夏の合宿の後・番外編 「探し猫」

さて、夏の合宿編はいかがだったでしょーか。

僕の名前は三島健。

この物語の一応主人公。


ここからは嵐の前の静けさのような落ち着いた合宿の後編をお楽しみください。



「毎回思うが、お前は誰に説明してるんだよ」


ああ、このモノローグになぜかツッコミを入れられる男は僕の幼馴染の清司静男。

名前の通り静な男であってほしいと願ってやまない…でもいい奴だよ。


「おお、ありがとな…じゃなくてだな!!!!!」


はいはーい、それじゃまずこの出来事から話すかなー。



「猫?」


「そう、猫」


生徒会室に呼び出された本日のボランティア部メンバー。

部長は柔道部のヘルプに行ってしまい、珍しく清司が家の都合で休み。

椎名さんは図書委員で後から合流。


というわけで残るメンバーは副部長の新藤先輩と僕、三島。

二人は会長に依頼され生徒会室にきて黒猫の写真を渡された。


「クロスケじゃん」

「それは三島が勝手につけた名前だろう」


的確なツッコミを入れつつ「で?」と短い話の催促をする新藤先輩なのだった。


もうその淡白さに慣れきってしまっている吉川会長も普通に先を進めた。


「何度か学校に現れる猫…というのは今の三島君の発言でわかったけど、実はこの猫飼い猫らしくてね」


「ああ、たしかに首輪してたなぁ」


「その飼い主さんが探してるんだよ」

「クロスケを?」

「ん…クロスケって名前じゃないんだがそう

その黒い猫をだ。」

「へぇ、割と見かけるけどね。そのクロスケ?」

「新藤さんまでクロスケ呼びかな」

「じゃあなんて名前なのこの子?」

「……ブ、ブラックヘイゼルスノウ。」

「なんだって?」

「猫の名前だ」

「クロスケでよくない?」

「…僕もクロスケの方がわかりやすいとは思うがこの子の名前はブラックヘイゼルスノウくんだそうだ。」

「長いな、クロと呼ぼう」

「新藤さん、めんどくさくなったよね今」

「クロを探せばいいの?捕まえるの?」

「捕まえて欲しいそうだ」


あ、会長もめんどくさくなったなこれ。


「というか、ここ何日も帰ってきてないらしくてな。飼い主が心配して周りの学生たちに聞いてみたらどうやらうちの高校によく出入りしていることがわかったんだそうだ」


「へぇ、そんなに大事な猫なのになんで放し飼いなんかしたのやら」


「いや、ほんとは室内飼いしているそうなんだが、いつのまにか外に出て、戻ってくるを繰り返してたのがつい最近わかったらしいんだ」


「すげぇなクロスケ」


「で、居ないことに慌てた飼い主が聞き込みしてるとうちの学生達にとっては有名な猫になってたって事だな」


「クロって普段どこに居たかな」

「…よく男子運動部の部室棟付近に居ませんでしたか?近くの木の陰でいつも居心地良さそうにしてるのを見ますけど」


「…確かに言われてみるとそうかも」

「君たちも知ってる猫だったのは幸いだ。僕は生憎見たことがない猫だったのでね、飼い主には見た事ないが探してみるとしか言えなくてね」


「まぁ、吉川はあんなむさ苦しいところ歩きたくないだろうしな」

「…新藤さん、別に僕はむさ苦しい所を歩きたくないからあの辺に行かないとかそういうわけじゃないからね」

「単純に、行く理由ないですもんね」


などと、くだらない話も交えながらまぁ今回の依頼を要約すると。


クロスケを探せ!


