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……まさか本当に決めてくるとは。
朔楽のアピールのおかげか、ただ単に運が良かっただけかはわからないけれど、CDジャケットのイラストの担当は私に決まった。決まってしまった。
念願だった初めての絵の仕事だ。
正式に依頼内容が書かれたメールや契約書を見ても、緊張よりも未だにどこか夢見心地というか、信じられない気持ちの方が大きい。
それでもモノクロの下書きに色を塗っていく度、絵の景色が完成に近付いていくほどに、これは現実なんだと実感も湧いてきた。
そして何より絵に触れられる事が嬉しかった。
私を引き上げてくれた朔楽も、最近毎日忙しくしているようだ。
朝早くに出掛けて行ったり、夜遅くに帰ってくるところを時折見掛ける。
それでもふとした時に、変わらず楽しそうな朔楽の歌が聞こえてくるから、元気ではいるらしい。
今回の事をきっかけにまた前を向けるようになった私は、小さな事からでも積み重ねていけたらと、パソコンが得意な友人に協力してもらい、絵の依頼を受け付ける仕事用のホームページを作成する事にした。
ギャラリーページには、今までに描いた数々の絵を載せてある。朔楽のCDがリリースされたら、この絵もそこに載せるつもりだ。
ちょっと前までの日々が嘘みたいに、今は毎日が充実している。
〈歌音!外見て!〉
スマホが光って、朔楽からのメッセージの着信を知らせた。
窓を開けると爽やかな風が吹き込む。
家の前の道路には、ギターケースを背負った朔楽が大きく手を振りながら立っていた。私に気付くとケースから何かを取り出し高く掲げる。
〈ついにCD完成した!出来立てほやほやの貰ってきたから見に来ない?〉
続いて届いたメッセージを見たのと同時に私は駆け出していた。
勢いよく玄関のドアを開けると、満面の笑みの朔楽がCDを差し出した。
本当に出来たんだ。夢だったものが形になってちゃんと今ここにある。
朔楽の歌が、私の絵が、これからいろんな人に届いてくれたらいい。
俺、これからもっと頑張るよ。そしていつか、ドームの全国ツアーを回れるようなアーティストになる!
朔楽が真っ直ぐに宣言する。
「私も負けないよ。もう立ち止まらないって決めたから。そのうち絵だけで食べていけるようにしてやるんだからね!」
お互いに前よりも大きな目標を掲げて。
ジャンルは違っても、進んだ先でまた今みたいに交差したらいいなと思う。
私が作ったホームページに絵の依頼が入ってくるのは、まだもう少しだけ
音のない世界で、君の歌だけが聴こえる。 柚城佳歩 @kahon
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