「POINT REDRAM」

低迷アクション

第1話



20ⅩⅩ年、止まらぬ環境破壊、終わらない地域紛争、テロに殺戮、疫病、虐殺に対し「世界救済少女」と名乗る少女達が現れ、それに所属する“魔法少女、変身ヒロイン等”のあらゆる事変、事象への介入が始まった。彼女達の活躍は一国家の存在さえ脅かすモノとなり、これに抗う国家は抵抗したが、通常兵器は、全く歯が立たず、実質彼女達の監視下の元、世界は平定されていく。


その半年後、軍事、人外の異能者、犯罪者等が結集した武装集団

“アンチ・オータ”が彼女達に対し、宣戦布告と反撃を開始した…



カップに注がれた黒い水面が小刻みに震える。上手く取り繕ってみても駄目だ。果たして自分に出来るのか?いや、選択肢は元からないのだ。

簡易プラスチックのトレーを痛い程握り締め、偽装飛行場に設けられた食堂を後にした。廊下に出れば、U‐H1ヘリの爆音が痛いほど耳に反響する。


「おい、ヨーコ、急げ!」


ヘリの中でリーダーの“ヤマ”が呼ぶ。いや、やらなければいけない。自分には

選択肢などないのだから…“速水 陽子(はやみ ようこ)”は頷き、ヘリに歩みを進めた…



 私服の警備員が自動拳銃を抜くと同時に、乾いた発砲音が響く。

だが、それを事・前・に・知・っ・て・い・た・ヤマは上手く躱し、他のメンバーに逃走を促す。


「走れ!走れ!!」


リーダーの声に、長身の“イタ”と女好きの“アマ”が駆け出す。2人は銃を持っていたが、イタは現金の入った袋、アマは書類の入ったアタッシュケースが邪魔で使用が難しいし、そもそも2人は銃を撃った事がなかった。


「何で、日本の警備がグロックなんか持ってんだよ。あり得ねぇだろうがっ!」


「うるせぇっ!イタ!コスプレねーちゃんが世界を征服しちまう世の中、

何だってアリだろうが!」


「いいから急げ、二人共!手筈通りなら、もうすぐだ」


ヤマの声が終る前に、黒塗りのバンが3人の前に滑り込み、助手席から顔を出した“ジノ”が5.54ミリ突撃銃を警備員に向かってバラ蒔く。その隙に陽子が開けたドアに雪崩れ込む3人を確認し、運転手の“ドウ”がアクセルを踏んだ。


「全く、今日もヨーねぇの“予報”のおかげで何とかなったね」


走り出す車内で、さりげなく、自身の隣に腰かけたアマがウィンクと一緒に軽口を叩く。陽子は、浮かない表情を悟られないよう、アマが普段、つけ過ぎる香水の匂いに心底辟易していると言った様子をしっかり演じた後、ゆっくりと頷いた…



 「全員聞いてくれ!今回はデカいヤマだ。成功報酬は、1人6000万、仕事の現場は通常の銀行とは違う、いわゆる“裏銀行”から、金と物を奪う。質問は?」


リーダー格のヤマの言葉を聞いた時、メンバーのほとんどが少なからず驚いた。昨今は、世界救済何とかと言うイカれたコスプレのガキ共によって、実質、世界は支配されている状態だ。


彼女達の前では、どんなに小さな悪事も見逃してもらえず、気が付けば、目の前に連中が現れ、何か光ったと思ったら、ブタ箱、オリの中か、分子レベルまで崩壊させられる悪人泣かせの現状が続いている。


そんな中でも、ヤマの率いる窃盗グループは特殊な“免責機能”を用い、連中と一戦交える事もなく、ごく小規模な盗み、絶対に注目されないような仕事をいくつも繰り返してきた。


だから、今回の仕事はハッキリ言って“危険”を伴う内容…慎重なヤマにしては少し変だ。


メンバー達も同じ事を思ったのだろう。陽子の隣に並ぶイタが口を尖らせる。


「だけどよぉっ、何かネットとかで見たけど、あいつ等未来が見えたり、瞬間移動とか出来んだろ?そりゃ、今まではヨーコの“アレ”のおかげで何とかなってたけど、


あんまりデカいヤマになれば、連中と本格的にかち合う事になんべ?流石にあれじゃね?ヤマ?」


「わかっている。だが、今回の依頼主は、連中に敵対するアンチ・オータだ。奴等は連中との戦い方を知ってる。それにこっちは…」


「ヨーねぇもいる」


ヤマの視線をアマが補足し、陽子に向かって、お決まりのウィンクを寄越した…



 「ドウ、警察無線は?」


「何も言ってない。ジノの情報は確かだな。アッサリ過ぎて逆に怖いくらいだ」


「世界救済の連中も、この分なら大丈夫そうだ。なぁ、アマ、手に入った金は何に使う?」


「そりゃ今、ぞっこんの…」


楽しそうに口を開いたアマが、陽子の方を見て、口を紡ぐ。無駄な遠慮だ。その気はないともう伝えてある。自分はそれ所じゃない。ただ、金がいる。少額ではなく、大量にだ。この仕事が終われば、目標に一歩近づく。いや、叶うと言っていい。


そのためには…


思わず口を抑える。自分のおぞましさに吐き気がこみ上げてきたのだ。


「どうした?」


ヤマが陽子の背中をさすりながら、声をかける。鬼瓦のような厳めしい顔だが、比較的若年層で構成される陽子達の中では最年長、まだ未成年の彼女にとっては、保護者に近い。


「うん…大丈夫。ゴメン、少し疲れた」


「無理もない。“力”を使いすぎたな。大丈夫だ。もうじき、回収地点に着く。イタ、金とケースをバックに詰めろ!一つにした方が運びやすい」


下された指示に頷いたイタとアマがおどけたようにこちらを見て、同時に叫ぶ。


「了解、ヤマ、そして、回収ポイントはお決まりのREDRAM!」…



 「REDRAM?そこが回収地点の名前か?」


招かれた都市部、校外の倉庫で、会合したアンチ・オータの“担当者”は、

ヤマの皮肉を込めた疑問に苦笑いで頷く。笑ってはいるが、目元の切り傷2本が冗談では無い事を充分に示している。


「若い奴には、この名前の由来がわからないか…アンタくらいの年なら…元ネタは、もうわかってるよな。まぁ、それは置いといて、詳細を…


今回はおたく等みたいに、昨今のご時世で、仕事を平常運行出来ている

“チンピラ五坊(ごぼう)”で、いいんだよな?


