忘れられし過去の亡霊~20年の時を越えた侍は今を生きる~

アール・ワイ・オー

第0話 目覚め


 最後の記憶は親友と共に巨大な体を持った悪魔の様な姿をした化け物に挑んだ事だった。その闘いの中で親友を失ったが彼が最後に残した力のお陰で自分諸共化け物を滅ぼす事に成功した筈だった。

 しかし、どうやら自分はまだ生きているらしい…その事に征十郎が気づいたのは暖かなベッドの上だった。

 重い体を起こし簡素な木造の部屋を見渡していると扉が開きプラチナブロンドの長い髪を靡かせながら豊満な胸を携えた美女が部屋に入って来た。

 胸の下から腰で上下に分かれ、金の装飾が施されている派手な黒色のローブは胸元が大きく開いており下着が少し見えてしまっているが彼女はそれを気にした様子もなく堂々と征十郎の前へと近づいてくる。

 

 「随分長い昼寝だったけど気分はどう? 」


 「まあ悪くはないな」


 「見た所目顔色も良さそうだし覚めた後の経過も悪くなさそうね。お腹は空いてる? 」


 「それなりには空いているが…それより久々の再会で悪いがナナイ、聞きたい事がある」


 「それもそうよね。じゃあ食べながらにしようよ」


 二人はリビングへ移動し、征十郎を席へ座らせたナナイと呼ばれた美女は食事の支度を済ませると机に料理を並べてから自分も席についた。


 「聞きたい事はたくさんあると思うけど何から聞きたい? 」


 「その前にまずは俺の記憶にある情報のおさらいからしておきたい」

 

 「わかったわ。じゃあまずは征ちゃんの最後の記憶を教えてもらおうかな」


 ナナイは口にスープを掬ったスプーンを運びながらそう言った。


 「俺は魔神界のモンスターが侵攻してきた時、同時に起こったサイフォスの反乱を止める為かいと共に奴を追い倒す事に成功した。だがその後何故かサイフォスの反乱を幇助したとして海や俺まで聖督府に指名手配され、俺達は帝国領にある冥府の谷まで追いつめられた。更にそこで悪神霊ファルザーが谷の底から現れて俺達を追ってきた聖督府の軍は壊滅し俺達はこの悪神霊を野放しにすれば騎神界が滅ぶと思い戦った。その戦いで海は死んだ。だが俺は最後の力で悪神霊ファルザーを自分の身体に封じた後あいつに託された反転術式を使い悪神霊の炎の力を氷の力に性質を変化させ奴の存在そのものを書き換えた。その代償に俺の身体は封じた悪神霊ファルザー諸共滅んだ筈だった…」


 「なるほど。それが征ちゃんの最後の記憶って事は次に気が付いたら死んだ筈なのに生きていてこの家に居たって訳ね。それにしても悪神霊ファルザーを体に封印するなんて無茶するもんだわ…。征ちゃんの身体を調べた時神霊アストラル回路がぐちゃぐちゃになってたからどんな事したらこうなるのかと思ったけどそれを聞いて納得したよ」


 「そういう事だな。ところであれからどのくらい時間が経ったんだ? 」


 「びっくりすると思うから心して聞いてね」


 「お、おう」


 征十郎はゴクリと唾をのむ。


 「約20年よ」


 「…20年。俺はそんな長い間眠ってたって言うのか…」


 「まあ仕方ないわ。状況が状況だったもの」


 「まあ生きてるだけよかったと思うしかないな。まだ少し混乱しているが気にせず話の続きを頼む」


 「じゃあ次は当時の私視点でしっている事を話すわね。まず征ちゃんも知っている事だけど魔神界からモンスターの大群が騎神界に乗り込むために征ちゃんの故郷である日の国を襲ったわ。だけど常日頃から魔神界と騎神界をつなぐ唯一のルートに存在する所為で魔神兵と闘い慣れてるだけあって貴方の国の戦士である侍達は流石と言うべきか危なげなく退けていたわ」


