婚約破棄された貴族令嬢は何でも願いを叶えてくれる神様に会うため、山を登る事にした

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 神様はいつも、山のてっぺんから人々を見守っています。

 非力な人々が、どう知恵をつくして困難を乗り越えていくのか、どうやって助け合って生きていくのかを。


 けれど、どうしても人の手に負えない出来事がある場合は、手助けしてくれます。

 その時がきたら、山のてっぺんに向かってお願いしてみると良いでしょう。


 もしかしたら、神様がその願いを叶えてくれるかもしれませんよ。






 貴族令嬢である私には婚約者がいた。

 何年も会って、何度もやり取りをしていたような、とても親しい仲だった。


 私と彼の相性はよくて、趣味や好きな事が似ていた。だからこれからの人生も一緒にやっていけると思ったのに。


 唐突に私は、愛していた人に切り捨てられた。


「君をこの家に迎え入れるわけにはいかないんだ。分かってくれ」


 婚約を解消されて、私はとまどった。


 彼はそれに至るまで、一言も私に相談しなかった。


 全て自分で決めたようだった。


 だから私には意味が分からなかったのだ。


 今までとても良好な関係だったのに。


 けれど、私はその意味を数日後に知る事になる。


 彼は何者かに殺害された。


 恨みを持っていた人間による犯行らしい。


 彼は、私に迷惑をかけないようにしたのだろう。


「君の幸せが僕の幸せだからね」


 思い返せば、彼はいつだって私の事を考えてくれていた。


 病気になって寝込んだ時は、こちらまでお見舞いに来てくれたし、誕生日の贈り物にはわざわざ遠方に足を運んで入手が難しい品物を手に入れてくれた。


 私の両親が詐欺師に騙されて、お金が無くなってしまった時も、助けてくれた。

 彼は詐欺師を見つけ出してお金を取り戻してくれたのだ。(戻って来たお金は全てじゃなくて、家は貧乏になってしまったけれど、それでも婚約関係を続けてくれた彼の気持ちが嬉しかった)


 そう、とても優しい彼だった。

 そんな彼をとりまく事情に、気が付けなかった事が悔しい。


「彼を助けたい。どうにかして、もう一度彼と話がしたい」


 だから私は、藁にもすがる思いで、神様がいると言われている噂の山へ向かったのだ。


 その山には言い伝えがあった。


 山のてっぺんには、何でも願いを叶えてくれる神様がいるのだとか。


 実際に願いを叶えてもらった人など知らない。

 だから、きっとただの、子供だましの話なのだろう。


 それでも、すがらずにはいられなかった。


 





