第4話「Opéra」

「……アー……マイネームイズ、タロー・イモセ」


 とりあえず交流を図ってみようと、拙い英語で自己紹介してみる。


「タロー……イモ? アノ、日本語少し、喋れまス」

「あ、良かった」


 どうやら英語は分からないが日本語なら理解できるようで、僕はホッと胸を撫で下ろした。


「あの……、うちの納屋で何してるの?」

「……シャンソン、歌ってましタ」

「いや、歌ってたのはわかるんだけど……」


 大きなスーツケースを見るに畑の野菜を盗みにきた、って風には到底見えないな。


「もしかして、道に迷っちゃった?」

Nonノン


 少女は首を横に振る。


「オウチ、ココと聞きましタ」

「……」

「……いや、ここは僕の爺さん家の納屋だけど」


 年齢的に高校生かそこらっぽいし、日本に観光に来て親御さんとはぐれたとかその辺だろうか……あー、親御さんが知り合いの線はあるか……。


「もしかしてパパかママが、サツマ爺さんの知り合いだったり、するかな」


 そう言うと、少女はハッとした表情になり少し考える素振りを見せてから、ゴソゴソと一枚の封筒をダウンコートの内ポケットから取り出してみせた。


「ウィ、Grand-mèreグランメールから、サツマにこれ渡しなさい、と言われましタ」


 彼女はどことなく寂しそうな表情を一瞬だけ見せ、その後すぐ無邪気な顔で微笑み僕に封筒を手渡した。

 封筒の中には一枚の手紙が入っている。読もうと試みるも、肝心の文章が筆記体のようなグニャグニャした文字ばかりで、僕にはからきし読めなかった。かろうじて末尾に書いてある住所らしきものが、どうやらここの住所と一致している事だけは分かる。彼女はそれを頼りに、タクシーか何かでここまで来たんだろうな。


「君って、どこからきたの……?」

「パリ、でス」

「フランスか……」


 どおりで。フランス語の手紙なぞ、僕には読めないわけだ。まあ、英語だったとしてもどのみち読めないが。


「で、それがどうして納屋の中に?」

「……インターフォン、見つからなかったのデ。鍵も閉まっていたのデ、回り込みましタ」

「だったら、そっから入ってきたら良かったのに」


 僕は開けっ放しになっている縁側の方を指さした。すると、彼女は人差し指を立て、しかめっ面で僕に何かを教えるよう、強い口調で言う。


「フホーシンニュー、イケナイとGrand-mèreグランメールから教わりましタ! なので誰かが出てくるの待ってたら、タロイモやってきてとっても助かりましタ!」

「いや、こんなとこに隠れてる方がよっぽど不法侵入だし、それと僕の名前はたろ……」


 言いかけたところで、お団子頭が僕の視界を覆う。


「あんた、トイレ行ったんじゃなかったの?」

「ううわああああああっ!」


 僕はまた思い切り尻餅をついて、今度は少しちびった。そういえばまだ用を足してない!


「はあーっ! なんだ咲か! これ以上びっくりさせないでくれよ!!」

「なんでそんなに驚くのよ! アンタも久兵衛も失礼ね! 人を化け物みたいに、あら……?」


 どうやら宴会を抜けて厠へ行ったきり、ちっとも帰ってこない僕を心配して見にきてくれたらしいが……。


「なになに、この子〜! 超かわいい〜!! あんた、こんっな可愛い子、どっからさらってきたのよ!?」

「攫ってない」

「あんた……東京でモテないからってとうとうこんな犯罪じみたことしちゃって……! サツマ爺ちゃーん! 太朗が太朗がー! うわ〜ん!!」

「だから違うって!」


 あたふたしていると、『可愛い子』というワードを目敏めざとく聞きつけた女好きが後ろから走ってきた。


「どうした! 可愛い子がなんだって!! うわー!! なんだこのべらぼうに可愛いブロンドの美少女は!? なぜ俺に紹介しない!!」

「あんたはいいから大人しく酒飲んで潰れてなさいよ! この変態ドスケベ青キューリ!!」

「なんだと! 妖怪紫キャベツババアめ!!」

「誰がババアですってえええ!」

「ババアにババアっつってなあにがわりいんだよおお!?」


 だめだ、怪獣大戦争がまた始まってしまった……穏やかな田舎暮らしでリフレッシュするつもりが、こんなはずでは……いっそのこと、もう帰ってやろうかな。


「……si」

「……し?」


 二人の喧嘩を横で見ていた少女が、小さな手を口元に添えて苦しそうに悶えている。


「大丈夫?」

「……sisisi」


 もとい、悶え笑っていた。変な笑い方……。


「なんだかココは賑やかなオウチなのですね、タローイモ」

「たろ……そうみたいだね……」


 もう、なんでもいっか……。


「sisisi……」


 目を潤ませながら、少女は続ける。


「──Opéraオペラ Yvelinesイヴリーヌ


「へ?」

「私の名前でス。 Opéraオペラ Yvelinesイヴリーヌ と言いまス」

「……オペラ、イヴリーヌ……」

「ウィ! オペラと呼んでくださイ! タローイモ!」


 オペラは、その日一番の無邪気な表情を僕に見せてくれた。


「……あの、僕の名前はタローイモじゃなくて、太朗ね。タ・ロ・ウ」


「──ウィ! タローイモ!」


「……はは」


 僕はオペラの底抜けに元気の良い返事がなんだか可笑しくって、気づいたら久しぶりに笑っていた。




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ボンソワールな雪の夜に。 魚羅塚 朔太郎 @midincoz

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