第2話 悪意の気配


 時は少し遡る。


 少し日が傾いてきた時間、征十郎は夜までの時間潰しの為に町中の屋台なんかを覗きながら散歩をしていた。

 しばらくぶらぶらした後人通りの少ない少し薄暗い路地に入った時、子供の泣き声が彼の耳に入ってきた。

 気になった彼が声のする方へ向かうと少し前にエイジと共に居た鼻の尖った子供が大声で涙を流しながら泣いているのが目に入る。

 その横に視線を向けてみれば小太りの少年が額から血を流し倒れていた。

 征十郎は素早い動きで二人の少年の傍へ駆け寄ると懐を探りながら尖った鼻の少年へ声をかけた。


 「なにがあった? 」


 鼻の尖った少年は征十郎の顔を確認する事もなく泣きながら喚くように言葉を発する。


 「どうしよう!!鉄の棒で頭を殴られたんだ…このままじゃマ、マクギーが死んじゃうよお! 」


 「落ち着け。マクギーとはこの少年の事だな?取りあえず事情を聴くのは後にした方が良さそうだ」


 征十郎はマクギーの容態を確認し少し額が切れているだけだと判断すると先程懐から取り出しておいたナナイが調合した塗り薬を傷へ塗り込むと白い清潔な布をマクギーの額へ押し当てた。


 「安心しろ。傷は大したことはない。今はショックで気を失っているが暫くすれば目を覚ます筈だ」


 征十郎が手当てを済まし再び鼻の尖った少年へ声をかけると彼はずびっという音と共に鼻を啜ると泣き止んだ。


 「ほ、本当? 」


 「ああ本当だ。処でもう一人居た少女はどうした?家へ帰ったのか? 」


 「そ、そうだ!キリエが攫われたんだ! 」


 漸く落ち着いたと思っていた少年が再び征十郎の言葉を聞き再び取り乱し始める。


 「だから落ち着け。ゆっくりでいいからここで起こった事を話してくれ」


 暫くした後、漸く落ち着きを取り戻した少年は息を整える様にゆっくりと話し始めた。


 「僕達がこの場所で遊んでたらいきなり黒いフードを被った大人が三人やって来て

キリエを連れて行こうとしたんだ」


 「キリエって言うのはお前達と一緒に居た少女の事だな? 」


 「うん。突然の事だったけど嫌がるキリエを見たマクギーがフードの大人達が誘拐犯だと思って助けようとしたんだ。そしたらフードの大人の一人が鉄の棒みたいなのでマクギーを殴って…。僕は怖くて動けなくて…キリエはそのままフードの奴らに連れていかれたんだ」


 「…そうか」


 征十郎は額に手を当て考え込むような仕草をした後再び口を開いた。


 「そのフードの奴らは他に特徴が無かったか?例えば手の甲に気持ちの悪い目玉の紋様が入っていたりとか」


 「そう言えばあった気がする!キリエが捕まった時確かに目玉のマークみたいのが見えたよ」


 「やはりな…。ありがとう話してくれて助かった」


 「兄ちゃんもしかしてキリエを助けてくれるの? 」


 「ああ。だがその前にそこのマクギー…だったか?その少年を病院へ運ぼう」


 「そこの男、止まれ! 」


 征十郎がマクギーを運ぶため彼に近づこうとした時後ろからそんな声が聞こえてきた。

 振り向けば武器を構えた衛兵達が立っており隊長と思わしきちょび髭の人物が号令をかけると征十郎は瞬く間に囲まれてしまう。


 「おいおい…いきなり物騒だな」


 征十郎が両手を上げながらそう言うとちょび髭の男が口を開いた。


 「子供の泣き声がしたのでその場所に行くと怪我をした少年とその傍に怪しい男が立って居たと住民から通報があった。取り調べの為貴様を連行する。そこの少年も悪いが来てもらうぞ」