の皆さんのお力を貸してもらいたい。場所は首都郊外にある銀行、建物自体は通常の銀行だが、中には政府の裏金がタンマリ…金はおたく等にやる。好きなだけ持ってけ。


俺達はそこにある、書類といくつかのUSBメモリが欲しい。中身は聞くな。空をパンチラ全開で飛び交うお嬢ちゃん達と戦うために必要なモノとだけ答えておく。


作戦は簡単だ。こちらが用意したヘリで現地へ向かい、銀行を襲撃…車もいいが、周辺の監視が強化されてる。ヘリの方が楽だ。そんな警備状況から察してほしいが、


向こうはそれなりに武装しているから、武器が必要になる。得物と人員は手配した。金と書類の入った金庫はソイツ等から聞いてくれ。作戦終了後、ヘリを持ってくるのは難しいので、回収は7キロ離れた、元大学の跡地で行う。逃げる車は自分達で用意しろ。そして、その合流地点の名前がREDRAM、ポイントREDRAMと呼ばれている所だ」


担当者の話では、嫌な噂の絶えない場所だと言う。丘に建てられたその場所は、人が滅多に寄り付かないため、周辺から完全に孤立している事…加えて、ヘリの離着陸にも充分なスペースがある事を確認している。悪くない話だ。だが…ヤマは、メンバー全員が浮かべた疑問を充分に配慮した上で口を開く。


「条件は悪くない。だが、あえて聞く。何故、俺達を使う?お前等、アンチオタク?オータ?どうも言いづらいな…(担当者が少し申し訳なさそうに頷く)


とにかくアンタ達は、表向きは平時状態のこの国において、最強の装備と部隊を持っている。今の作戦だって聞けば、こちらの手助けは必要ない。自分達でやれば良い話だろ?

それが何故…?」


ヤマの言葉を聞く前から、陽子にはわかっていた。皆には内緒にしていたが、今回の会合が設けられた時点で“能力”を使い、事態の推移を見ていたのだ。


だから、この後、担当者が何を話し、最後はメンバー全員が納得し、仕事を引き受ける事も知っている。今、ヤマの言葉に相手が頷き、発する最初の言葉は“我々はそちらを調べた”だ。


陽子の予報は寸分も狂わず、担当者は自身の方を見た後、意を決したように表情を引き締め…


「我々はそちらを調べた」


の言葉で始まった。


「調べた?」


「そうだ。ヤマ、ヤマ?この呼称でいいな?世界救済少女が出現して、半年…

俺達以外の悪を担う連中は壊滅状態…その中で仕事を続ける。いや、続けれるおたく等の理由を知りたくてな。調査の結果として、出てきたのは、その子だ(陽子を指さし)

君、視えるんだろ?少し先の“未来”がな。


世界救済の連中が持つ能力…それに似た力を持つ者が現れ始めている事は聞いていた。別に、こちらに加われと言う訳じゃない。ただ、今回は力を貸してほしいだけだ。どうかな?」


担当者の声に、ヤマがこちらを見る。陽子は全てを見ていた。彼に言われる前にだ。ゆっくりと考えた風な演技をして頷く。自身の目的のために…


「決まりだな」


ヤマの声に、担当者がニヤリと凄みのある笑みを陽子に向けた…



 「なぁっ?そもそもREDRAMって何だ?」


ハンドルを握るドウが誰ともなしに尋ねる。


「ドウ、お前、映画とか観ない系?キングのシャイニング!ほら、ジャック・ニコルソンがドアの壁から斧持って」


「知らねぇよ。イタ、とにかく目的地に着いた。車入れっぞ?」


「結局、コレは使わなかったね。ジノさん、銃は返した方がいい?」


「…まだ、持っていろ。アマ」


担当者から手配された男、ジノは明らかにプロの兵士だ。陽子達のメンバーと同様に偽名で、中央アジア系出身風だが、身のこなしと銃の扱い等から、それがわかる。


ジノの答えにメンバー全員が緊張を取り戻す。車はゆっくりと宵闇の迫る廃墟となった建物の中をしばらく進んだ後、前触れなく停車する。


「ヘリに連絡だ。ジノ!」


ヤマの声にジノが頷く。


「何だか、マジで薄気味ワリぃ所だな?」


イタが目の前の落書き看板にツバを吐く。

ヘリの降下ポイント付近には、廃材や、腐って元が、何かわからないモノで溢れていた。


「ヨーねぇは荷物見てて、ヘリが来るまで降りなくていいよ。」


イタと同じ感想を持ったであろう、アマの好意を素直に受けた。この先に起こる事全てが見えている。幼い頃から、不意に起こる先読みの能力…今はだいぶコントロールができ、自分の見たい未来が見えるようになった。だから…


アマが喋った数秒後に、ヤマの様子が可笑しくなり、警戒したジノが最初に殺され、次はイタ、ドウ、アマの順番…それらの工程を全てこなせば、陽子の目標、夢のために、必要なモノ全てが揃うのだ。


そう、もう少しの我慢…ここが忌み地である由来なんて、自分には関係ない。世話になったヤマは今や、妙な姿勢でうつむき、虚ろな目で何かを呟き始めた。予定通りだ。仲間は気が付いてない。他組織のジノだけが、異変に気が付き、突撃銃をゆっくり肩から降ろし、


彼に近づく。これも予定通り…ドウがヤマを見て、何か言葉を発した。勿論、予定通り…イタが“何か聞こえねぇか?”とアマに振り返る。予定通り、予定通り…


ジノが足元に転がる何かに躓く。予定通り…?……彼は何かを拾い上げた後、

驚いた様子で拾ったモノを見つめる…陽子の目が大きく開かれた。


…違う…これは何?…予定外の事が起きた…





 「俺はジノ、そちらをサポートするのは、自分とヘリパイ、

そして、ガナー(射撃手)の“白雲(しらくも)”だ」


ヘリの機内でジノが紹介したのは、迷彩服に身を包んだ銀髪の外国人女性、いや、少女と言っていい年齢に見える兵士だ。自分と同じ年?いや、もっと幼いか?陽子の疑問を、そのままイタが口にする。


「何だ、この、嬢ちゃん、仕事終わったら、ねぎらいに酒でも注いでくれんのかぃ?」


返事代わりに、イタの顔面に軽機関銃が突き付けられた。普段からナイフを仕込み、実際に素早く出す事を得意とする彼が完全に封じられている。


「実力はわかったか?その子は万が一の時の保険と思ってくれ」


少しだけ楽しそうな声でジノが補足した。ヒュッと口笛を吹くドウに白雲が視線を動かす。だが、彼女の目は陽子の方を見ていた。


こんな仕事で、同い年の同性が顔を合わすのが、珍しいのだろうか?

それとも、自分の能力を知り、こちらの企みに気づいた?いや、この子が関わってくるのは、最後の一人になった陽子を助ける時だけだ。


一抹の杞憂はヤマの声に遮られる。


「ジノ、仕事前に、これだけは聞きてぇ。俺達の回収ポイントについてだ。ヘリに軽機積んでまでとは、相当だろ?」


隠し事は一切無しだ。と言う意志が含まれた、強い口調に、ジノは応えるようにゆっくり頷いた後、口を開く。


「俺もぐん…いや、担当者から聞いただけだが、あの回収地点では、心霊現象に行方不明者が続出しているとの事だ。この国の警察機関も調査をしたが、詳細は要として不明…


いつの頃からか、多分、80年代だと思うが…映画にちなんで、REDRAMと呼ばれている。


ネットなどで囁かれる話によれば、件の大学跡地は、政府の研究施設で、

人型生物兵器の開発をしていたとか、太古から、この地を跋扈していた妖怪、怪物を復活させる研究をしていたとか、色々、ネットやフォークロアにありがちな話で埋め尽くされている。


まぁ、大学が突然閉鎖した理由も、丘に住む住民達の退去もごく自然に、目立たない形で進んだから、真相はわからない。ただ、こんな世の中だ。何でも起こり得るとは、理解した方がいい」


