第1話 侍という名の重み
ナナイと征十郎は騎神界の南東に位置するアリスィア共和国にあったナナイの借り拠点から出発し現在地から見て北に位置するフルアスタ王国を目指していた。
「20年経ったと言っても街並みなんかは大きく変わったりしてないな」
現在二人が居るのはアリスィア共和国の中腹部のノノベという名の町だ。
辺りを見渡しながら呟く征十郎に苦笑しながらナナイが答える。
「そりゃそうだよ。二十年でそんな簡単に人の暮らしは変わったりしないわ。征ちゃんが眠ってる間はずっと平和だったから…。皮肉な事だけど人の文明というのは争いが無ければ大きくは進歩しない物だからね」
「そういうもんか…」
そんな事を言いながら二人が町を歩いていると近くの路地から複数の子供の声が聞こえてきた。
「今日は僕がラウンズ役ね! 」
二人が声がする方を覗いてみると鼻の尖った十歳くらいの少年がそう宣言していた。
「いいぜ。じゃあ俺は聖法士役だ」
鼻の尖った少年に続き同じ年頃の体が大きめな小太りの少年が大きな声で言う。
「私は聖女様役ね」
次に大人しそうな少女がそう言い終わると小太りな少年が最後の一人の黒髪の少年に睨みを聞かせながら口を開いた。
「おい、エイジお前今日も侍役なんて言うんじゃないだろうな? 」
小太りな少年の発言にエイジと呼ばれた少年は答える。
「勿論侍役だよ」
「それはいいけど今日はちゃんと役通りにしろよな」
鼻の尖った少年が意地悪そうな顔でエイジにそう言うと食い気味にエイジが言い返す。
「俺はいつもちゃんと侍の役をやってるよ! 」
「なんだとぉ?侍は弱虫で故郷を捨てて逃げ出した弱虫だろうがよぉ?だから聖法士団があいつらの代わりに
「だからいつも言ってるだろ!それは嘘で本当は侍がずっと
「証拠はあんのかよ!?」
「だって父ちゃんがそう言ってたんだ! 」
「そんなもんが証拠になるか!今日という今日はもう許さねえ! 」
「ちょっとやめなよ! 」
エイジの胸倉を掴み腕を振り上げ殴りかかろうとする小太りの少年に少女が制止の声をかけるが少年は聞く耳を持たずと言った様子で腕を振りぬこうとした。
しかし振り上げた腕は下ろされる事はなかった。
小太りの少年は振り向き自分の拳を止めた人物の顔を見た。
ショートヘアの赤みがかったオレンジ色の髪の青年…征十郎は小太りの少年に穏やかな口調で話しかけた。
「安易な暴力はよくないな」
「うるせえ!誰だよお前…。関係ない奴はどっか行けよ! 」
「君が彼に殴ろうとした事を謝れば行ってあげるよ」
「なんで俺が…」
「それができないなら俺もここから動かないよ? 」
「チッ面倒くせぇ。やってられねーぜ。お前ら行くぞ!エイジは付いてくんなよ!自分が間違ってたって謝るなら許してやるがな」
「誰が…! 」
「じゃあお前はそこの変な奴と一緒に居ろよ。もうお前は仲間に入れてやんねーからな! 」
小太りの少年はそういい他の二人を連れて行ってしまった。
少し離れた処で少年と征十郎のやり取りを見ていたナナイが征十郎の脇を腕で小突きながら耳元で呟く。
「ねぇ征ちゃん今の
「何の事だか…」
「とぼけても無駄よ?さっきのガキ大将を怒らせた事よ」
「何、ちょっと気になる事があってな…」
征十郎は目の前に取り残されたエイジに視線を合わせる為に中腰になると声をかけた。
「さっきの少年達との会話を聞いていたんだけどどうして君はあんな事を言ったんだ? 」
「あんな事って侍の話の事? 」
「そうだ」
「なんでそんなこと聞くの? 」
エイジは少し警戒した様に征十郎にそう問い返した。
初対面の人間が急に質問してきたのだから当然の反応である。
「俺も知り合いに侍が居てな。そいつを探してるんだが何か少しでも情報があったら欲しいんだ。だから侍について何か知っているなら教えてほしいと思って声をかけたんだ。自己紹介がまだだったな。俺はセイこっちはナナイ」
「…僕はエイジ。そういう事なら…」
征十郎の言葉に少し警戒を緩めたエイジは路地に積まれた木材に腰を下ろすと少しずつ話始めた。
「俺の父ちゃんもう死んじゃったんだけど生きていた時に色々話してくれたんだ。俺が気が付いた時には体を壊してもう寝たきりになってたんだけど昔のブユウデン?ってやつをいっぱい聞かしてくれたんだよ。聖督府のいう事は嘘っぱちで昔父ちゃんは侍で仲間と一緒に魔神界から来るモンスターや魔神兵って奴らを沢山倒したって。日の国の事も色々聞いたんだ。自然豊かで食べ物もおいしくて住んでる人達も誇り高く優しい人が多かったって。でも聖督府の言ってることを皆信じてるから俺がその話をしても誰も信じてくれないんだ…。母ちゃんは他の人が信じなくても俺が信じていればいいから態々喧嘩になるようなことは言うなって言うけど侍が馬鹿にされるのは父ちゃんが馬鹿にされてるみたいで悔しくてついいつも言い返してしまうんだよ」
話してる内に感情が溢れだしてしまったのかエイジは涙をその瞳に溜めながら語った。