 「やれやれ。唯の散歩のつもりだったんだがな…。どうしてこうなった? 」


 征十郎は溜め息を吐きながら呟くと大人しく兵士に従い連行されるのであった。


 

 ナナイは一向に帰って来ない征十郎に痺れを切らしてリツコに一声掛け、彼を探しに家を出た。


 「まーた昔みたいにトラブルに巻き込まれてるんじゃないでしょうね…」


 不満げに呟きながらナナイは人目のつかない建物の屋根へ移動すると征十郎を探す為の術式を展開する。

 この術式は彼女の得意とする物の一つで広範囲に渡り個人の神霊力アストラルフォースを特定できる結界を展開する物だ。


 「これは…!」


 暫く征十郎の居場所を探っていたナナイは無視できない物を感知し目を見開く。

 彼女は征十郎の捜索を一旦中断し感知した物の場所へ向かった。


 「まだ奴らが残っていたなんて…。今度は絶対全員助ける」


 町の上を駆ける彼女の表情は怒りと悲しみが入り混じった苦痛に満ちていた。


 


 


 壁に備え付けられた蝋だけが照らす薄暗い空間の中にある鉄格子で出来た地下牢の様な場所で二人の少女が肩を寄せ合っていた。

 ボロボロの薄い生地の服にガリガリに痩せこけた風貌の少女達はコツコツと響く足音に怯えながらお互いに声を掛け合う。


 「わたし、もう駄目かも…。もしわたしが死んでもアイナちゃんだけでもここから逃げて」


 「何言ってるの!リルは私が絶対守る。何があっても二人で逃げるよ。もうすぐしたらまたあいつ等が来る。足音からして今日は一人みたいだし私達の体力的にもそこが最後のチャンスになるわ。あいつ等がここの扉を開けたら私が隙を作るからリルは先に逃げて。私も直ぐ追いかけるから」


 「でもそれじゃアイナちゃんが危ない目に合う事になっちゃうよ! 」


 「私の事は気にしなくていいわ。この牢屋に張られた結界の外に出れば得意の閃光法術で逃げるから」


 「でも…! 」


 二人がやり取りをしている間に足音がすぐそこで響く音がする。

 足音の主はそのまま二人の少女が入れられた牢屋の前にやってきた。


 「投薬の時間だ。出ろ」


 目の前のフードを被った男の声にアイナは答えた。


 「この子昨日の投薬から調子が悪いみたいなの。一人で歩くのは無理そうだし私も肩を貸すほどの力はないし手を貸してくれませんか? 」


 男はリルを一瞥しフンッと鼻を鳴らすと口を開く。


 「今回も碌に結果は出なかったがそろそろ処分の時期か。まあいい新しい被験体はもうすぐ手に入る予定だ…。取りあえず今はお前だけでも来い」


 男は独り言ちた後アイナに出る様に命令すると扉の鍵を開けた。

 男が促す様に扉を開いた一瞬の隙を衝いてアイナは男に突進し体当たりした。

 ガリガリにやせ細った上まだ齢10を越えて少しの少女であるアイナの体当たりでは男を吹き飛ばす事は出来ず尻もちをつかせるのが精いっぱいだった。

 

 「き、貴様!! 」


 「今よリル! 」


 「うん! 」


 「逃がすか! 」


 男が立ち上がりリルの方向へ意識を向けたと同時に牢から飛び出たアイナの声がこだまする。


 「眩き光よ、《ライトバン》! 」


 「な、なにぃ! 」


 次の瞬間アイナの手から強烈な光が発せられ男の視界を奪った。

 アイナは男が目を抑えもがいている間に逃げ出そうと走り出したが直後に腕を掴まれてしまう。


 「なっ!? 」


 「残念だったな。俺達は全員目に法術対策の術を施してるんだよ。過去にお前達と同じような事をした奴がいるらしくてな…。恨むならそいつを恨め」


 「くっ。離せ! 」


 「アイナちゃん! 」


 リルはアイナが捕まった事に気が付き足を止めそれを見た男は嫌らしい顔でリルに言葉を投げかける。


 「おい小娘。こいつが死ぬのは嫌だろう?お前が大人しく戻って来るなら殺すのはやめにしてやろう」


 「リル聞く耳持っちゃ駄目!どうせ私達はここで殺されなかったとしても近い未来に実験で体を弄り回されて死ぬのが目に見えてるわ。貴女だけでも逃げるのよ!そしてこいつらの悪事を外に伝えるのよ!私達の様な犠牲者が出ない様に」


