、磯の匂いが漂ってくる。

「これはいい! 本当はアップルウォッチを買いに来たんだけど、タグ・ホヤを見て気が変わった」

 一方、中年の客は少し訛りのある言葉で感慨深げに話していた。

「これ、懐かしいっぺ。飲み屋さ行ったらつまめるしよ」

 そう、そんな利用方法もある。取り扱い説明書には、飲み屋でタグ・ホヤを上手に切り取って食べる方法が丁寧に書かれていた。

 通勤中の電車内ではタグ・ホヤは匂う。信じられないことだが、このかぐわしい香りを嫌悪する変わった乗客もいた。その為、鉄道各社は、各編成の最後尾の車両を「タグ・ホヤ」専用とした。タグ・ホヤ車両では愛好家の交流が生まれた。

「おう、それ年季物だな。ほとんど崩れかかっている。それにしても強烈な匂いだ」

「ええ、今日が最後の着用なんです。また新しいのを買おうと思っています。青森産がいいかな」


 これらの商品を全て買った客もいた。大企業に勤め、都心に通う男性だ。収入は十分あるのだが、忙しすぎて趣味の時間もろくに取れない。勢い、手軽に消費欲を満足させてくれるブランド品を愛好するようになった。

 朝、「たまグッチ」の料理を食べ、少し腐りかけて強い匂いを放つ「タグ・ホヤ」を手首に巻きつけ、颯爽と出勤した。そして夜には「ルイ・ぶとん」で眠りに就いた。夢の中で彼は、たまごとホヤと戯れて楽しい時を過ごしていた。


 彼は幸せだった。ブランド品の与える幸福感は、所詮、庶民には分からないという事だろう。

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