夏の合宿の後・番外編「夏の終わりの依頼人」

「なー三島~ちょっと、ちょっとだけ休まねえ? 流石に疲れちゃったよ」


夏休みも終わりに差し迫ったとある日の午後。

荷物運びの途中で清司が弱音を吐いた。

「はいはい、これ片付けたら終わりだから頑張れー。夏休み中の部活も今日で終わりだし、あとは遊ぶだけだぞー」

「ああ…合宿終わって落ち着くかなーと思ったら依頼が溜まってるってヒーロー部人気すぎんだろ!」

「…まあ、雑用を押し付けられてるとも言えるけどねー」

「だよなぁああ!!!」


僕の名前は三島健。ここ、桜ヶ丘高校の一年生である。隣でさっきから文句を言っているのは清司 静男。文字通り、静かな男であってほしいと幼馴染である僕は願ってやまない。


「うるさいな」


… なぜか、僕のモノローグにツッコミを入れることができるどうでもいい能力を持っている。

僕たちはこの高校で「ヒーロー部」という部活動をしている。 ヒーローと言えば困った人や、悪い奴に狙われた人が「キャー! 助けてー! 誰かー!」ってピンチになる と颯爽と現れる的な、よく子供の時にアニメなんかで見たおなじみのアレだ。

なぜこんな部があるのかというと。部長と副部長があまりにもいろんな部活から引っ張りだこのスーパーマンな為、結果中立を保つ為にこんな部ができたという。


まあ、様々な部活動の助っ人をしたり、一般生徒の依頼を請け負ったりするのだが、 ザ・普通の人である僕 や清司は基本、地味な依頼が回ってくるわけである。


「はいはいー、説明お疲れ様でした! ところで三島、このあとご飯どうする? 今日あの弁当屋さん休 みだし…コンビニでも行くか?」

「そうだねー。お腹すいたし…ご飯買いに行こうか」


そんなこんなでお昼ご飯の計画をしていると校内アナウンスのチャイム。ピンポンパンポーン♪とお馴染みの音が鳴り止むどころか被せる方向でアナウンスが始まった。


「ピンポンパンポーン♪生徒のお呼び出しを致します。ヒーロー部、三島健くん、清司静男くん。至急生 徒会室に集まってくださーい! 繰り返しまーす」


「有栖先輩だ...なんだなんだ?」

「ちょっと怖いな…何かしたっけ? 僕たち」


今、校内アナウンスをしていたのは我が高校の生徒会副会長の有栖玲先輩だ。

常にテンション高く、突拍子も無いことをやってのけるお方だ。

とにかく、呼び出されているので清司と2人で生徒会室に向かうことにした。



「ちわー、ヒーロー部でーす」

「三河屋か」


くだらないノリツッコミを交わしつつ、もはや勝手知ったる体で生徒会室に出入りする僕たちも僕たちである。

そして、そんな僕たちに慣れきってしまった吉川会長も吉川かいちょうである。

「ああ、呼び出してすまないね…、まあ用がある張本人が居なくなってしまったんだけど...」


事は数分前。

僕たちを呼び出した張本人、有栖先輩のスマホに着信があって。


「はあ!? 今日に間に合わない⁉︎一ヶ月前から言ってんのよ! じゃあ野球部は文化祭の出し物、無しって事でok?...それは嫌だ?じゃあ間に合わせなさいよ! 今からそっち行くから5秒で企画作って企画書書いて私に提出! いいわね 」

「おい、有栖…君さっきヒーロー部の二人を呼び出してたけど、そちらはいいのか?」

「あー! そうだったああああああ!!しょうがない、会長、私今から野球部を〆に…じゃなかった企画書ぶんどりに行くんで、三島ちゃんと清司ちゃんと、あと、ヒーロー部に依頼した子がここに来るからあとはよろしくですそれじゃっ 」