ジノの長い説明が終わる。誰も言葉を返さない。そう、現在の世界では何でもアリ…全てを納得した上で、この仕事を受けたのだ。最も、陽子が理解したのは別な意味でだが…そして、自身は今、目の前の光景により、身をもって体験する事になった…



 「ヤマ、一体、どうした?」


イタの声に、頭を抱えていたヤマが不意に顔を上げた。


「お、お前…」


ドウが悲鳴を上げる。彼の顔面は血に塗れ、本来、眼球がある所には2つの黒い穴が空いていた。そのままヤマだったモノは驚く仲間達に両の手を突き出し、

ゆっくりと歩みを進めてくる。


血塗られた目玉は手の中に納まり、本来の視力の役目を補っているように、

ぐりぐりと辺りを睥睨していた。


「ど、どうする?」


「馬鹿野郎!撃て!イタ」


いつもとは別人のような声でアマが拳銃を抜き、続けざまに弾丸を怪物に撃ち込む。弾かれたようにイタとドウも銃を抜き、射撃に加わる。


「駄目だ、全然効かない。頭も心臓にも、だいぶ撃ち込んだぞ?何で死なない?」


「目だ。ヤマの持ってる目を撃て」


アマの声が終わらない内に、ジノが突撃銃を撃ち、2つの目を綺麗に撃ち抜く。


「や、やったか?」


「止せっ!イタッ!近づくなぁっ」


ジノの制止は届かなかった。ゆっくり崩れ落ちるヤマの肉塊に近づくイタは、相手の口から噴水のように吹き出された大量の赤黒い反吐をモロに浴びる。


「うあああああ、ああああ、こ、これ何だ?…熱い、熱いよぉっ」


「イタッ!オイッ、水だ。ドウ、急げ」


慌ただしく動き回る仲間達の中で、陽子は車内で1人震えていた。ヤマが怪物になった事に恐れたのではない。彼女が見た未来と全く違う事に恐怖が芽生えた。


この能力が開花した時から、自分の予想が外れた事は無かった。それが通じない。一体どうすれば?


車のドアが乱暴に開かれる。動物のように、ビクつかせた自身の肩を乱暴に掴んだジノが彼女の体を一気に車外へと連れ出し、耳元で怒鳴る。


「説明しろ!これも、お前の見た未来か?」


答える事など出来ない。そんな陽子をイラついたように、先程より、強く揺するジノは彼女の目元に、赤錆びた溶接工(?)の被るような作業マスクを突き付ける。


「これ、何?…」


「しらばっくれるな。魔女め。白雲は見抜いていた。俺達は能力者連中との戦いに馴れているからな。だが、コイツは、このマスクがここに実際にある事までは想定外…だから、

教えろ!この後、どうなる?」


「わ、わからない、私が見た未来とは…全然、違う」


あまりの剣幕に、本当の事を言ってしまう。ジノは嘘かどうかの指摘をする余裕も無いと言った表情で、熱に浮かされたように喋り続ける。


「こちらが、お前達に隠していた事がある。あまりに荒唐無稽でな。だが、事実だった。ここがREDRAMと呼ばれた本当の理由はもう一つあるんだ。行方不明者達の何人かはいなくなる前に家族や友人に連絡していた。そこには…」


ジノの言葉が止まり、崩れ落ちる。手元から落ちたマスクに顔を埋める形となった彼の背中には、誰かの手が槍のように突き刺さり、そこに収まった目がこちらを凝視していた。


声も出ない陽子の前に、片腕を無くしたイタが立つ。残った手で顔を弄繰り回す彼は、妙に明るい調子で喋りだす。


「ヨーコォッ、さっ…きまではぁっ、熱かったけど…今はぁ…穴のおかげで、通しよくなったよ~?」


“ほら”と言わんばかりに自分の目を差し出すイタに、堪えきれずに悲鳴を上げる彼女を

車内から伸びた手が中に引き戻す。


「ア、アマ!」


「逃げるぞ!ヨーねぇ」


短く伝え、ハンドルを握るアマに、窓を突き破ったヤマが襲いかかる。


「ウワアアアア、ヤマ、止せ!止せぇえええっ」


絶叫するアマを置き去りに、陽子は反対側のドアから飛び出す。手には金と書類の入ったバッグを持つのを忘れない。ゴミが散らばる地面に足を付けた自身の動きは、そこで止まる。


「何なの、これ?…さっきまでは、何も、いなかったのに…」


ヤマやイタと同じような怪物が辺りから姿を現し始めていた。全員が両の手に目を携え、陽子を見ている。


立ち竦む陽子の隣で、突撃銃の乾いた発砲音が連続して響き、車の傍の怪物達を吹き飛ばす。


「行くぞ!」


ジノの突撃銃を構えたドウが、陽子の手を取る。そのまま、先程、自分達の入ってきた方向に逃げようと、体を向けるも、ユラユラと蠢く大勢の影を見て、すぐに立ち止まった。


「駄目だ…向こうも奴等でいっぱいだ」


「建物の中へ!そっちは、まだ少ない」


陽子の声にドウが突撃銃の乱射で呼応する。まだ死ぬ訳には…いや、死にたくない。それが2人の共通した思いだった…



 「クソッ、弾切れか」


突撃銃を投げ捨てたドウが腰から拳銃を引き抜く。陽子もバッグの中に1挺とアマが落としたモノ、計2挺の内の1つを構えた。2人は今、施設内の食堂だったような場所に、身を隠している。しかし、ここも長くはいられない。建物のあちこちから、呻き声のような鈍い音と自分達を探す複数の足音が反響している。


「何なんだ、クソッ、アレはよ…」


「わからない。私の予報でも、こんな事出てなかった」


精一杯、苦渋に満ちた表情を演じる予定だったが、今は本心からだ。

そもそもここにいるべきはドウではない。アマの筈だし、混乱のせいか、いくら念じても、先の未来が見えてこない。一体、どうすれば…


「ホントにか?…」


驚くほどの低い声に、我に返り、ドウを見る。血走った目がこちらを睨みつけていた。


「さっきの、ジノとの会話が聞こえてねぇとでも?お前、こうなる事わかってて、俺達を、この仕事に誘ったんだろ?仲間を生贄にするつもりでよ」


「ち、違う」


「じゃぁ、そのバッグは何だ?アイツ等の依頼の品も、俺達の金も全部持ってきやがって…

オマエをヤマが仲間に入れた時から、こうなるとずっと思ってた。クソッタレの化け物が…」


ドウの言葉を否定できない陽子を庇うように、非常に良いタイミングで、ヘリの爆音が室内に響く。ジノが死ぬ前に連絡を入れてくれていたのだ。良かった…これで助かる。


後は目の前のドウを何とか誤魔化して…


彼に注意を向けすぎた自分を呪いたい。不意に背後から何かに抱きつかれ、そのまま床に倒れる。手にした銃は何処かに飛び、衝撃で舞った埃には、覚えのある香水、この臭いは…