 「だろうな。俺達侍は世界屈指の戦士だ。数が多かろうがそんじょそこらのモンスター風情に遅れはとらないだろう」


 「けど状況が急変したのよ。魔神界から一体でも国一つを滅ぼすとされる魔王級モンスターが5体も同時に現れた事によってね」


 「なんだと…?! 」


 「しかも更に状況は悪くなったわ。騎神界の方面からも何処からともなく悪神霊ファルザーが現れたのよ」


 「まさか…俺は奴を倒し損ねていたのか?! 」


 「いいえ違うわ。貴方が相手にしていた悪神霊ファルザーとは別件よ」


 「何故そう言い切れる? 」


 「それとほぼ時を同じくしてカーヴィス帝国の冥府の谷にて異変が報告されてるのよ」


 「異変? 」


 「突如として巨大な氷塊が冥府の谷の周辺に出現し辺り一面を埋め尽くしたのよ。今じゃ冥府の谷へ続く道は氷結界の森と呼ばれてるわ。この話に心当たりはあるわよね? 」


 「そういう事か…」


 「そう貴方の肉体は滅びず神霊力アストラルフォースで造られた融けない特殊な氷の中に閉じ込められていたの」


 「なぜそうなったのかまでは分からんが俺の置かれていた状況と生きている理由については理解した。次は日の国がどうなったか続きを聞こうか」


 「そうね。まずは結果だけ言うわよ…。日の国は…滅びたわ」


 「…そうか」


 「流石に侍達と言えど魔王級モンスター5体と悪神霊ファルザーを相手ではどうしようもなかったと思うわ。それでも魔王級モンスター5体の内3体は倒されているし残りの2体は傷が深かった為に魔神界に逃げ帰ったみたいだから流石と言わずにはいられないわね。悪神霊も彼方達の君主であった天ヶ原灯あまがはらあかり様が命と引き換えに倒したみたいだしね」


 「灯様は亡くなったのか…。他の生き残りは? 」


 「侍以外の市民達はフルアスタ王国が受け入れたわ。灯様は異変に気が付いた時点で手を打っていたみたいで避難は無事にすんだみたいよ。でも侍や天ヶ原家の人達は安否や行方はそのほとんどが分かっていないわ…」


 「そうか…。俺は国を飛び出して好き勝手やってた身だ、今更故郷を憂う資格なんてないのかもしれないがそれでもクるモノがあるな…。まあ侍はどいつもこいつも殺しても死なねえような奴ばかりだきっとどこかで生きてるさ」


 征十郎は今の心情を紛らわす様にパンを齧る。


 「目覚めたばかりの征ちゃんには悪いんだけど悪い出来事は他にもあるの」


 「今聞いた話以上に悪い事なんてあるのか? 」


 くたびれたように溜め息を吐く征十郎をその金色の猫の様な目を申し訳なさげしながら見つめるナナイは話の続きをしはじめた。


 「まずは日の国の現状よ。聖督府は何故か日の国の事を隠したいらしく元々他国との交流がほとんどなかった為その存在を知る者が少ない事を良い事に歴史を捻じ曲げて情報操作しているわ。魔神界からの侵略について聖督府だけでなく各国は混乱を招かない様に情報統制をしていたけど流石にあの20年前の事件をもみ消す事は出来なかった。そこで聖督府は情報を公開する事にしたんだけどその内容は酷い物だったわ」


 「どうせ自分達があのワールドライン世界の繫ぎ目を魔神界の連中から秘密裏に守っていたとか出鱈目ぬかしたんじゃないのか? 」


 「正にその通りよ。しかも侍達とモンスターの戦いの影響で気流が乱れ今は魔神界と騎神界の行き来は完全に不可能となっているの。安全な事を利用して聖督府は聖法士団を派遣してあたかも昔からあの地を守っているかのように見せかけているわ。観光地にまでなっているところもある始末よ。その所為で復興はおろかフルアスタに避難した人たちは戻れずにいるの」


