嫁の故郷への挨拶と贈り物

(…………最悪)




目を覚ましたマコトは目の前の少女達を見てそう思った。


拘束された身柄と巫女服を着た少女達が武装して囲んでいる──ベムガの力を見たのならば当然の処置だろうと理解はしているが、あまり気持ちがいいとは言い難いのだ。


拘束は当然、しかし左腕だけは別で台の上に手を固定され、いかにもと言わんばかりの刃物が薬指にセットされている。


これから行われる惨い光景の執行人と見物人であろう者達はヨモからマコトの年齢ぐらいの少女ばかりでとてもじゃないが荒事には向いていないであろうに、とマコトは巫女達に同情しながら様子を伺った。




「目が覚めたか」


「おかげさまで」



若い、とマコトはリーダー格の女を見る。




(俺と同年代だろうけど気迫と目を見るにそれなりに修羅場を潜った人物だな)




「お前があの巨大な魔物を使役していたと里の者から聞いた」


「事実だ。咄嗟の事だったからどうやったかまでは思い出せないけど、アレは間違いなく俺の生み出した怪獣だ」


「──カイジュウ、それがあの名前の魔物か」



魔物じゃなくて怪獣なんだけど、と思いながらもこの指摘は面倒くさいオタクだなと思いとどまった。




「そっちの質問に答えたんだからこっちの質問にも答えてくれないかな」


「……なんだ」


「ヨモさんは無事かい」



マコトの問いに巫女達はポカンとした。



「…………何故そんなことを聞く」


「俺の左手を見ただろう? 」


「……そうだな、よしこの男を牢屋にいれておけ、引き続き尋問は私が行う」


「何でだよ! おい! 離せコラ!! 痛い痛い痛い! 笑ってんじゃない!! コラ!!!」








異世界怪獣ベムガによる被害を調べる為に巫女の里から数人の巫女が調査に山に入った。




「うー、あの三人を保護したのは私達だから調査に向かわされるの嫌だなぁ」


「あの男の人は優しそうだったけど」


「カイジュウ、って魔物がねぇ」



ミゾ、マイラ、カンラの三人はヨモが銀猿と戦っていると知り、助けに向かおうとした瞬間に現れたベムガを思い出して身震いをした。


まず出現した時の衝撃波で吹っ飛び、鳴き声と思わしき爆音を聞き、熱線の爆発の衝撃で意識を失い、意識が戻った時には討伐には超一流の戦士が最低十人以上が必要である危険種の邪竜が一方的に虐殺された姿は悪夢でしか無い



「あのカイジュウが里襲ったらどうなると思う?」


「そりゃあ全滅じゃない?」


「あれは次元が違うよ、災厄種だと思う」


「ぴゃー」



どんどん山道を歩いて行き、違和感に気づいたマイラはピタリと止まり二人は不思議そうな顔でマイラを見た。



「どうした?」


「いやさぁ、私たち、ヨモ達を保護した時こんなに歩いたかなーって」


「へ? 」


「って言うかさ、カイジュウの余波全然なくない? 私たちが駆けつけた時って木がへし折れたり、地面が抉れたりしてたけどそんな跡がないんだよ」



ミゾはあっ、と大きな声を出して一本の木に近づいた。



「どうした? 」


「これ! 」


「草……ってこれはシアラ草かい!? 」


「そう! 数百年前の戦争で回復魔法の代わりとして使われた高純度なマナがたっぷりの薬草! 魔法が使えない人も使える最高度の治癒手段として狩り尽くされてほとんど絶滅したと言われたシアラ草だよ!! 」


「そんな物里の近くにあったのかよ」


「無い!! 」


「へ? 」


「シアラ草は高純度のマナで満たされた場所でのみ植物が突然変異するんだ。魔法文化が発達し、大気中にマナと魔力が混じり合うようになってから自然発生する事はないと言われている」