「ア…アマ?」


「あだぁあありぃぃい~」


呂律の回らない声に振り向けば、両目から蛆のように蠢く赤黒い何かを垂れ流したアマが自身の腰に血泥に塗れた頬を擦り付けていた。


「い、いや、助けて…」


埃だらけの床を、のたうち、助けを求める陽子の眼前に銃が投げ捨てられる。


「ちっ、バッグの中に、もう1挺隠し持ってやがった。いざって時はこれで俺を撃つ気だったのか?ああっ?」


不機嫌な声を露わに、陽子のバッグを抱え直すドウは油断なく、自分に銃を向けながら、ゆっくり出口へ後退していく。置いていかれる訳には…懇願するように、手を伸ばす。


「ドウ、お願い…妹がいるの。今度の報酬で一緒に暮らせる…だから…」


偽りのない、本当の話だ。しかし、ドウは呆れたように首をすくめ…


「お前、この後に及んで…まだ……知るか、テメェで始末つけな」


と言い放つと、足早に食堂を後にした。


「そんな…」


呆然と出口を見続ける陽子の背を不快な感触が走り、アマだったモノがゆっくりと這い上がってきた…



 「ふざけんなっ、クソッ」


廊下も奴等でいっぱいだった。こんな事なら、あのクソアマに1挺渡すんじゃなかった。ドウは重いバックを肩に背負い直すと、構えた銃を、近づき、目玉を収めた手をひっかくように動かす化け物の群れに浴びせながら、屋上を目指す。


広場に出れば、このゾンビもどき共の餌食だ。そうなると、ヘリから縄梯子なり、ロープなりで拾ってもらうしかない。


古ぼけた案内板の隣に階段を見つけた。奴等の姿がない事を確認し、

一段飛ばしで駆け上がっていく。もうすぐだ。もうすぐで、

ここを抜けられる。本当にヒドイ仕事だった。大金が手に入るとはいえ、


危険すぎる話だ。金を盗む所まではいい。だが、その後は最悪…

目ん玉くり抜きゾンビ共に襲われるなんて、三文小説もビックリだ。


オマケにアイツ等は何だ?銃弾を喰らい、体中に穴空いてるのに、まるで“気持ちいい”なんて感じで顔綻ばせやがって、いや、違うか?顔崩れてるから、そう見えただけか…


化け物になった仲間達の顔が浮かぶ。俺は、そうはならない。絶対にだ。もう少しで…屋上のドアが見えてきた。体が熱くなる。やった。後、もう少しだ…も‥少し


ドアを血だらけの手で開ける。奴等の返り血だ。散々、喰らわせてやったからな。こん畜生め、拳銃は何処だ?


まぁいい、構う事はねぇ。もう、豆粒くらいだったヘリがすぐ傍だからな。バックを頭上に掲げて見せる。


ヘリが目の前でホバリングを始め、ゆっくりと旋回していく。オイッ、何やってんだ?まさか、開いたドアに飛び込めと?馬鹿言ってんじゃねぇ!上げた声が言葉にならない。


そうこうする内にランボーが持っているようなデッカイ機関銃をこちらに突き出した迷彩服の銀髪幼女…確か白何とかと言うガキが真っ直ぐ、自分を見つめ、引き金に指を掛けるのが見える。


(何だ、一体何しやがんだ?俺は化け物じゃねぇぞ?)


全身を掻きむしりながら、ドウは叫ぶ。だが、相手は微動だにしない。ヘリのパイロットもこちらを指さし、叫んでいる。あれは、何て言ってんだ?


“撃て、撃て!”


冗談じゃない。俺はアイツ等じゃねぇっ、確かに体は暑くてかゆいが、全然、問題ねぇ。いや、それとも血を浴びただけで駄目なのか?映画じゃ、大丈夫だったぞ?


体を確認してみる。ボディに足、手に、腕は問題ない…?…腕の血を拭う…

薄っすらと横一閃に入った切り傷、すぐに血が滲んだ。


ここに来るまでに奴等のひっかき傷、躱したと思ったら、

躱せていなかったって事か。そうかぁっ…ハハッ、だったらいいや。バッグを階段に放り投げた後、試しに指を片目に突っ込んでみる。


…気持ちいいっ!…もう1本、もう2本、5本の指全てが収まる頃、目玉が綺麗にまろび出た。ああっ、こーゆう事だったのか…奴等の嬉しそうな理由は…素早く繰り抜いた、もう片方の目も手に乗せ、


自分から離れていくヘリに両手を広げた刹那、12.7ミリの高速機関砲弾が

ドウの全身を貫き、彼が生涯感じた事の無い快楽を、その人生の終わりと共に

味わった…



 「へぇええへ、ヨ~ねぇ、気持ちいいよぉ~」


穴だらけになりがら、払い除けた後も、こちらに這いずってくるアマに銃弾を

続けて撃ち込む。


片方の目玉を撃ち抜いただけじゃ、駄目だ。もう片方の手は奴が懐に仕舞って、弾が当たらない。


「えぇええへえへ、ヨ~ねぇは見なくても、匂いでわかるよ~いいニオイだ~」


笑い、手を伸ばし続けるアマだけに構う訳にはいかなかった。

食堂の入口からは他の化け物達の迫る音が響く。


急いで、これを片付けなければ…空になった銃を捨て、床に落ちた、もう1挺を拾う。いくつ、詰まってるかは知らないが、最後の1発、いや、戦う術が無くなるまで諦めない。


酷い人生だった…子供を育てる気のない母親は父を幾人も替えた。その相手全てが自分達に暴力をふるった。幼い妹を守るために、抵抗し続けた日々の中で、自身の能力に気づいた。


それを駆使し、妹だけを施設に預ける事に成功する。何度も変わる父は、皆、事故死…

母親は偶然すれ違った、何処かの通り魔に殺された。後は自分が金を持って、

彼女を迎えに行くだけ…


だから…


「死ぬこたぁできないよなぁあっ!」


場違いに等しい大声が響き、這いずりアマの体が、隠した腕ごと、踏み砕かれる。


「コイツ等は体全体が動かないくらいに粉砕しないと、止まらんようだぜ?お嬢さん!」


お嬢さん?彼は何を言っているのだろう?そもそも死んだ筈では?

現に、腹の真ん中、貫かれた穴に、向こう側の景色が映っている。


「ジノ、一体何故?」


「ジノ、ああ、俺の事か?まぁ、細かい事は気にするな。お嬢さん…」


ジノではない事を確信した。では、一体、誰?何だと言うのか?


しかし、問いただす暇を、敵は与えてくれない。出口に、壁を突き破り、何体もの奴等が現れる。


「走ろう、ヘリはまだいるから!」


「そうだな。じゃぁ、行くとしよう」


笑うように、頷くジノより先に走り出す。飛び込んできた新手を拳銃で撃ち抜き、踏み越え、廊下に飛び出た。


食堂からは相変わらず、別人のようなジノの笑いが聞こえている。最早、人間ですらない事は明白…それなら…


「アタシだけでも」


呟き、歩を進める陽子に、怪物達が手のひらを掲げ、迫ってくる。収められた目を撃ち抜き、混乱する敵を除け、通過した。血と黒の塊が蠢く視界の中に、脱出への糸口である階段が見える。後、もう少し、もう少しで…