 私は必要な装備と知識を身に着けて、山へと向かった。


 昔から言われている事だが、山へ挑む者達は命がけだ。


 過酷な環境で命を落とすものが多いため、遺書を書いていく人もいた。


 そんな理由があるから、死に行くために登る者もいる。


「お嬢さんはまだ若い。人生を諦めるには早いだろう。考えなおしてはどうかね」


 私もそんな人間の一人だと思われたのだろう。


 山に登ろうとしたところで、近くにいた老人に引き留められてしまった。


「ご親切にありがとうございます。でも私にはやらなければならない事があるので」


 しかし私の決意が固い事を見て、引き下がったようだ。


「そうかい。獣が出る事もあるから気を付けるんだよ」


 老人はそう言って、悲しそうな顔で見送ってくれた。


 もしかしたらその人は、自ら死にに行く人に思いとどまってほしくて、あの場所でずっと立っているのかもしれない。


 少し申し訳なく思った。


 山を登ってみると、かなりきつかった。


 今まで体力を使うような事はしてこなかったので、想像以上だった。


 けれど、それでも私は歩く事をやめなかった。


 足が棒のようになっても、前を向いて歩き続けた。


 しかしやがて、周囲を白い霧が満ちてきた。

 気温が下がってきて、肌寒くなる。


 標高が上がってきたためだろう。


 霧が濃い中歩き回ると、方向を見失ってしまう可能性がある。

 私はやむなく、大きな岩の近くに座って休憩することにした。


 岩にもたれかかるようにして体を休めていると、どこからかヤギがよってきた。

 雄か雌か分からないが、そのヤギも疲れていたのだろう。

 近くでじっとしたまま動かなくなった。


 私は、婚約者の家で飼っていたペットの事を思い出した。

 そのペットは、このヤギのように警戒心が強くて、なかなか人に慣れなかったが、彼にだけはよくなついていた。

 怪我をしていたところを彼が見つけて、助けてあげたのが出会いのきっかけだったからだろう。


「そういえばあの子は今どうしているかしら」


 彼がなくなった今、あのペットの行方が心配だった。


 あの家は、彼以外の子供がいなかったから、この先どうなるか分からない。


 もし、手放す事になるのだったら、こちらで引き取る事を考えた方がいいかもしれない。


「そうよね。辛いのは私だけじゃないわよね。彼のご両親やあの子だって、きっと」


 そんな中、婚約関係にあった私までいなくなってしまったら、彼等はどう思うだろうか。


 そこで私は、初めて自分の事に手いっぱいだったことに気が付いた。


「帰ったら、心配をかけてしまってごめんなさいと謝らないと」


 そんな事を考えていたら、霧がリがはれてきたため、私は再び歩き出した。


 しばらくすると、傾斜がきつくなってきた。


 崖にしがみつくような体勢でないと進めない所が多くなってくる。


 霧が晴れた代わりに日差しがでてきて、目もくらむようなまぶしさがこちらの気を散らした。


 何度も目がくらんで、落ちそうになった。


 しかし、気にするべきは自分の事ばかりだけではすまない。


 何かの拍子に上から石が落ちてきたり、動物に襲われたりすることもあるため、周囲にも注意を向けなければならないのが大変だった。


 なのに、初めての事ばかりだから、失敗する事は多かった。


「きゃっ!」


 捕まっていた石から手が離れて、転がり落ちそうになったりしたし、近くに巣があったのか大きな鳥に襲われた事もあった。


 思えば私は、初めての事はよく失敗していた。


 山での出来事は、婚約者への刺繍のプレゼントを作っていた昔の出来事を思い起こさせた。


 一生懸命作ったのに、失敗しておかしな柄になってしまったのだ。


 それではとても贈り物にはできない。


 だから代わりの物を彼に贈ろうと考えたのだ。


 けれど、「君が頑張って作ってくれた贈り物の方が嬉しいよ」彼には見抜かれていたのだ。


 懐かしい出来事だ。


 悲しみに暮れていた心が、少しだけ温かくなった。


 彼がいなくなっても、彼と過ごした思い出はこの胸に残っている。


 その事を忘れていたのかもしれない。







 それからも様々な問題に見舞われた。


 けれど、何とか私は頂上近くまでたどり着くことができた。


 たどりついた場所は神秘的で、神様がいるなどという話ができあがるのも頷ける場所だった。


 そこから見回すと、遠くに私や彼が住んでいた町が見えた。


 とても小さかったけれど、多くの木に囲まれる豊かな場所だ。


 彼と共にあちこちに行った記憶が蘇った。


 町の西には、綺麗な泉があるし、東には大きな時計塔がある。


 北と南には同じ時期に作られた橋があって、特殊な材質で作られているため夜になると光るのだ。


 思い出を振り返ると、自然と涙が出てきた。


 彼と一緒にでかけた時、たくさんの人と知り合った。


 事故で夫を亡くした婦人、子供を亡くした両親。


 大切な人と死別してしまった人達の事を思い出す。


「僕達は、お金持ちで富める者だから、普通の人達の様に危険にさらされる可能性は少ない。けれど、それは絶体に死なないという事ではないんだ。もしも僕が死んだら、君は僕の事なんて気にせず強く生きてほしい」


 別れは特別な事などではないのだという事も、思い出した。


 普段は護衛に守られて、大きな屋敷で不自由な暮らしている私達も、しょせんはただの人間なのだ。


 誰かと死に別れる不幸は、特別な事ではない。


 そう思った私は、神様に会うのをやめることにした。


 彼を心配させないために、私は強く生きていかねばならないと気が付いたからだ。








 山を下りていくと、行きで出会ったヤギがいた。

 ヤギはどうしてか、大きな岩に体を挟まれて動けなくなっていたらしい。


 私は苦労して、その岩をどかしてやった。

 するとヤギは礼を言うように「メェェ」とひと鳴き。


「私が気が付かなかったら、あなた死んでたかもしれないわよ。これからは気を付けてね」


 走り去るヤギ。

 すると、ヤギが元いた場所にきらりと光る物を見つけた。


 それは、珍しい鉱石だった。


 コレクターに売れば、高値が付くようなものだ。


 少し前にあった詐欺師の事件で、家は相駆らわず貧乏だ。

 だから、持ち帰れば足しになるかもしれない。


 もしかしたら、掘り返せば他にも見つかるかもしれないが、それはやめておくことにした。

 この山は私に大切な事をきづかせてくれた恩のある場所だから。


 山の入り口では老人が立っていた。


 同じ老人だ。

 老人は「よく帰って来たね」と喜んでくれた。


 死にに行ったわけではないので誤解なのだか、何はともあれ心配してくれた人達の一人に無事な顔を見せる事が出来て良かったと思った。







 家に帰った私は、両親に大いに心配された。

 一日中説教されることになったが、それだけ心配されていたのだろう。


 婚約者の両親も心配していたらしい。

 義理の母や父になる人達だったのだ。

 彼等には何度も世話になったのに。


 彼等に心配をかけてしまったのも、申し訳なく思った。


 数日後、私は山で見つけた鉱石を鑑定する事にした。


 すると、するとその鉱石は想像していたよりもかなり希少な物だったらしい。


 被害を受けた家の足しになるどころか、昔以上に裕福になった。


 けれど、そのお金は近くの町の発展に使う事にした。


 彼と過ごした思い出の町を少しでも良くしたかったからだ。


 日々は忙しかったけれど、もう以前の様に悲しみに暮れる事はなくなった。



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