 「で、でも! 」


 「いいから早く行きなさい! 」


 「チッ余計な事をべらべらと…。余程殺されたいらしいな」


 「どうせ死ぬなら最後まで足掻いて死ぬわ。あんた達の思い通りになんてしてやらないわ」

 

 そう言い終わるとアイナはペッと男の顔目掛けて唾を吐いた。

 男は額に青筋を浮かべ掴んでいない方の手を掲げそこに掌サイズの火の玉を創り出した。


 「まだ使い様はあったがこの俺を怒らせたとあっては生かしておく事は出来ないな」


 「アイナちゃん!! 」


 男が火の玉をアイナにぶつけようとした時リルの悲痛の叫びが辺りに響く。


 「死ね」


 男の言葉と共に迫りくる炎に最後を覚悟したアイナだったが次の瞬間男の腕が斬り飛ばされその覚悟は意味を失う事になった。


 「どうやら間に合った様だな」


 アイナの目の前に突如現れ、篝火に照らされたその男は紅蓮の炎の様な赤と太陽の様なオレンジ色を混ぜた様な髪色をした青年だった。

 男の腕を切り飛ばしたと思われる片刃の見慣れない剣を軽く振り刃に着いた血を落とすと鞘に剣を戻し青年は腕を失いもがく男へ視線を向けた。


 「お前達の組織は魔神教団だな? 」


 「ハァ…ハァ…。だったらなんだ?貴様が誰だか知らんしどうやってここに現れたか分からんが…こんな事をして唯で済むと思っているのか? 」


 「知っている事を洗いざらい吐いてもらう」


 青年は男の首を掴むと力一杯締め上げる。


 「グァ…ッ…ハァッ! 」


 「言わなければこのまま首を圧し折るぞ」


 「誰が…ッ…言うか…。それに…貴様等はここからは出られ…ない。ハァハァッ…直に我が…同胞が戻ってくる…。グゥッ…その時が…最後だ…。ガハッ」


 男の口からガリッという音がすると男は突如白目を剝き大量の血を吐き出すと物言わぬ人形の様にぐったりと崩れ落ちた。


 「自害したか…。取りあえずここから出る。俺の名は征十郎。君達も聞きたい事があると思うがまずは俺に付いて来てくれ」


 「……わかったわ。私はアイナよ。ここから出るのは賛成だけど先にこれだけ言わして。助けてくれてありがとう」


 「どういたしまして。そっちの子は立てるか? 」


 征十郎はへたり込んでいたリルに声を掛けた。


 「は、はい大丈夫です。あ、私はリルって言います」


 「よし、アイナにリル行くぞ」


 「わかったわ」


 「はい」


 



 場所は変わりノノベの町から少し離れた場所でナナイは黒フードの男達10人と相対していた。

 男達の内の一人が抱えた少女を一瞥したナナイは怒りの感情を抑えながら極めて冷静な声音で男達に問いかける。


 「彼方達その子をどうするつもり? 」


 「なんだ貴様は? 」


 男の一人がそう答える。


 「質問を質問で返さないで。今は私が質問しているのよ」


 「貴様状況が見えているのか?方法はわからんが様子からして我等を追って来た様だが無駄な正義感は身を亡ぼすぞ。とは言ってもこの現場を見られた以上貴様の死は確定しているのだが」