乾いた銃声と腹部に焼け火箸が突き付けられたような痛みが走り、そのまま崩れ落ちた…


「だぁれも~、こっから、に、にににがさねぇっ」


舌ったらずの言葉で、イタだった怪物が白煙登る拳銃を構えていた。両の目は、口元に挟まっている。


こちらも銃を持ち上げるが、痛みのせいで引き金が動かない。もがく陽子の前で、イタの銃がゆっくり動き、頭に狙いを定めた。


「ハイ、自分の団子は仲良く、口ぃ収めてなー」


前触れなく、陽子の背後から飛び出したジノが相手の顔面を掴み、口を嚙み合わさせた。眼球の潰れる嫌な音と共に、頭を喪失したイタが床に転がる。


ジノのおかげで道が開けた。陽子はゆっくりと立ち上がるも、すぐに膝をつく。駄目だ。この傷では歩けない。せめて、手を…人ではないが、この際、気にしてられない。ドウにしたのと同じように、目の前の異形に手を伸ばす。


気付いた相手が面白そうな顔でこちらを見た後、おもむろに手を取る。

感謝を示した刹那、相手の顔が残忍に歪み、


自身の手が枯れ枝のように、いとも簡単にねじ折られた。


「っ!?ああああああー!」


痛みに泣き叫ぶ顔と大笑いするジノの顔面が沿うように平行移動する。


「アハハハハハハ、何だ?ちゃんと血の通った人間なんだな?可愛い声、

上げるじゃねぇか?こりゃ手ぇ潰した甲斐があったな」


「て、てめぇっ!畜生…」


怒りと痛みのあまり、ヒドイ言葉遣いに加え、血を止めていた手を離してしまう。だが、その手は先程、折られた弾みに落とした銃を素早く拾い上げ、ジノの顔に突き付ける。


「ア、アタシを連れてけ。じゃないとお前の…」


「頭を吹っ飛ばず、いや、すか?いいねぇっ、その感じだ。信頼する仲間を肥しにしてまで、生き残るんだろ?ここはそーゆう奴が生き残れる場所だ。でないとこうなる」


言葉終わりと同時に、引き金を弾く指が引き鉄とは逆方向に捻じ曲げられる。再び上げる絶叫にジノが腹を抱え、床を転げまわるのと、


その上にのしかかった陽子が折れてない2本指を、血塗れの顔面に這いずりまわらせ、相手の両眼を突き潰したのは同時だった。


「オオッ!?ハハ、やるな、なな、油断したぜ」


両の目を潰されてるのに、全く気にしてない感じのジノが呑気に答える。呂律の回らない口元からは腐臭が漂い、連中にやられたのか?顎は今にも外れそうだ。


“コイツは死んでいる。死んでいるけど、動いている。ここに蔓延ってる奴等と同じ。だが、違う所があるとすれば…”


痛みに鈍る思考を落ち着かせ、口を開く。


「よく聞いて、このままじゃ、2人はお終い…あいつ等は私達より、数が多い。ヘリの音は‥‥(認めるのは辛い)‥‥聞こえなくなった。生き残れる方法は一つだけ…私の提案聞くつもりある?」


努めて冷静な声を終え、相手の反応を待つ。そもそも死んでいる奴に、

生き残る術を持ちかけるなんて、通じる可能性は低い。だが、この地獄を楽しんでる風な化け物…余興に付き合う度量はあると見た。


こちらの予想は当たり、自身の下に寝そべる怪物はニヤリと、その外れそうな口を歪めた…



 「白雲、燃料が少なくなってきた。戻るなら今だぞ?」


2人の操縦士の内の1人が緊張した様子で、こちらを振り返る。


「…後、10分、待つ」


銃床を肩からずらすガナーの少女、白雲はゆっくりと答え、思考を巡らすように機外に視線を逸らしていく。


現状としては、屋上の化け物なりかけ、強盗団の1人以外の生存は確認できていない。メンバーの1人であり、仲間のジノは優秀な兵士…


簡単に死ぬ筈はないと思うが、眼下に広がる光景は、その期待すら絶望に変えるに充分過ぎるほどだ。返事に応じるパイロットの様子からも、それがわかる。


「了解、でもよ、白雲…こう言っちゃぁなんだが、こんな濃霧、見たことあるか?俺は地獄を覗いている気分だぜ?」


回収ポイント全体が赤い霧のようなモノに包まれていた。連絡を受け、屋上の化け物を始末した時から、この状態…その毒々しい色合いは、外部からの侵入を絶対に許さない警告色だ。ヘリも高度を上げたままで待機するしかない。


だが、強盗団の女性…未来予知の出来る彼女は、そう簡単に死ぬとは思えないが…

あれは、あの目は、生き残るためなら、どんな事でもする目だ。かつての自分と同じ…


だから…


「白雲!」


もう1人の操縦士が霧を指さす。顔を向ける白雲に、聞くに堪えない、嫌な笑い声が響いてきた…



 「次は、10秒後に左側から2体、縦に並んでる。後列は目玉を咥えて、椅子持ち、注意して!」


「あーいよ!了解~」


陽子の指示に、怪物は日曜大工でもやるように、左から現れた2体の先頭の頭を、腕で薙ぎ潰し、後列の敵が繰り出す椅子を巧みに避けると、片手に持つ棒で顔面を突き刺し、絶命させる。


「手ごたえあり、多分、死んだ、よな?…(陽子に答える予定はない)ハハ、

お次は何処だ?お嬢さん」


両眼から、血を垂れ流した顔がこちらを向き、楽しそうに口を開く。陽子は目を閉じ、予報を行うために気持ちを集中させる。


目が見えないが(問題はなさそうだが)敵を倒せる、ジノの顔をした怪物を前にして、自分は未来予知を駆使し、周囲から襲い来る敵を予報し撃退する戦法は、今の所、相手に有効だ。


「まだか?」


「待って!次は…」


脳裏にぼやけた映像が浮かんできた。後、もう少し…陽子の能力は、本来なら長い瞑想を行い、そこから長期的な事象を予測するものであり、短時間に連続で能力を使うには肉体に相当の負荷をかける事になる。


しかし、敵は建物の至る所に潜んでいた。集団で足音を響かせ、向かってきた

奴等は目視で伝え、全て怪物に始末させている。その結果として、

築かれた屍の山から、敵も学んだのか?


攻撃を、待ち伏せや奇襲に切り替え始めていた。これに対抗するため、彼女の能力を使い、戦う形となった訳だが…


「視えた。この次、約30秒後に、廊下を抜けて、ホールに出る。2階の階段から、敵が降ってくる。数は4体、1人はアンタの腕にかぶりつくから注意して」


「オ~~」


頷く怪物の体はボロボロ、陽子と同じか、それ以上だ…左手は敵を殴りすぎて、指が2本しかない。補うために持った、手製の金属棒は先が真っ二つに割れ、後数回の攻撃でガラクタ確定だろう。


所詮は死体、いくら俊敏に動き回っているとはいえ、死後何時間も経った肉体は、やがて朽ちる。怪物が倒れる事即ち、陽子も終わる事を意味していた。気まぐれで折られた指は銃を撃つ事は不可能…互いを利用し合い、何としてでも、外にたどり着かなくてはいけない。