「ちょっと待て!!!有栖! 依頼って何だ!? って、行ってしまった」

それはもう、嵐のように走り去っていったとさ。はい、回想終わり。


「...というわけで、私も全く依頼内容とかは聞いてないんだ...とにかくまあ、座りなさい」

「ああ、2人ともやっときたか」

「新藤せんp」

「あ、新藤先輩も来てたんですね? 有栖先輩に呼び出されたんですけど僕たち」


…新藤先輩相手だとどうにもまわりくどいというか、単純に話が長くなるので清司を退かした。


「ああ、私もそうなんだけど...ほらまだ昼ごはん食べてないだろう? 吉川からごちそうになっているん だ。2人もどうだ?」

「あ、これ駅前の新しくできたパン屋さんですよねー! よく買えましたね、あそこ人気で今行列できて るでしょ?」

「話聞いてくれよーー!!!」

ついに痺れを切らせた清司が叫んだ。


「ん? 何か話してたか清司」

「清司うるさいよ静男ーー」

「うるせえやい」

相方へのからかいはこれくらいにして、本題に入る事にしよう。

「ポンデケージョもらいまーす。

…で、結局有栖先輩の要件ってなんだったんですか?」

「その件は、私は別で動こうと思うから…あとは、これから来る依頼人から聞いてくれ。じゃあ吉川、パンごちそう様でした。」

「ああ、すまないね、有栖の無茶振りに付き合ってもらって」

「そんな事はないよ。また後でね」


「えー! 新藤先輩もう行っちゃうんですか?」

「うるさいよ静男くーん」

「うるせえやい」

「じゃあ2人とも、依頼、頼んだよ」


そう言って、新藤先輩は行ってしまわれた。んー、依頼人って誰だろう?名前を聞きそびれてしまった。


「吉川会長、有栖先輩から依頼人が誰かとか…何か聞いてますか?」

「いや、あとはよろしくと言われただけだ。有栖自身は秋にやる文化祭の準備に忙しいとかなんとか」

「あー、そういうの本当にいろいろやりそうですよねー有栖先輩って」

「彼女は本当にいろいろやってるからね、ヒーロー部の小河や新藤さんもすごいけど、彼女も彼ら並みに 動くからなあ」

「そーですよねほんと、みんなすごいわー」

そんな話をしていると、生徒会室のすりガラスに人影が見えた。

「お、依頼人がきたようだよ?」

「あー、外に誰かいますね? ん? 入ってこないな、どうしたんだろ?」

「ドアノブ探してたりして」

「清司じゃあるまいし」

「お前、俺のことどう思ってんの?」

「ドジっ子」

「まじかー、照れるなー」

「はいはいかわいいねー」

「何の話をしてるんだ君達は」


と、くだらないやりとりをして待ってたが、いっこうに入ってこない。


「あれ、入ってこないですね?」

「開けてみようか…いや、入ってきた?」

入ってきたのは、女子生徒だった。真っ黒なロングヘアーに黒縁メガネ、前髪長すぎてお顔がよく 見えない人だった。

「ああああああ、あのお…あ、有栖ちゃんってもういないですか?」

「あーすまない、有栖はさっき用が入ったとかで出て行ってしまったんだが...君が有栖の言っていた依頼の方かな?」

「ああああの、あの、はいそうです」

「えっとー...お名前は」

「え ああああの依頼人です…ああああのあの…と、匿名希望です」

まさかの名乗らない。

「おっとー、初めてだ、匿名希望の依頼人」

「じゃああなたの事はこれから依頼人さんって呼びますね」

「え? マジで? いいのそれで?」

「え...じゃあ匿名希望さん、とかにする?」

「そんな深夜ラジオとかのペンネームじゃああるまいし」

「ああああの、依頼人さんでお願いします」

「いいんだ...」

「了解ですー。で、依頼人さんの依頼はどういった依頼なんでしょうか?」

これ以上は依頼人さんの名前問題で日が暮れてしまいそうだし。

「依頼のゲシュタルト崩壊」

「ああああの、依頼は、その…本を探して欲しいんです」

「本? 落としたとかですか? 本落とす子多いなあ」

「いえ、落としては無いんですけど...」

「ええ? じゃあ…そうだ、図書館にありますよ? 本、たくさん」

「いやいやいや。」

「ああああの、図書館とかには無いような…古い本とかその、面白い本とか、そういったものが置いてあるような所を一緒に探して欲しいんです…」

「本探しか…椎名さんの方が得意そうだけど...まぁ今日は僕たち2人だし、とにかく探してみるか...でも、 本屋さん探しとかって一人で出来そうな感じだけどまたどうして依頼を?」

「わわわ、私、方向音痴で...誰かと一緒に行かないといつまでも迷ってしまって目的地に着くのもやっとで...いつもなら有栖ちゃんと一緒に行ってるんですけど...」

「...もしかして、生徒会室来るのも迷ってました?」

「恥ずかしながらそうです…えへへ…」

この依頼、本屋探しをする依頼人を無事家まで送り返すってのが一番の依頼内容な気がする…だよねぇ? 有栖先輩?