 「ラウンズの奴らは何も言わないのか? 」


 「法王派以外のメンバーは騎神界本土の外へ遠征として各地に飛ばされてしまっているわ。それにサイフォスの一件でラウンズの発言力は低下してしまっているし今や聖督府は現法王派が支配していると言っても良い状態ね。その所為で真実を知っている日の国の民を匿っているフルアスタ王国は圧力をかけられて国の最高戦力だった人物をラウンズとして差し出す事にもなっているし…」


 「まったく、厄介な状況だな」


 「問題があるのは日の国や聖督府の話だけじゃないわ」


 「ガーデン【蒼空の翼】の事だけど…」


 「何かあったのか? 」


 「貴方がいた頃とは似ても似つかない組織になってしまっているわ。詳細は自分の目で確かめた方が良いと思うから敢えて言わないけどね…」


 「ナナイがそう言うならこれ以上聞けないな。しかし、話を聞いてるだけじゃ20年経った実感が湧かない…。お前も最後出会った時から全く変わってないしな」


 「私が変わらないのは仕方ないじゃない。魔女という種族的に不老なんだしさ」


 「というか今更だがどうして俺はこの家に居たんだ? 」


 「本当に今更ね…。それは勿論氷の中に閉じ込められた貴方を救い出したのが私だからに決まってるじゃん」


 「…え? 」


 「貴方の足取りをたどって氷結界の森まで辿り着くのは直ぐだったけどあの氷溶かすの滅茶苦茶苦労したんだからね。氷結界の森は神霊力アストラルフォースが不安定で普通の人間は近づく事すらできない危険地帯とされてるの。けど氷の解析やそれに対する研究に20年近くかかって住み着く事になったお陰で今代の炎の魔女は変人だって言われる始末よ」


 「それは苦労をかけたな。だがそうまでして何故助けてくれたんだ? 」


 「そりゃ昔一緒に旅した仲だしそれに征ちゃんには借りもあったし助けるのは当たり前じゃないかな? 」


 「ナナイは良い奴だな…。それに比べて他の奴らはどうしたんだ…」


 「ほとんどが騎神界の本土を離れていて連絡がとれないわ。唯一連絡が取れた仙鯉シャンリーは『この件に関しては儂が協力出来る事はなさそうだ。よってナナイに全て任せる』とか言って山に籠ったし」


 「全くあいつ等らしいと言えば聞こえは良いが相変わらず自由な奴らだな」


 「それでこれからの事なんだけどどうするか考えはあるの? 」


 「取りあえずの目標は日の国の奪還だな。いつまでも他国に厄介になりっぱなしって訳にもいかないし、いつまた世界の繫ぎ目ワールドラインの気流が元に戻り魔神界からの侵略が始まるか分からない以上聖督府の奴らに任せて等おけないからな」


 「とは言ってもどうするつもり?今の貴方は表面上は健康体だけど悪神霊ファルザーを封印した影響で神霊アストラル回路がほとんど機能してないのよ?頑張っても元の力の10%程しか実力は発揮できないと思わなきゃダメだわ。そんな状態で聖督府から日の国を取り戻すのは現実的ではないわね」


 「そうだな…。取りあえずフルアスタ王国へ向かおうと思ってる。受け入れてもらってる市民達の事もあるし同じく聖督府に苦汁をなめさせられた立場にある訳だし協力関係を結べるかもしれないしな」


 「私もそれが良いと思ってたわ。フルアスタ王国には知人が何人かいるし親友もいるからそれなりに顔も利くしね」


 「もしかしてフルアスタまで付いて来てくれるのか?ナナイも魔女の役目があるだろうに大丈夫なのか?唯でさえ20年も手間をとらせたのに…」


 「何水臭い事言ってんのさ。魔女の役目ならしっかりやってるし問題は無いわ。それに昔みたいに旅ができると思うと私もワクワクしてるからそんなに気にしなくてもいいんだよ。なんならフルアスタまでじゃなくてその先も協力するつもりだし。昔征ちゃんが自分で言ってたんじゃない…。『仲間を助けるのは当たり前だ』って。自分で言った事も忘れたの? 」


 真っすぐ目を見つめながらそんな事を言ってくるナナイに若干照れながら征十郎は「ありがとう」と返した。

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