そう考える間に、自身の予知は寸分違わず、また、怪物も抜群の安定力で雨のように、肉片と血反吐を撒き散らし、降りてきた敵を粉砕する。


「ふぅ~何だか、お嬢さんの予報があると簡単すぎて、つまんねぇけど、まぁ、良しとするか…」


足元で蠢く死骸を軍用ブーツで、名残惜しそうに踏み砕いた怪物が、退屈そうに足を揺らす。


「とりあえずは、それで終わり…後はこのまま、出口から外に、その先は…まだ、視えない」


自身の足元に血が数滴の跡を残す。敵が上に?身構える姿が散らばったガラス片に写る。ああ、違った。これは…


「どうした?怪我したか?」


怪物が手探りで傍に近づく。血の匂いを嗅ぎつけたか?流石としか言いようがない。しかし、本当の事は言えない。助けや手を貸す代わりに、頭を潰されるだろう。


「大丈夫…少し疲れただけ」


「そうか?なら行こう」


何事も無かったように、前進を再開する穴あきの背中を見つめ、陽子は目と鼻から流れる血を拭い、後に続いた…



 「ヘリから連絡、回収地点REDRAMは、現在、赤身を帯びた濃霧により、着陸不能…無線も通じません。また、生存者及び、こちらの回収物に関しては一切不明の状況が続いています」


部下からの報告に、アンチ・オータ極東支部の担当者はPC上に表示された資料を見る。


「何やってんです?呑気に構えてる場合ですか!?」


「彼等が課せられた試練を全て踏破する事が出来れば、或いは…」


「はっ?」


訝る部下にPCに表示されたモノを見せる。


「回収地点について、色々調べた。施設自体は昭和に建てられた大学校舎、周りは一面、田んぼを見下すノンビリとした丘…


しかし、時代を遡ると、それは大正、明治までの話、江戸時代は罪人の処刑場…丘に続く道は死体がゴロゴロ&晒し首の街道が続いていたようだ…


本来、そう言った、人がやらない、あまり目にしたくない…もっとも、ヨーロッパは大衆娯楽として盛んだったみたいたが…


話が逸れたな。嫌われ者の地、穢れの地として選定される場所は、それなりの要因がある…まず、人里離れている事や広大なスペースもそうだが、一番大事なのは“似たような前例を持つ場所”って事だ」


黄色く変色した紙のような画像データを拡大する。


「古い記録だ。見つけ出すのに随分、時間がかかった。回収地点の大学に所属していた学者が調べている。あそこは極東における太陽神信仰の祭壇として使われていた。


古代マヤ、アステカ文明にも同じモノがある。その系統が分派してここまで来たと考えているらしい。目的は?どうやってここまで?わからねぇよ。昔は海流も違ったし、地続きのとこもあったって話だからな。


食糧いっぱい積んで、南米辺りから頑張ったのかもしれないし、いろんな船に奴隷として回し買いされた奴が偶然、この島国に辿り着いた可能性もある。


ただ、学者先生は古代文明の遺物や壁画、地上絵なんかに時々現れる、大きなマスクとか潜水服着た連中が関係していると睨んでいる。


シュメール人とかはその最たるモンだってな。連中は神として、当時の文明に迎えられた。人々は神に時折生贄を捧げ、豊穣や成人の義を祝った…


やがて、神が文明から去る時が来た。その後の導き手、担い手を決める手段を彼等は残した。それは凄惨極めるモノだった。多くの屍を築き、やがては、屍だったモノ、かつての仲間も蘇り、襲いかかる事もあった。生き残った者だけが、神に近い存在になれる。


だが、時代が進むにつれ、そう言った儀式は異端の様相を帯びてくる。ゆっくりと人々からの意識的な迫害と忘却を得て、かの地は罪人の処刑場としてのみ、かつての名残を留めた。


そして、文明開化の、近代文明の時代には完全な消失…良い流れだ。

しかし、歴史は繰り返した。現代に入り、それを復活させようとした奴がいたらしい。


学者先生か、どっかのお偉いさんかはわらかない。或いは、現代のような狂った時代を予測し、危惧した奴が、対抗策を生み出す手段として考え出した。コイツは考えすぎか?


とにかく企みは見事に成功した。いや、成功しすぎたと言った方がいいか…」


「ちょっと待って下さい」


長い話を部下が遮る。


「今の話を聞き、現在の状況に当てはめれば、あそこは、蘇った古代の儀式のせいで、多くの犠牲者を出し、封鎖された。そんで、今もって残っている障り?穢れのようなモノの影響で、訪れた人間が皆狂って殺し合う。成程、それならまだ、わかる。


だが、あの霧は?ヘリや無線が使えなくなる程の現象を起こせますか?」


「人が狂うのは、恐らく、第1段階だな」


「えっ?」


部下の声に担当者がPCを再び操作し、短い文章の並んだ画像を拡大した。


「ジノにも伝えておいたが、あの地で行方不明になった1人が友人にメールを送ってる。


“噂の心霊スポットに到着、何か様子がヤベー、空気悪いし、スリル満点だけど、早くズラかった方が無難かも“


この時点が、第1段階だ。これだけでは儀式は始まらない。ただ、無駄な殺戮が起こるだけ、問題なのは(文章画面をスクロールさせる)


“よっさんが妙なモノ拾った。被ってみるとか言ってる。止めとけって言ったのに、埃だらけに虫湧いてる絶対、たいいいいいいい”


送った奴も狂ったな。最後のメールはこうだ。


“溶接のお面…被る…n”


このnはパニくって、ローマ字変換に設定変えちまったか、元々なのかは知らないが…“な”だろう。ある決められたマスクを被る。それが発動条件…

恐らくマスクを被った奴が儀式の裁定者、祭司になる。


あの霧は…ジノか、もしくは誰かがマスクを見つけ、被ってしまった影響で儀式が始まり、今の状況になったと考えられる。だから、全てが終わるまで介入は不可能…結界のようなモノだ。無理に入っても、儀式のある空間にはたどり着けないだろう」


「で、では、このメールに書かれているマスクと言うのは?」


担当者が画面を示す。部下の目は捜査資料のような写真データを捉える。そこには血とサビで赤く汚れた溶接工が使うマスクが写っていた。


「何度目かの事件で警察が入った時、被害者達の残骸跡に転がっていたものだ。署に持ち帰ったが、すぐに何処かに消えた。しかし、その後で起きた事件にも、同様のモノが目撃されている。これで間違いないだろう」


「何故、マスクなんですか?溶接の…」


「わからない。たまたま代用品として、使われただけかもしれない。しかし…」


喋りながら、担当者はPCを操作し、壁画や古文書に記された記録を映していく。


それらは皆、一様に何かしらの面、マスクを着けている。

強張った表情の部下に顔を向け、尋ねた。


「似てると思わんか?」


部下は何も答える事が出来なかった…



 「何これ…」


陽子は全身の力が抜けていくのを感じた。空を赤い濃霧が覆っている。

建物の外は数十体以上の奴等に埋め尽くされていた。敵全員の両手に濁った色をした目が収められ、こちらに向けられている。


そして、もっとも強烈なのは…


「あれ…ヤマ?」


異形の者達の中心地…陽子達の車があった場所にリーダーである、ヤマだったモノが立っていた。いや、ヤマだと判別できたのは、彼が着ていた服のおかげだ。


彼を一番上にした幾人もの人間が折り重なり、溶け合い、扇動し、一つのモノになろうとしている。やがて、それは巨大な頭となり、丸玉のような全体で群れの中をのたうち回った後、