だ。



「居ませんね」

「居ないな」


夕方にまた依頼者である飼い主が学校に来るそうなのでそれまでになんとか見つけたいのだが、いつもいる場所にクロスケは居なかった。


「むー、割といつもここにいるんですけどねー」


「クロはいつも何を見てるんだろうね」

突然、詩人のようなことを新藤先輩は呟いた。


「見ている?ただ暑いから木陰で涼んでいるだけじゃないですか?」


「そういうものなのかな。まぁそうだろうけど…ほら猫っていつも構ってくれる人がいるところにやってくる習慣とかない?」


「あー、確かに。毎日餌くれるとか」

「そう、あの木陰にいつもやってくる理由があるのかも」

「今日いないですけどね」

「そこなんだよね。その人は今日この木陰に来ないからとか?」


ミーンミーンと、蝉が鳴く音がさらに増えてきた気がする。なんで蝉の声ってこんなに暑さを倍増させるんだろうね。


「…僕たちもちょっと木陰で休みますか」

「…そうだな、ジュースでも買ってこよう奢るよ、何がいい?」

「え?いいんですか」

「え?いらない?」

「いや、欲しいです。炭酸のジュースで」

「わかった」

「ありがとうございます」


このなんだか有無を言わさないのが新藤先輩。

先輩に買わせに行かせるのも…と思ったがそのままスタスタと言ってしまった。


あとでちゃんとお礼言おう…と思いながら木陰のベンチに腰掛けた。


なるほど、景色がいい。

木陰の前は広場になっていて、たまに運動部がストレッチをやったりしている。

こうこのベンチにマネージャーが給水ボトルなんかをベンチに置いたりして。


あ、もしかして。

クロスケはついでにそういった部活の生徒たちからお水やお菓子なんかを貰ってるのかな?


そうこう考えているうちに新藤先輩が戻ってきた。え?なんか予想より荷物が多い気がするんですけど。


「なんか、購買部で買い物したらおまけももらったんだよ。家庭科部とのコラボ新作なんだってアプリコットパイ」

「洒落たもの作りますね、購買部と家庭科部…」

はい、と渡されたジュースとアプリコットパイをお礼を言って受け取り二人でもぐもぐと食べ始めた。


「うまいな」

「うまいですねこれ、即人気メニューですよ」

「あとで購買部に感想でも言いに行こうか」

「そうですね」


と、他愛もない会話をしながらクロスケいないなーと呟いた。


…学校で一番人気でファンクラブまである新藤先輩とこんな風に過ごしてるなんて、ファンクラブの人たちや、新藤先輩を崇拝してる清司に刺されやしないかと思い始めた頃。


「おーい!!新藤ー!!三島ぁ!!!」


遠くからデカイ声が聞こえてきた。

「あ、小河」

「ガハハハ!!!どうしたんだこんなところで」

暑苦しい我が部の部長がやってきた。

声も体も大きいこの人は別の意味で学校の人気者だ。

どの部活もそつなくこなす為、ピンチヒッターでよく呼び出される。


今日は突然倒れた副部長の穴を埋めるために柔道部の練習試合に参加していたはずだ。もう終わったのかな?


「いやー、柔道部の顧問がしつこくてな。ぜひ我が部に来いと言って聞かないんだよ」

「そりゃいつもの話だな。副部長は大丈夫なのか?」

「熱中症だよ怖いなあれは。本人も驚いていたさ、あとはあれだな…柔道部は動きすぎだ。」

なんでも、ここ数週間ずっといろんな学校と練習試合で休みなしだそうだ。顧問が張り切っているのはわかるが…休みも必要だと小河部長はため息をつく。


「顧問ってあの外部顧問のおじいちゃんか」

「そうだ、あとで生徒会長から言ってやれって吉川に相談してみるか。お爺さんが怖くて皆言い出せないようだからな」

「情けない、素直に言えばいいんだ」

「まぁそう言ってやるな。柔道部は全国狙えるくらい強いんだし、はやる気もあるんだろう」

「まぁ、副部長が倒れてるんだ。吉川に難癖つけさせて部活停止という名の休日くらい作ってもらうのはアリかもしれないな」

と、いいながら新藤先輩は食べかけのパイを頬張る。

「美味しそうなの食べてるな」

「購買部と家庭科部の新作だアプリコットパイ」

「なんだ、お洒落な物作ったなぁ!一口食べてもいいか?」

「500円ね」

「高いな!」


と、言いつつも一口あげる新藤先輩。

この二人、見る人が見たら付き合っているように見えるけど、従兄弟だもんなー。従兄弟というよりもはや兄弟みたいな付き合いをしてきてこれが普通なんだろうな。

吉川会長…ファイト!


「うまいな!あとで柔道部のみんなに買っていこう。…そういえば今日の依頼は吉川からだったか?なんの依頼だ?」


「あー、伝えてなかったな。クロ探しだ」

「クロ?」

「説明足りなさすぎでしょ新藤先輩。黒猫探しです。」

「黒猫…いつもここにいるやつか!」

「やっぱり小河も知ってたか。そうそうその猫、飼い猫らしくてね。飼い主が探してたんだよ」


「さっき柔道部の部長が連れてたぞ?」


「ええ!?」


「朝、練習試合の学校へ向かう途中で黒猫に偶然会ってなぁ」


それから、付いてきて。

練習試合が終わるまでお行儀よく木陰で待っていて。

出てきた柔道部にまた付いてくるのだと。

柔道部部長によると、よく柔道部がこの木陰でアップしているとやってきてみんな可愛がるもんだから懐いたのかな?だそうだ。


…なぜよりにもよって暑苦しい柔道部に?