というわけで匿名希望の依頼人さん、清司と僕は、街へ本屋さん探しに出かけた。

夏休みは終わりが近いというのに、蝉の声は止まることを知らず。といったようだ。

さて、本題は蝉の声でもこの蒸し暑さでもなく本探しだ。

と、いってもこの街、そんな古本屋さんがあるわけでもないのでそもそも本屋さん自体が少なく、見つからないのであった。

「ちょ…本屋さんってこんなに少なかったっけ ?もっと古本屋さんとかあると思ってた」

「普段行かないからね。よりわかんないし、僕もここまで探し回ると思わなかった」

「なな、なんだか大変な目に合わせてしまって…ご、ごめんなさい」

「いや、謝らないでください。あれ? あそこ本屋さんかな?」

「移動古書店…なんて読むんだろ?」

「liberal、リベラールですねぇ」

こんなところにこんな雰囲気のある本屋さんなんてあったんだ…。いざ探したりしないと人間は意識を向けないからか…?今まで全然気づかなかった。


「...入って見ようか? 古書店って事は古本屋さんって事じゃない? 本があるかも」

カランコロン…と古い喫茶店にでも入ったような扉のベルが響いた。

店内はクラッシック音楽が静かに流れ、古い紙の独特な匂いと微かに甘い香り。

奥の方からドサッと重みのある本を何冊か置いた音がした。

「おや? いらっしゃいませ、ようこそliberalへ僕はこの店の管理人だよ。何かお探しですか?」

店主さんにしては年齢がわからない少年のような管理人さんだ。…管理人? 管理人ってなんだ? 店主さんじゃなくて? 謎は多いけども、何かお探しですか ってピンポイトに質問してきたので素直に聞いてみることにした。



「図書館に無いような物語?」

コテン、と首を傾げながら年若い管理人さんは聞き返した。

「そうですそそその、とにかくいろいろ読んでみたいんですけど...古い本だと昔話とか…今じゃあ まり絵本とかにならない本とかもあるかな…と思って、管理人さんのオススメの物語とかっ!」先刻までの大人しさは何処へいったのか、管理人さんに迫る勢いで依頼人さんが早口で問いかける。手には既にメモ帳と使い古された様子のペンが握られていた。

…管理人さんが現れたあたりからから何か既に書き込んでいたようだったけど、なにをメモしたのだろうか。

「うんうん! とにかく何か物語を紹介すれば良いのかな? 」

「はい、それでいいと思います」

「ぜひ、依頼人さんの納得いくおはなしを一つ。」

「ぜひともっ!!!」

僕たち三人の謎に息の合った発言に管理人さんは仰け反りながらもニコニコしながら答えた。

「な、なんだかわかんないけど...そうだなぁ...ちょっと準備してくるね、ここで待っててくれるかな? あ、そこにかけてていいからね!」

「はいそれはもう待ちます!!!」

管理人さんはそう言って、パタパタと奥へ引っ込んで行った。僕たちはお言葉に甘えて、近くにあっ たイスに座って待つことにしたのだった。

しばらくすると暖かいココアと小脇に本を何冊か抱えた管理人さんが戻ってきた。

「お待たせしたね!さあまずはココアでもどうぞ」

季節は真夏、ここに来るまでは蒸し暑さでげんなりしていたというのに、この古書店に入ってからというもの快適な室内のおかげであったかいココアがものすごく美味しく感じた。

…さっきからしていた甘い香りの原因はこれだったのだ。管理人さんはココアがお好きなのかな?


そしてここからは管理人さんの独壇場だった。

「君たちは夏休み真っ只中。といった感じかな?夏にちなんだお話を一つ。」

…といった感じで夏に鰻屋を繁盛させた人物の話だったり、妖怪たちの夏の井戸端会議なんて面白いファンタジーなお話だったり…ありとあらゆるよもやま話をしてくれた。


「…こうして、毎夜のようにこの公園では、あーでもないこーでもないと議論を繰り広げる妖怪達の 井戸端会議が聞こえてくるとか聞こえてこないとか。 ここに一つ、新たな現代の怪談スポットが生まれたんだって。ちゃんちゃん♪さて 、気になる物語は見つけられたかな?」


こうして、移動古書店リベラールでは管理人さんからいろんな話をしていただいたおかげで、依頼人さんはとても満足したようだった。

正直僕と清司も予想以上に楽しい話が聞けて楽しかった。

ここに本好きの椎名さんも一緒に連れてこられたら良かったのに…ん?