いくつもの顔が重なった両眼を開け、複数の手が飛び出した咥内を見せながら、金切り声の咆哮を上げる。


「おーっ、何か牛何頭分だ?この声

スゲェ声がするけど…嬢ちゃん、お次は何だ?」


怪物の冗談交じりの問いに答える事が出来ない。持ってきた銃の弾丸は僅かだ。


あの巨大頭は恐らく、周りに蠢く他を取り込み、次は体、そして、手と足を作るだろう。

何の根拠もない推測だが、このイカレタ空間においては全てが正常だ。間違ってはいないと思う。


瞳を閉じ、能力の使用を試してみるが、とてつもない激痛で、

すぐに開く。駄目だ。鼻や耳、そして目から勢いよく吹き出る血が、

全てを物語っている。


力尽き、膝をつく自身に影がさす。怪物が真っ黒な空洞の2つ穴で自分を見下していた。こちらが口を開く前に、問答無用で立たされ、腐った手で顔面を撫で回される。


「どうも、さっきから血の匂いがすると思ったら…だいぶ出てるな?これじゃぁ、未来の予測は、もうできねぇだろ?」


怪物の声には哀れみのようなモノが籠っている。自分は置いていかれるだろう。間違いなく…だけど…


「そうだね…でも…」


構えた銃を、怪物の後方寸前までに迫った怪物に撃ち込む。腹に空いた穴を、

弾が上手に抜け、反動で折れた指に再び痛みが走る。


倒れた敵を面白そうに見た怪物が陽子に振り返り、言葉を待つように佇むが、

それ所ではなかった。煩わしそうに手を上げる。


「御覧のとおって…目は見えないか…とにかく行って、私はもう役立たず、アンタは視えなくても戦える。そうでしょ?」


悔しさで涙が零れそうになるのをどうにか堪える。見えてはないとは言え、コイツは人の弱み全てを感知しそうだ。油断は出来ない。陽子の言葉に、怪物は呆けたような顔をした後、ゆっくりと口を開く。


「ああ、そうだな。お嬢さんはここで終わりかい?」


「まさか!…這ってでも、外に出るよ。私は銃もあるし、先に行けって事…」


実際は歩くのも無理だ。だが、最後の瞬間まで、足掻く。足掻ききってやる。

運が良ければ、この怪物に他の異形共とあのデカ頭が喰いつき、逃げ切れるかも…


そこまで考え、思わず笑みがこぼれた。こんな最後の時まで、自分優先か?

全く、ロクでもない女だな。私は…ホントどうかしてる…


「そうでもないだろ?それこそが人間ってもんだ」


この化け物は心が読める。もう確信した。心なしか、嬉しそうな響きが声に出ている。恐らく自身から、諦めない姿勢を感じ取ったのだろう。


横槍を入れる相手を睨みつけるように見上げながら思う。

全く全てがイカレている。長い悪夢の中にいるようだ。早く覚めたい。


「もうじきさ。お嬢さん(最早、何も突っ込まない)全く、今度は足を撃って、俺を足止めかと思ったら、助けられた。正直、要らぬお世話だ。


裁定者が受挑者に気遣われるなどあってはならない。


まぁ、今祭礼は色々、想定外…おかげで楽しめた。そろそろ終いとしよう」


口調も行ってる事も、まるで意味不明だ。とうとう、脳みそまでやられたか?

この事態の中で一番危険な状況にハマっている気がする…


「何とか出来るの…?」


おそる、おそると言った感じで聞いてみた。それに対し、相手は軽く笑う。


「どうだかな、しかし、あれは仕掛けだ。人の弱い部分や憎しみ、その他あらゆる感情につけ込んで異形の者とする…ここにいる人間で残ってるのは、お嬢さんだけ、


アイツ等になる気は毛頭ねぇだろ?諦めてないもんな…


なら、大丈夫。奴等にはならねぇ、悪夢も終い…」


「あ、アンタはどうなの?」


思わず聞いてしまう。わかりきった答えだ。だが、聞いておきたかった。ホントに自分はクソッタレ…先程まで、コイツを利用しようとしたのに、たった一言で、心変わり…

目の前の異形に絆を…“仲間”と認識し始めている。


怪物が空洞の目をこちらに向けた。もし、心が読めるなら、自身の気持ちも伝わっているのか?顔が見えてない事に今ほど感謝した事はない。多分、今、自分は年相応の顔をしている。


「‥‥‥‥…ハハッ…全く…人間に見えるか?とりあえず行ってくら」


長い沈黙の後…怪物はそっけなく答え、目の前に聳え立ちつデカ頭、

いや、巨人になった化け物に歩みを進める。手には棒に加え、何処から出したのか?

まだ、怪物がジノだった頃に、自分を問い詰めた溶接工のマスクを持っている。


そして、怪物はそのマスクを、ゆっくりかつ無造作に被った…



 辺りの空気が変わったのが陽子にもわかる。溶接のマスクを身に着けた怪物は、こちらに歩みを進める異形の者達との距離を一気に詰めていく。


変わったのは怪物の姿もだ。ボロボロだった体は今や、筋肉が隆々とし、

背も見上げるようだ。潰れていた手の指は爪も含め、鞭のように伸び、近づく敵を寸断していく。


正面に並んだ敵は、尖った棒に捕まり、何体もの串刺しに仕上がった。両眼を突き出した手は大根のように、順繰りで引き抜かれ、地べたに這いまわった奴は全て固く太く膨れた足に踏み潰され、腐った中身を辺りにぶちまける。


その間、怪物はずっと笑っていた。いくつもの死体を踏み越え、臓物を全身に浴び、悪魔も真っ青な面構えの怪物達が上げる阿鼻叫喚の悲鳴の大合唱に負けない位の、嫌な大声で…


耳障りな笑いに負けないくらいの金切り声が響き、デカ頭が“手足無しの胴体部分”だけの体で、怪物の前に立ちはだかる。


「大きくなったな。流石、怨念の集合体、それとも、良い統率者がいたおかげか?」


恐らくヤマの事を言っているのかもしれない。怪物は笑いを崩さず、

突き刺しすぎて、折れた棒を捨て、デカ頭を迎え入れるように、体を大きく逸らす。


「いけない!」


叫ぶのと巨大な頭が落下する隕石のように、怪物へ振り下ろされたのは同時だった。響く轟音と赤い土埃が舞い、地面が大きくひしゃげる。


「嘘っ…」


短い時間の中で、怪物の狂人、強靭的な戦闘力をこの目で見てきた影響で、その死が、すぐには信じられない。


だが…他人を心配する時間は、陽子には与えられないようだ。


「今度は私の番って訳ね…」


怪物を潰したデカ頭が顔を上げ、陽子を見ていた。轟音を響かせ、巨大な敵が自分に向かってくる。


拳銃を構え、弾を放つ。1発、2発…虚しい金属音…弾切れだ。虚しさに

放った銃は乾いた音を立てず、迫ったデカ頭に呑み込まれていく。


何十、何百もの呻きが聞こえてくる。あの低いが、よく通る渋味声はヤマのモノだろうか?

自分を誘っている。1人で苦しむ事はない。皆で苦しめば一緒、だから…


(願い下げだ。勝手に、のたまってろ!)