と、失礼だけどそう思った俺は残りのアプリコットパイを頬張りながら首を傾げた。


まあ、そういうわけだから小河部長と新藤先輩と僕でまた感想を伝えがてら購買部へ行って手土産のアプリコットパイを買って柔道部へとやってきた。


途中たまたま会った吉川会長もついでにやってきた。


「まあ、そういう事だからさ。ついでに様子見て吉川が判断して会長権限で部活停止という名の休みを与えるのもいいんじゃないか?ってね」


「そんなに疲労困憊になるほど活動してるのか柔道部は。現に副部長が倒れているんだしそれもありかな…いや、ふつうに休めばいいのでは?」


「おじいちゃん顧問が熱血なんだよ。怖くて皆口出しできないんだそうだ」

「情けない、素直に言えばいいんだ」


おんなじセリフ言ったぞ吉川会長。

やはりこの幼馴染3人組は思考が似てる。


そして、やってきた柔道部。


おじいちゃん顧問の厳しい言葉が飛び交って、今日の練習試合の反省点を言っているのだが…よく聞くと同じ言葉を何度か繰り返している。

これはたまったもんじゃないな…


少し話が途切れたので、吉川会長が声を掛けた。

「失礼する、生徒会の者だが」

「ああ!?生徒会!!!?」


おじいちゃん怖ええ!!!

よほど練習試合の流れが気にくわないのか怒りをそのままに吉川会長にそのままの声で返した。


「っ…貴方が柔道部の外部顧問の方ですね?生徒会長の吉川と申します」

「なんじゃいもやしっ子が何か用か!!!!!」


「ええ、副部長さんが倒れたと聞いたので心配で見にきたのですが、最近柔道部はずっと活動しているようですけどお休みはいつ取られましたか?」


もう、何も動じないぞとやけになったのか吉川会長はひるむ事なくおじいちゃんに聞く。

会長の冷静な対応に少し頭を冷やしたのか、おじいちゃんはむーっと考え始めた。

「昨日じゃ」

「顧問、昨日はとなりの学校と練習試合でした」


「じゃぁおととい?」

「その日は体力作りで浜辺でトレーニングを」


「…休んでませんね。」

「しかし、このままだとこいつらは全く成長せん!!」

「顧問どの、副部長は現に倒れてるからまずは休んだ方がみんなの為じゃないか?」

小河部長も口を挟む。


しかし、今日だってあーだこーだと、また説教が始まった。

埒があかないと、吉川会長が会長権限で休ませてやると呟いた時。


「すみません、吉川さんはいますか?ああ、いたいた!」


体の大きな男性がひょっこり現れた。

どうやら猫の飼い主さんの様だ。

すっかり猫の案件から柔道部をいかに休ませるかに頭がシフトしていた吉川会長が当初の依頼を思い出した。

「ああ、猫の…ああ!そうだ猫!部長さん、黒猫どうしましたか?」


「黒猫?ああクロスケか、クロスケならここに…」


やっぱりクロスケって呼ばれてるじゃん。


クロスケは柔道部部長の隣で寝息を立てていた。


「ああ!ブラックヘイゼルスノウ!!!やっと見つけた…本当にこの学校にいたんだな…」


よしよしと頭を撫でると気持ち良さそうにゴロゴロと鳴いた。


「ブラック…へいぜ?」

「それよりあの人ってさ」

「やっぱそうだよな」

ひそひそと、ほかの柔道部員達が何やら困惑してると、話の腰をおられた顧問がキレた。

「お前達!!!わしの話を聞かんぁ!!!」


「え?じいちゃん!?」

え?