などと僕が思い込んでいる中、外の日が落ちている事に気付いた清司が帰り支度を促したので一旦思い出す作業をやめた。

ニコニコと管理人さんは見送ってくれた。僕たちはお礼を言って古書店を後にした。

「移動古書店liberal、またのお越しをお待ちしております!」


…後にして、思い出したのは僕たち古書店で何も購入せずに出てしまったという事だ。引き返すにしても外はかなり暗くなっていたので後日また三人でお礼に行こうという事になった。

「ほほ本当にありがとうございました!!!」

「いーえー」

「いろいろ聞けて良かったなー!」

「そうだねー、今度椎名さんにも教えてあげよう」

やっぱり引っかかる。椎名さんから古書店の話を聞いたような…

「依頼人さん、駅までで大丈夫? 帰れるか?」

「ここまで来られれば大丈夫です。お付き合いいただきありがとうございました! これで次の文化祭で面白い物が書けそうです」

…という感じで、依頼人さんとは駅で別れたのだった。...いや、でもあの移動古書店…やっぱり椎名さんが前に話していた古書店の話とそっくりなんだけどなぁ。


悶々と考え込んでいると清司のスマホが鳴った。

「お! 新藤先輩から電話!!!ーはいっもしもし! 新藤先輩!!!お疲れ様です! え? 依頼?

バッチリでしたよー!今駅で別れたところですハイ! 新藤先輩はこの後予定どうですか? みんなでご飯とかー」

『そうか、わかった。二人ともお疲れ様。今日はもう帰って大丈夫。それに清司は宿題まだ終わってないんじゃないか?』


「あ」


「どうした清司、新藤先輩はなんだって?」

「三島あああ!!!この後お前の家にお邪魔していいか!!!いいよなぁ!!!よしそうしよう!!!」

「はあ!!!!?何なの急に!!!」

「頼む! 一生のお願いだ三島くうん!!!宿題写させてくれえ!!!」

「お前毎年言ってるだろ!!!何回あるんだよお前の一生は!!!」

こうして、ヒーロー部で過ごす初めての夏休みは過ぎて言ったのであった。



場所は変わって生徒会室では、電話を切った新藤が書類に目を通している吉川に依頼の様子を報告した。

「...だそうだ、無事に依頼は終わったよ。そういえば依頼人の彼女、演劇部の部長さんだよね? 吉川?」

「ああ、確かそうだったかな、演劇部は有栖が目立っているからよく忘れがちになるんだけど彼女が演劇部の部長で有栖は副部長ー」

「お疲れ様でしたーー!!!いやーやっと片付いたーー!!!ねーもうみんなさー‼︎さっさと提出するもの提出してくれちゃわないと文化祭に間に合わないんだっつーの!!!!夏休み終わったらすぐに文化祭がきちゃうんだからさー!!!お陰で自分とこの仕事出来ないじゃない!!!ねー!新藤ちゃーん!

今日はありがとうね!」

件の未提出物を無理やり回収してきたのであろう有栖が書類をバシバシと叩きながら生徒会室に戻ってきた。

「ハイ、言われていたものはコレだよね? …有栖、忙しいのはわかるけどちゃんと休むんだよ」

「そう言ってくれるのは新藤ちゃんだけだよー!!!」

「自分で仕事を増やしている節もあるがな」

「会長ー? この後仕事たくさん持ってきたんでー確認よろしくお願いしますー」

「うわぁ」

吉川が追加された書類に突っ伏した。

「で? 演劇部は何するつもりなんだ?」

「まぁ~それは、文化祭の準備が始まってからのお楽しみ? かなー?ヒーロー部にもまたいろいろお願いしちゃうかもだからよろしくね!」

「うわぁ、ほどほどにしてくれよ」

「なあに!!?二人とも「うわぁ」ってひどいなー! まぁ楽しみにしといてよ!

桜ヶ丘高校! 文化祭を!!!」


桜ヶ丘高校ヒーロー部! 文化祭編に続く?




…、後日。


椎名さんを加えた四人で例の古書店に行ったのだけれど。


「あれ?この辺でした…よね」


古書店があった(と、思われる)場所には、古い床屋さんが建っていて。

あの雰囲気のある店構えは何処にも見当たらなかったのであった。

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我ら、桜ヶ丘高校ヒーロー部! 霧海戴樹 @taiki_mukai

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