走馬灯
私は、暗い道のまん中に一人立っていた。
夜というわけではない。空に黒い絵の具で塗りつぶしたかのようなものに近い。そもそも光という概念がないのか、影も光もなかった。
目の前に広がる世界は、夢。
なんとなく、そう思った。
私は空を眺めてから、前に歩みだした。この光景に何の違和感を覚えることもなく。夢なんて、そんなものだ。
自分が歩いて行く姿を、私は第三者の目線で見ていた。その夢の中における神というより、ただの傍観者で、私が意図してその夢を変えることはできないようだ。
物音は、何も聞こえなかった。足音も、風の音も何も聞こえない。とても静かな世界だった。
学校指定のセーラー服。それが私の服装だった。
夢とは、自分達の記憶が断片的に現れる。その一つが、このセーラー服なのだろうか。
買ったばかりの新品のように、この服には汚れやしわ一つなかった。
しばらく歩いて行くと、だんだん周りに色々なものが見えてきた。
遠く遠い果てに、山のようにそびえ立つ摩天楼の影。すぐ横に、樹高の高い木々。その隣に、観覧車。
また、たびたび現実では見られないような形の建物やおどろおどろしい植物がそばにはえていたりする。
それをまるで雑草を見るかのごとく、何事もないように私は過ぎていくのだ。
私としてはその植物をじっくりと観察してみたいのだが、あいにく、私の体は止まってはくれないようだ。
だんだん私は歩き疲れたようで、座れる場所を探した。先ほどまで何もなかった小路の横に、ポッとベンチが現れた。夢らしい、ご都合主義的な展開だった。
私はそこに腰掛け、つかの間の休憩をとった。
その時、耳の奥で小さくピー、ピーと鳴っていることに気づいた。
変な声をあげながら耳をふさいだりいじったりしていると、やがてその変な耳鳴りはおさまった。
背もたれに重心をかけ、空を見上げると、何かが飛んでいた。
目をこらしてみても、何が飛んでいるのかわからない。目をこらそうとするから、ピントがぼやけて見えづらくなるのかもしれない。
……辛うじてわかるのは、それが四本の足を持っていることだ。それは、背中の小さな翼のようなもので羽ばたき空を飛んでいた。鳥ではないことは定かだ。
暗い空を飛んでいく何匹もの黒い飛行物体が、遠くの摩天楼へ向かって飛んでいった。
私はそれを静かに眺めているだけだった。
それに対して、気味が悪いとかの感情はなかった。
休憩をやめ、私は再び歩き出した。
黙々と。別に誰かと一緒に歩いているわけでもないし、独り言をぶつぶつ言うのも何となく気恥ずかしいから、私は黙って道を進んでいく。
すると、道の脇に池があるのを見つけた。私はそこに吸い込まれるように駆け寄った。
別に池自体が大きいわけでもない、何か生き物がいるわけでもない静かな池だが、水は澄み切って綺麗だった。手を池の中につけてみると、冷たく気持ちが良い。
私は水遊びをしていると、視界に何かが入ってくる。瓶だった。ガラスでできた瓶の中に丸められた紙が入っていて、コルクの栓をしたいわゆるボトルメールが池に浮かんでいた。
普通は、海に流すものなのに、なぜこんな小さな池の中にボトルメールが?
池の中を悠々と漂うだけなら、地面に置いておくのとそう変わらない。そのボトルメールが、遠いどこかに向かって、誰かに届くわけでもないのだから。
私はその瓶を拾い上げ、栓を抜いた。中の紙を取り出して、ひもといてみる。折角だから、どんなものか見てやろうと思って開いてみると、その紙には__
何も書かれていなかったのだ。
つまり、白紙。
白紙が瓶の中に入っていて、池を漂っていた。
この瓶を流した人物はいったい何がしたかったのだろう。こんな、無意味なことを。
少しわくわくしていたのに、残念だ。
私はしばし考えた。
何か、書くものをと、ポケットを漁ってみると、やっぱりこれも都合良く、胸ポケットからボールペンが出てきた。
私はそのボールペンで、白紙だった紙に書くことにしたのだ。
誰かに伝えるわけではないが、独白というか、自己満足で書いているだけの駄文を。
書き終えて、私は先ほどのように紙を丸めてひもでとめ、瓶に入れて栓をした。そして、池に流した。瓶は池をプカプカ浮かんで漂っていた。
それを見ると、なんだか心地の良い気分になった。
水遊びもいい加減にやめて、私は再び歩くことにした。使命にかられるように、何かに引っ張られるように……無意識に。
私の見える世界は、とても暗くて何もない。
空にはおかしな生き物もいるし、耳鳴りが最近止まないのだ。
きっと疲れている。毎日が、いつも忙しなくて。
だから、私は休憩地点を探して彷徨っている。
こんな手紙を書くのも疲れてきた。私はもう休みたい。
歩いていくと、まるで高層ビルが建ち並ぶように高く茎を伸ばした花がたくさん咲いているのが見えた。
近くまでいくと、それらは樹木の幹のように太い茎で、花は樹冠のように大きい。
花は何枚もの花びらを集めたダリアのような形をしており、色は地上から見えるだけでも、赤やオレンジ、白が見える。
そこで、はじめて私は人に出会った。
三〇、四〇ほどの婦人で、余所行き用のドレスを着た美しい人だった。
その婦人は、花の茎の近くで地面を掘っていた。ドレスが土で汚れても、綺麗な爪の中に土が入ろうともお構いなしに、せっせと土を手でかいていた。
そこに、片方の手に握っていたものを入れて、丁寧にそれを土で埋めた。
私はそれを傍観していた。私の視界に移る『私』が、婦人に声をかけた。
「何をしているのですか」