じいちゃんって。

「む!?お前は達央!!!」

「じいちゃん、まだ顧問なんてやってたのかよ…もう歳なんだから無理するなって言ったろう?」


「え、ちょっと整理させてください。本当に達央さんのお爺さんなんですか?」

吉川が話を整理する。


聞くと、猫の飼い主さん…達央さんは有名な柔道選手で数ヶ月前にアメリカ合宿から日本に戻ってきてこの辺りに住み始めた。

合宿中は結構一緒に居ることができたが日本に戻ってからはなかなか家には居られず、クロスケとの時間も過ごせなくなってた。


クロスケは達央さんの不在時に家を抜け出して、達央さんが帰ってくる頃には家に戻ってくる…を繰り返していた様で。


ようやく落ち着いた達央さんが早めに帰って来られる様になったらクロスケがいない事が分かって探す…。


そして、近くで練習していた柔道部を見て達央さんと同じ柔道着を見て親近感が湧いたのか、いつも木陰のベンチで柔道部の様子を眺めていたクロスケはいつのまにか学校の運動部の生徒達の中で有名な猫になっていた。


達央さんが聞き込みした学生もこの桜ヶ丘高校の運動部の生徒達だったのでここに居るとわかった達央さんは吉川会長に依頼。


そしておじいちゃん顧問は本当に達央さんのお爺さんだったという。


なんとも偶然が重なりあった結果にみんな凄いな…と、呟いた。


久しぶりの再会に気を良くしたのかおじいちゃんは達央さんの自慢話を始めた。

とりあえず恥ずかしいからやめろと中断させ、その日はクロスケとおじいちゃんを回収して達央さんは帰っていった。


「なんか、嵐の様だったけどとりあえず皆お疲れ様…購買部がまけてくれたんだけど新作のアプリコットパイでもどうだ?」


大きな図体で「アプリコットパイ」なんて単語が出てくるとは思わず、先ほどまで叱られたり疲れたりでぐったりしてた柔道部員たちはみんな大声で笑いだした。

「購買部、洒落たもん作るな!!!」


みんなそこなんだな。


場は急にお疲れ様会になり、とりあえずみんなでワイワイとアプリコットパイと飲み物で打ち上げ状態になり、ボランティア部と吉川会長も参加する形となっていた。


そしてこのあと柔道部は一週間ほどお休みになった様だ。


そして後日。

達央さんが、吉川会長とボランティア部に改めてお礼にきたのとまた柔道部にもお礼を言いにと、あと伝えたい事があるからとやってきた。


「先日はうちの猫をありがとう」

「いえいえ、こちらこそ、まさか達央さんの猫とは知らず」


こうして柔道部部長と、復帰した副部長が生徒会室に呼ばれ達央さんと面会することになった。


「じつは爺さんの事だけど、みんなに結構きつい事してたんでしょう?すまんな…」

「いえ、特に最近は俺たちを強くしたいって思っての行動だった様で…」

「いや、爺さんもなもう年だから顧問を引退するようにって説得したんだ。やっぱり爺さんも無理してたようでね」


部活がお休みの間に体調が悪くなったそうだ。

「それで、君たちが良ければなんだけど。」


なんと、達央さんの方から顧問になっていいかと申し入れがあったそうだ。

おじいちゃんはそれで納得したようで、大人しく入院する事にしたんだとか。

原因は熱中症だった様だけど、ゆっくり過ごすうちに症状も良くなっているそうだ。


「よかったじゃないか。しかも有名な選手なんだろう?」

「猫のお礼とおじいちゃんの代わりにとね、達央さんが忙しい時は後輩選手が代わりに見にきてくれる、凄い高待遇になったんだって」

吉川会長が柔道部からの顧問変更申請を処理しながら答えた。


「今年は柔道部期待できるなぁ」

「…やっぱり小河が猛烈にスカウトされてる様だけどね」

「むしろスカウトを受けたら凄い選手になりそうだけどね小河も」


と、幼馴染が追いかけ回されてる現状をとりあえず笑って見ている吉川会長と新藤先輩なのだった。


そうそう、

個人的に俺は達央さんに聞きたい事があったので聞いてみた。


「え?なんでブラックヘイゼルスノウなのかって?」


「そうそう。おれは勝手にクロスケって呼んでました」


すみません、と一応断りを入れて。

ははは、いいよいいよーと、優しい達央さんは笑い、照れ臭そうに話してくれた。


「まあわかると思うけどおれ、名前つけるのが苦手でね、ほらこの子黒いでしょ」


で、ブラック。


「目がヘイゼル色だなって思って」


ヘイゼル。


「シッポの先だけ真っ白で雪みたいだなって」


で、スノウ、


ブラックヘイゼルスノウ。


なんだそうだ。

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