「あの賢人様でも文献を元に再現を試みても不可能だったんだ……教会がいくつか厳重に保管している物があるけど、それ以外のシアラ草は本来ないの……」


「おいおいおい、かなりやべー代物じゃねーかよ」


「先にアルマ姉さんに声をかけた方がいいね、ミゾ、結界頼める?」


「ほいほい」



杖を一振り、すると淡く輝いていたシアラ草が見えなくなった。





「……いつまで縛られるの」


「さぁな」


「尋問するならせめて何か聞いてくれよ、何で縛られたまま牢屋に入れられて睨まれなきゃならないんだ」


「大人しくしていろ」


「…………」


「む、騒がしいな」




リーダー格の女、アルマは椅子から立ち上がり外に出て行こうとすると全身包帯を巻いたヨモが転がり込んできた。



「よ、ヨモさん!? 」


「いてて……うぅ、動きづらいです」


「安静にしていろとあれほど言ったのに……」


「マコトが拘束されたと聞いて慌てて来たのです! 」




マコトはヨモから目を逸らし、アルマは手で額を抑えながら呆れた表情を浮かべた。




「服を直せ、前が殆ど見えてるぞ」


「……」


「はわっ!! あわわっ!! 」




ドターンと転ぶヨモを見て、アルマはため息を吐いた。




「少し時間をもらうぞ」


「どうぞ」



アルマは手慣れた様子でヨモの巫女服を直した。




「……姉妹みたいだな」


「姉妹……か、私にはそんな資格」


「? 」


「あ、あのですねマコト、私は──」



「たたたたた大変ですアルマ姉さん!! 」



「……今度は何だ」



「や、山にシアラ草が! それにカイジュウによる被害が見当たりませんでした!! 」


「何? 」


(これいつになったら解放されるんだろ)


「シアラ草が!? 」


「うん! あれは間違いない、あれだけの高純度なマナの塊はシアラ草に間違いないよ!! 」



何がなんやらわかりませんわと、鎖でぐるぐる巻きにされたマコトは退屈そうに欠伸をしたその時、冷たい気配を感じ取り牢屋の外を睨んだ。



「面白い話をしてるじゃないか、儂も混ぜてもらおくれ」



物音立てずに現れた一人の老婆を見て、アルマは睨み、ミゾ達はしまったと顔をしかめ、ヨモは怯えた。




◇◇




「おぉ、これはたしかにシアラ草じゃ、長生きしてみるもんじゃな」




老婆、長老が部下を連れてシアラ草が生えているのを見て満足気にうなづいた。




「ミゾよ、何故儂に伝えずアルマに伝えようとした? 」


「────ッッ!!」


(おっかねぇ婆さんだこと)




妖怪かよ、と心の中で悪態をつくほどマコトは目の前の老婆に対して警戒心を抱いていた。


底知れぬ闇、これが長の地位にいるならヨモの強引すぎるほどの行為や、アルマが年齢以上の覇気をもつのも納得できた。


しかし、程度の低い奴であるとマコトは見極めた。




「ミゾに限らず不確定要素を長老に伝えて余計な混乱を防ぐ為に私に伝えてもらい、私が確認をとって長老に伝えるようにしているのです」


「はん、小娘風情が一人前みたいな事を言うじゃないか」





「………………あほくさ」




ヨモに口を塞がれるが既に遅く、長老はマコトを睨んでいた。




「言ってくれるじゃないか小僧」


「これは我々の問題で余所者のお前が口を出すな! 」




マコトは長老の部下達に槍を向けられて覚悟を決める。




「これが最後になる可能性もあるんで聞いときたいんですけど、なんでヨモさんがあんな強引に婚約の儀をしたのか知りたいんですよね、なんか変わった風習でもあります? 」


「お前、黙って──」


「俺はそこの婆さんに聞いてんの」




「あぁそうかい、小僧が儂らの予定を狂わせたあの女狐が呼んだ外の男かい」


「左手の指輪を見ていただけたらわかるんですけど一応ヨモの旦那です」


「はっ、馬鹿馬鹿しい、小僧、お前を殺して婚約破棄させて儂らが用意した男と婚約させるだけじゃ」


「────あぁ成る程、では旦那として優れているところを少しは売り込むとしましょう」


「何? 」



地面が激しく揺れると亀裂が走り、大地が盛り上がる。




「円華の男は代々無茶をします。愚弟はこんな風に拘束されたまま不良を百人病院送りにして、兄は燃える建物の中で親友とボクシング、父はまぁ医者のクセにべらぼうに代わりモンでしてね、ハイジャックを一人で制圧したり、ここのネジが足りないんです」


「ままままマコト!? 」


「神サマ悪いね、力悪用させてもらうわ」




『─────────────────!!!!!! 』


「紹介しましょう、我が偉大なる王、異世界怪獣ベムガ、力の八割を抑えた状態で降臨していただいている」




青い光が眩く輝くとベムガは姿を現し、その衝撃で長老の部下達は吹っ飛び木に激突して意識を失う



「さぁベムガ、力を解放せよ」


『!? 』



ベムガの身体から放たれた水色の光に触れた植物が次々とソアラ草と変化する。その光景に長老は慌てふためき、マコトに掴みかかった。




「やめろ小僧!! 里を、里を滅ぼす気か!? 」


「何を仰るのですかもっとお喜びください! 貴重なシアラ草がこれだけあれば里が潤う事でしょう! これは嫁の故郷へ婿からのささやかな贈り物でございます!! 」




(これほどまでなのか……カイジュウと言うのは……!!)