 男は言い終わると他の男たちと共に問答無用と言わんばかりに掌に炎を生み出し一斉にナナイへ向けて放った。

 着弾と同時に爆音が鳴り響き土煙が辺りに舞う。


 「端から話し合いが出来る奴らじゃないとは思っていたけどこれほど馬鹿だと思わなかったわ。私に火が効くわけないじゃない」


 「ば、馬鹿な…! 」


 土煙の中から放たれたと思われる炎を自在に纏いながら姿を現したナナイに男達は驚愕し、目をむく。

 男達の一人がナナイの顔を見た後大きな声で叫んだ。


 「コイツ煉獄の魔女ナナイ・ソシエリーゼだ!組織の要注意人物リストに載っていたから間違いない」


 「煉獄の魔女だと!?何故そんな奴がここに…! 」


 ナナイの正体を知った男達は先程までとうって変わり焦りの表情を浮かべ、キリエを抱えた男は咄嗟に眠るキリエの喉元にナイフを突きつけナナイに脅迫する。


 「ヘヘッどうやらお前はこのガキを救いたいようだが一歩でも動けばどうなるか分かるよな? 」


 「ほんっとアンタ達は昔から碌な奴がいないわね…」


 「流石に昔に一度我等の組織を壊滅に追い込んでいるだけあって俺達の正体にも気が付いていたんだな。だが人質が居る以上お前はもう何もできまい! 」


 「本当にそう思っているならアンタ達救いようがない馬鹿だよ」


 「何だと!?この状況で一体何ができるというんだ!? 」


 「もうやってるけど? 」


 いつの間にか周りに纏っていた炎が消えた姿のナナイがそう言った瞬間黒フードの男達の身体から火が吹き上げ発火した。

 

 「グウァアアア!!な…な…ん……だ…これ……はァ…!」


 男達は断末魔を上げながらもがき苦しみながら息絶えていく。

 ナナイは地面に倒れた状態のキリエを背負うとその視線をある方向へ向けた。

 豆粒に見えるくらいの距離だがそこにはまだ幼い少女二人を両脇に抱きかかえた征十郎の姿が視界に入った。

 征十郎の元へ駆け寄ろうとしたナナイは突如上空から迫る神霊力アストラルフォースを感知し咄嗟に身を捻る。

 次の瞬間、上空から風の弾が先程までナナイの居た場所へ着弾し辺りを衝撃と風圧が襲った。

 

 ナナイが上空を見上げるとキリエを攫った男達が着ていた物より質の良い黒いフード付きのローブを着た人物が宙に浮いていた。


 「流石煉獄の魔女だね…。今のはかなり高度なステルスの術式を組み込んだんだけどバレるとは」


 そんな言葉が若い女の声で聞こえてきた。


 「貴方はコイツらの親玉? 」


 ナナイは辺りの焼死体を指さし宙に浮く人物に問いかけた。


 「まあね。一連の出来事もそいつらの目を使って確認していたから君の事もそこの侍の事も把握済みだよ」


 フードの人物がそう言いながら指を指した場所にはナナイの後ろまでやって来た征十郎の姿があった。


 「アイツかなり強いな…」


 「そうみたいね。今の私達じゃちょっときついかも」


 「かと言って俺達に引くと言う選択肢はない。やるしかないな」


 そう言うと征十郎はここまでの道中で眠っていたアイナとリルを少し離れた場所へ寝かしナナイからキリエを受け取り彼女も他二人の横へ寝かせた。

 ナナイの横へ戻った征十郎は微動だにせず宙に佇む人物へ視線を向ける。

 フードの人物は二人の戦意を感じニヤリと笑う。


 「久々ね征ちゃんと肩を並べて戦うの」


 「そうだな。いっちょリハビリといくか」


 「やる気だね…。そう来なくっちゃ! 」


 宙に浮かんだその人物はフードから覗かせたその口を弧の形へ変え空を蹴り二人の元へ突っ込んだ。

  

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忘れられし過去の亡霊~20年の時を越えた侍は今を生きる~ アール・ワイ・オー @nanakiredxiiiffvii

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