「そうか…。けどエイジは強いな。普通は周りの言葉に流されて自分の信念なんて簡単に折れて捨ててしまう。けどエイジは自分の信じる物を曲げなかった。それは侍だった親父さんの誇りを受け継いでる証拠だ」
「そうかな…? 」
「ああ、俺はそう思う。処で親父さん以外の侍ってどこに居るのか聞いたことあるか? 」
「ううん。聞いた事ないや。でも母ちゃんに聞いたら何か知ってるかも!今の時間なら家にいる筈だから案内しようか?」
「いいのか?初対面の人間を家に案内なんかして…」
「うんいいよ!俺の話信じてくれた初めての人だもん。それになんかセイ兄ちゃんは父ちゃんと同じ感じがするから悪い人じゃないって思うんだ」
「俺は良いとしてもコイツは? 」
征十郎に指をさされコイツ呼ばわれされたナナイは不服そうにジト目で征十郎を見る。
「セイ兄ちゃんの仲間ならいい人だと思うからいいよ!それともナナイお姉ちゃんは悪い人なの? 」
「まあ物凄くいい奴ではあるな…」
「エイジ君は良い子ね~お姉ちゃんがなでなでしてあげる! 」
「ちょっと擽ったいよぉ」
無邪気にそう言うエイジにナナイは先程までの不機嫌さは何処へやらといった様子で頭を撫でまわした。
エイジは家までの道中ですっかり二人に懐いており家へ着くころには征十郎に肩車されるまでになっていた。
「母ちゃんただいま~」
「おかえりなさい…あら?お客さん? 」
征十郎とナナイが家の中に入るとエイジと同じ黒髪のおっとりとした40代くらいに見える女性が家の奥から姿を見せた。
「うん。こっちがセイ兄ちゃんでこっちがナナイお姉ちゃん。マクギーと喧嘩になりそうになった時に助けてくれたんだ」
「エイジあなたまた侍の事で喧嘩したの?!あれほど外では我慢しなさいって言ったのに!あ、お客様の前で失礼しました私はエイジの母でリツコと言います」
リツコは二人にそう言い頭を下げた後反省の様子がない再びエイジの方を見ると小言を再開した。
「エイジ!貴方は私の話を聞いてるんですか?! 」
「説教なら後で聞くから今は兄ちゃん達の話を聞いてあげてよ。セイ兄ちゃん達は侍の人を探してるらしくて母ちゃんなら何か知ってるかもと思って案内したんだ」
「え…。それは本当ですか? 」
エイジの言葉に驚いたリツコは少し固まり征十郎の顔をまじまじと見つめた後「まさか…」と呟いた。
「どうしたの母ちゃん? 」
「エイジお客様とお話するから部屋に行ってなさい」
「え~俺が居ても別にいいじゃん」
「いいから…」
「…わかったよ」
普段は見せない真剣な表情のリツコから何かを感じ取ったのかレイジは大人しく部屋へ戻った。
レイジが二階の自室に入った事を確認したリツコは二人を椅子に座ってもらうように言うと自分も席に着き口を開いた。
「セイさん貴方は日の国の人間ですね? 」
「顔でわかったんですか? 」
「ええ。私達は騎神界の人達とは少し顔の作りが違いますからわかる人が見れば直ぐに気づいてしまいます」
「まあ同郷なら尚更気づくわよね」
「お二人は侍を探しているとの事ですが理由を窺っても? 」
「勿論。理由は単純です。俺は聖督府から日の国を奪還しようとしている。その為には戦力が必要だ。そしてその戦力に侍の生き残りは必須だと考えているからです」
「それは無茶です!私だって故郷には帰りたいですけど現状では不可能です…」
「どうしてそういいきれるの? 」
ナナイが問う。
「今や侍の生き残りは二桁で数えられる程しか残っていません。それに殆どの侍が正体を隠し他の国へ仕えています。天ヶ原家の人間が生き残っていれば再び彼等を集める事も可能かもしれませんがその可能性も絶望的ですから…」
目を伏せながらリツコはそう言った。
「それでも俺は諦めるつもりは無いですよ。先程の話から察するにリツコさんは他の侍の居場所を知っていますね?お願いですどうか教えて頂けませんか? 」
征十郎の頼みに暫くの沈黙の後リツコが口を開いた。
「分かりました。私も全員把握している訳ではありませんが知っている分はお話しましょう」
「ありがとうございます」
征十郎は頭さげる。
「頭を上げてください。故郷を取り戻す事は私も私の今は亡き夫も望んでいた事ですから。私が知っているのはカーヴィス帝国に三人の侍いると言う情報と三年程前に元天ヶ原十勇士の灰元様がフルアスタ王国に仕えたというこの二つの情報です」
「灰元がフルアスタに居るんですか?! 」
「私が最後にフルアスタに行ったのは四年前だからその間にフルアスタに灰もっさんが来ていたのね」
「二人ともお若いのに灰元さんとお会いになった事があるんですか?特にナナイさんは日の国の出身ではないにもかかわらず…。彼は三年前まで居場所が分からないとされていたのに」
「まあ色々あって…」
三人はその後暫く談笑した後部屋から出てきたエイジの提案でこの家に泊まる事になった。
夕飯まで時間が空いたので征十郎は町を散策に出たのだが何故か気が付けば兵士に囲まれていたのだった。
「…なぜこうなった? 」
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