(あたたかくて、凄く冷たい……)




全身から放出された光が収まると今度は口から光線を吐くと先程の光とは比較にならないスピードで山の植物がシアラ草と化して侵食されていく、たった一枚のシアラ草でかなりの金が動き、保管しているシアラ草を巡って数十年にわたる小競り合いもあった。


癒す薬草とは裏腹に流れた血の量は数知れず。そんな物が巫女の里の周りにのみ異常な数発生し、その原因が巫女の夫となれば様々な国から介入される恐れが、これをきっかけに攻め込まれるかも知れない、これまで築き上げてきた地位と立場が一気に崩れてしまう




「ははははははははははは!!!!!!! 」




目の前にいる男は悪魔か、長老は歯軋りをする。


今回のシアラ草の一件、報告に受けた巨大な魔物だろうと長老は考え、ヨモをチラつかせて協力させてやろうと考えていた。そんな考えはマコトは読んでいたのだ。


人生経験はまだまだ未熟、しかし腹の黒い大人達とは幼少期からの付き合いがあり、弟と妹をそれらから守ってきたマコトは悪意に敏感だった。




──身の程知らずが、怪獣を利用できると思うな──


──まぁそれはそれとして、夫として嫁の故郷に何か物を贈るのも礼儀というものだろう──




長老は悔しそうに膝をついて、マコトは笑みを浮かべてそれを見ていた。




◇◇◇



「あれがヨモの旦那さん……」


「長老を脅したとかいう」


「しかもあの巨大な魔物を召喚した人……」





ソアラ草の一件から数日、マコトの噂は巫女の里に広まった。


──ヨモの旦那は危険人物──


ヨモの旦那は恐ろしい人物ではあるが、ヨモに対しての待遇が変わった事により周りの巫女達は心の底から喜んだ。




「いやぁ、ありがとうございます」


「……小僧め」




マコトはヨモに教えてもらいながら書類にサインした。


これにより巫女の里だけでな無くこの世界においてマコトとヨモは正式な夫婦となり、ヨモの身柄を利用される事が無くなったとアルマから聞いていたマコトは一安心した。




「なぜヨモの為にそこまでする」


「そうですね……俺の世界の婚約に比べたら随分無茶苦茶だとは思いますし、はたしてこれでいいのかと言われれば微妙なところですが、こんなに可愛い子が初対面の俺相手に身体を張ったんだからそれに応えたいと思っただけですよ」


「……ふん、小僧、お前の力はまだ制御しきれていない、お前の力を少々利用させてもらう代わりにこの地で過ごす事を認めよう、そして他の巫女達同様修行の地で修行をさせてやろう」


「感謝します」



長老がヨモの家を出ていくと、ヨモは息を吐きながら机に突っ伏した。



「生きた心地がしませんでした……」


「まぁよかったじゃん、とりあえず当分は酷い目にはあわねぇだろ」


「ま、マコトは無茶苦茶です! 」


「はははは、無茶苦茶にでもやらなきゃあの婆さんには勝てないと思ったからな、これでも自分の主義を曲げた甲斐があった」


「ははははじゃないです! 」


「まぁでもこれで堂々と友達と仲良くできるでしょ? 酷い話だよ、里の外で産まれた子だからって半分村八分を他のみんなに強いてるなんて、俺だから良かったけど俺意外の円華の男だったらあの婆さん一派皆殺しにされてたぞ」


「マコトの家族危険すぎますよ!? 」


「あぁほら、お金あげるから他の子達とお茶飲んできな」


「それ長老脅して得たお金ですよね!? 」


「いいからほら」


「や、ちょっ! 押さないでください!! 」


「疲れたから寝るから俺の事は気にしないで今までの分遊んできな」


「わ、わかりましたから! 押さないで……後私の部屋入っちゃダメですからね!! 」


「はいはい」



強引にヨモを家の外に出したマコトは胸を押さえて苦しみ出した。




「がはっ……!! 」




血を噴き出し床に倒れる。




「はは……さすが怪獣っ!! やっぱ人間の手には負えないわな……」




ゲラゲラと笑うマコトの顔色が悪くなり、脂汗を浮かべ、身体中が震え出した。


身体の中が燃えるように熱くなり、凍りつくように冷たくなり、人が発する声とは思えない奇声を上げ、苦しみながらのたうち回る。




──これは罰なのだ──



人間が怪獣を操るなんて、ましてや脅迫のために自然の摂理を狂わせる力の使い方をした以上この身に罰が下るであろうとマコトは確信していた。





「─────────アハッ!! イヒッ! アハハハハハハハハハハ!!!!! 怪獣、さいこうだなァ!!!」




マコトは狂気が孕んだ瞳で虚を見て高笑いを続けた。

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怪獣使いの異世界転移 小砂糖たこさぶろう @n_003

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