「希望の種を埋めています」
「希望の種ですか」
全く意味が分からない。
何を持ってして希望なんて言えるのか。
遠くから見ていたため、その種がどのようなものなのか分からないが、おそらくは普通の植物の種。
「これを埋めれば、きっと綺麗な花が咲きます。それを、色々な者が見に来ます。そうすれば、私は救われますし、この花も希望を見いだします」
「どんな花なのか知っているのですか?」
「それは私にも分かりません。でも、きっと美しい花でしょう。この、周りに咲く花達みたいに」
「そうなんですか」
婦人は様々な感情を込めたような表情で、種を埋めた地面を見つめた。
「貴方も埋めてはいかがでしょうか?」
「……お誘いはありがたいのですが、私はあいにく、種を持っておりませんので」
「まあ」
婦人は何か言いかけて、それを胃の中に押し戻したようだった。
私は軽くお辞儀をして、先に進むことにした。
花を出ると、そこは最初にいたような、何にもない世界だった。
空は相変わらず真っ暗で、とても静か。これから進む世界に、生き物がいないような気さえした。
少し歩いてから、私は花の方へ振り返る。
また、新しい色が見えた。
そこに集まるように、空を飛ぶ何かがきらきら輝きながら花を包み込んでいった。
ああ、見に来るって、そういうこと。
私は今更、戻るという選択肢はなかった。
これが夢であるとするなら、この不思議な世界を探検したいものだし、そうじゃなかったとしても別に、戻らなくたっていいと私は考えている。
さあ、ここがきっと終着点だろう。
寂れた駅だった。もう使われなくなって、廃墟になった駅のような建物があった。
やっぱりこれも所々おかしくて、斬新というか、おもちゃのようだった。関連性のないものをごちゃごちゃと無造作に置いたこの様は骨董品店を彷彿とさせる。
「や、お客さんですか?」
「えっ」
声をかけられて振り向くと、駅員さん……の格好をした十代にも満たないような小さな子供が立っていた。
「次の便が、しゅうでん、です」
「……駅員さん?」
「はい、この駅の駅長です!」
子供は敬礼をしてみせた。
ごっこ遊びでやるものならとても可愛らしいのだが、どうやら真面目に駅長の役目を背負っているらしい。
「列車、乗りますか?」
「そう、だね。いくらかかりますか?」
「さー、人によって変わりますので?」
「?」
私がいまいちその言葉を理解せずにいると、その子供は駅のホームにまで案内してくれた。
……一応、無料?
「この列車はー、終着までとまりませんのでご了承くださいませー」
子供が、事前に用意されたマニュアルを読み上げるようにぎこちないアナウンスをした。
「■■行き、発車いたしまーす」
どこへ向かうのか、聞き取ることができなかった。
やがて、窓の外の景色が動き出した。いいや、動き出したのは私の乗った列車の方か。
列車は一両だけで、私以外に乗客はいなかった。
いったいどこへ向かうのか、私は知る由もなかったが、それに不安はなかった。
むしろ、そこへ行くことが今の私にとって一番良いのだと思う。
駅のホームを過ぎて、遠くにあの花達が見えるようになった。
……また、増えてる。
そう思っていると、だんだん、景色が高くなっていくように感じた。
列車が、空を飛んでいる。
しかし、飛行機のように重力を感じてふわっとする感覚はなかった。空を飛ぶ……というよりも、空にまで、線路がひかれていて、それに沿って走っているような。
銀河鉄道のように、空を駆ける列車。
窓から見える景色はもう、花の高さを超え、やがてそれらがすべて点になってしまうほどの高さまで上ったところで、あれだけ何も見えなかった空にてんてんと、光が見えてきた。
星空が。
地上から見えた空は、真っ黒でまるで何かで空を覆っているようで、私は今それを超えて星空を目の当たりにしている……そんな印象だ。
その時、私の視点は一人称……自分自身の視点に戻ったのだ。
突然、列車内の電気が消えた。
驚いたが、瞬時にどうでもよくなった。暗くなったところで困ることはないし、暗い方が、外に広がる美しい世界を堪能できるから。
『えーっと……ご迷惑おかけします、今、電気の調子をみてますので、もう少し、待って……お待ちください』
車内アナウンスで、子供が精一杯の敬語を使ってしゃべっていた。
「別に気にしなくていいですよ。このまま、終着まで連れて行ってください」
聞こえるかは分からないが、一応言っておいた。
耳の奥で、ピー、とまた耳鳴りが聞こえたが、ずっと流れ続けるピーという音はしばらくすると勝手にフェードアウトして消えていった。
なるほど。
私はもう夢から醒めていたのだ。
大量の星空を見納めて、私は眠ることにした。
終着は、あとどれぐらいだろう。
「__終着です、お疲れ様でした」
それは、一瞬だった。
私が思うよりも、ずっと。眠っていたからだろうか、そう感じるのは。
でも、そうか、早く着いてくれたのなら、何より。
「ありがとう」
「お代は、■■でー」
またも、私の脳では理解しがたい言葉だった。そんなに、耳は遠くなかったはずなのに。
まあでも、この様子を見れば、子供にはちゃんとお代を渡しているのだろうし、問題はないだろう。
列車の扉が開いた。
私はようやく休める場所についたのだ。
角砂糖をひとつ。(SS集) Losno @Losnow0128
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