足元の瓦礫を手繰り寄せ、一撃を加える準備と、自身の得意を使うため、目を閉じる。


一瞬だけの現実とのブラックアウト…


すぐの再開、開いた視界は赤と黒の入り混じった煽動する光景に埋め尽くされている。

陽子はまっすぐに怪物を見据え、ニヤリと笑う。


訝しむように全体を揺らしたデカ頭の動きが激しくなる。やがて、それは内部を突き動かすような爆発的なモノに変わり…


「ハッハァ、おっ待たせだぜぇえー!おっ嬢さあああん~」


爽快な破裂音と共に、中身を飛び散らせた頭蓋から、全身を赤く染める溶接マスクの怪物が勢いよく飛び出した…



 赤い霧は徐々に薄くなっていく。目の前の怪物は、何かに気づいたように

空を見上げた。陽子の耳にも、ヘリの音が聞こえている。


「生き残ったね…」


怪物は答えない。


「とりあえず、バッグ探して、報酬は山分けって事でいいよね?」


相変わらずの無言…だが、陽子は知っていた。こちらの意図を察したのだろう。怪物は口を開いた。


「視えてるんだろ…?だったら、言わずともわかるな、選ぶといい」


陽子は頷く。セオリー通りなら、この後、怪物の長い説明が始まる。ここは古代の儀礼の再現場所…試練を乗り越えた者は、人智を超えた力を得るか、それとも解放され、自由になるか…


無表情の溶接マスクが自分を見下す。陽子はそれを見つめ返し、ゆっくりと口を開いた…



 「じゃぁ、おたくは“自由”になる道を選んだという事か?」


担当者の質問に陽子はゆっくりと頷く。


ヘリの到着先には、担当者が待っていた。簡易的な手当ても待ち遠しいという感じで、連行された部屋で、陽子は全てを話す。


「そうか、いや、今回の事は申し訳ないと思っている。


依頼した仕事に加え、我々側の意図に巻き込み…酷い事になってしまった。

だが、信じてほしい。こちらにとっても、想定できない事だった。


君の話では、仲間全てが可笑しくなり、最後は、怪物化したジノが君を逃がし、彼は何処かへ消えていったとの事だな。確かに今、ウチの隊があそこを調べているが、ジノを除いたメンバー全員の死体が見つかっている。件の溶接工のマスクは見つかってない。


だが、それら全ては事前の調査でわかっていた。しかし、確証がなかった。

だから、追加の、ほんの簡単な調査のつもりで、あそこを回収地点に選んだ訳だ。

人がよりつかない利点もあったがな。それがこんな形になるとは…


どんなに詫びても、許しは請えないのは承知している。言うまでもなく、

バッグの中の金は全て君のモノだ。こちらも追加で相応の謝礼を払う用意がある」


担当者の言葉には謝罪と少しの疑念が混ざっていた。わかっている。自分には全てが見えていたのではないかと疑っているのだ。


正しいが、陽子は何も話すつもりはなかった。相手もこれ以上の追及をしてこない事は予報で確認ずみだ。


担当者は、まだ納得してないという感じで、こちらをじっと見据えたが、何も言わない。


陽子はゆっくりと席を立ち、予定調和の質問のため、口を開く。


「ところで、あの回収地点は何故、REDRAMと呼ばれているのですか?」


彼はああ、その事か?と言った顔で、口を開く。


「有名なホラー映画がネタでな。最近では続編も作られたらしい。その映画の中で

壁の落書きにREDRAMと書かれているシーンがある。一見、人の名前みたいだが、


映画の途中でこれをひっくり返して読む展開になる。そうすると、MARDER(殺人)と

読める。つまり、ポイントREDRAMをひっくり返せばMARDERポイント…


マーダーポイント(殺人地点)となる。オカルトマニア達が付けた、

ふざけた通り名だと思ったが、噂通りの場所だったって訳だ。嫌な教訓を学んだよ。我々もね」


担当者はため息交じりに締めくくり、しかめっ面を作る。

陽子は一礼し、出口に向かう。


「最後に一つだけ聞いてくれ」


担当者の声に足を止めた。恐らく、これが、彼の一番言いたかった事なのだろう。


「手当てをした者が言っていた。両腕の損傷はいずれ戻る。ただ、脳にだいぶ負担を

かけた後がある。恐らく能力を多用した事が原因だと言う事だ。


日常生活には全く問題がないと思う…しかし…」


「わかっています。未来予知の力は、もう使えないって言いたいんですよね?

自分の体の事は自分が一番よく知っていますから、覚悟も出来ています」


陽子の返答に頷きながらも、担当者は未練のある顔を隠しもせずに、言葉を続ける。


「それならいいが…まぁ、正直言って、こちらとしては非常に残念だ。その能力は今後、

非常に重要になってくる。俺達の側に、こなくても、アンタ自身、生きていく上でもな」


「いいんです」


強い調子で答える。ここからの台詞は予知を元にしたモノでなく、本心からだ。


「あの能力は確かに便利なモノでした。ですが、それがあったせいで、

私は仲間も全てを失いました。だから、結果として、これで良かったのかもしれません。


今後は静かに暮らしていきたいと思います。それに…」


相手に笑顔を向ける。


「妹がいるんです。長い事、離れていましたが、今回の報酬を使って、一緒に暮らしたいと思ってるんです」


陽子の明るい口調に、担当者はしばらく考える様子を見せた後、

この部屋に来て、初めての笑顔を見せ、外で待機していた部下達を中に入れ、

バッグを、こちらで運ぶかの提案をしてくれる。


陽子は、やんわりと辞退し、バッグを背負い、ゆっくりと体を引き摺りながら、

歩き出す。暗い倉庫を出た先は、一般の住宅地が見えていた。


そこに足を進める陽子の目は、出口に立つ、ガナーの白雲の姿を捉える。会釈し、横を通り向ける彼女に小さな声が掛かった。


「ねぇっ…」


「‥‥?…」


振り返る陽子に射るような視線が向けられる。


「本当に見えなくなったの?」


「‥‥…ええっ、何も見えない」


「そう…」


陽子の言葉に、眉を顰める白雲を無視し、歩き出す。彼女の目は正しい。

担当者に“嘘”をついたのは認める。


回収地点での記憶が蘇っていく。


陽子が、怪物に自身の選択を伝えると、相手はマスクごしに嘲るような笑い声をあげた。


「なるほど、自由を選んだか、お嬢さん。それも一つの答えだろう。

わかった、すぐに助けが来る。それに従い、ここを出るといい」


濃霧を蹴散らし、近づいてくるヘリの爆音が、2人の別れを告げていた。



「行かないの?」


「ああ、俺はここを出る事はねぇ…(少し笑う)サヨナラだ。お嬢さん」


片手を上げた怪物は、薄れゆく霧に、自らを溶かすように、歩みを進めていく。


陽子は今でも後悔している。


何故、あの時、目を閉じたのだろう?自分は何を願った?期待したのだろう?

悲しみを、涙を悟られないため?いや、怪物の笑いが意味深に見えたから?…わからない。


今となってはどうでもいい。結果として、彼女の能力は発動し、これを最後に、使えなく、いや、能力を封じる事に決めた。


その、キッカケとなった、自身の力が映した光景は…


驚愕し、佇む陽子に、赤い霧の中から、見透かしたような一言が響く。


「視えたか?」


怪物の嘲りを含んだ言葉を聞き、陽子は、妹と一緒に逃げる事を決めた。


…アイツは出てくる。この場所から…


遠い未来の話ではない。爆発と炎上、阿鼻叫喚の叫びが蔓延する街を、異形の者達が跋扈する世界が広がっている…


その先頭を行く者は、赤く錆びついた溶接工のマスクを被っていた…(終)

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