終章-2


「ゆーとさん、ただいまーっ!」

「こら、梨々花ったら!靴は揃えていきなさーいっ!」


 玄関ではドタバタと騒がしく足音がして、二人の帰宅を伝えてくれる。狭い部屋の中を反響して、エネルギッシュな声が染み渡っていく。

 夕方になって千夏さんと梨々花ちゃんが帰ってきたのだ。

 いつも通り、直接僕の部屋に。おかしな光景に見えるかもしれないが、今の僕達には当たり前の日常だ。

 初めて梨々花ちゃんを預かった時はあたふたしてばかりで、その後のなし崩し的な半同居生活にも戸惑うことばかりだった。なのに今ではこれが普通だ。三ヶ月前までは、実家を離れるまでは考えもしなかったことばかりの毎日だ。


「あっ、おりょうりしてるー。どうしてどうしてー?」


 キッチンにやってきた梨々花ちゃんが、僕のエプロンをぐいぐい引っ張る。

 そう、僕は今、絶賛料理中だ。いつも千夏さんにやってもらってばかりなので、力になりたいと思った。それで見よう見まねで肉じゃがを作っている最中……なのだけれど、いまいち合っているか分からない。こんなことなら恥ずかしがらず、初心者向けの料理本を買ってくれば良かった、と今更ながら後悔。


「凄いじゃない、悠都君!頑張ってるね!」


 だけど千夏さんは柔らかな微笑みを口元に宿し、頭をわしゃわしゃでてくれた。まるで自分の息子相手にするように、無防備に胸を押し付けてきて、ドキドキが止まらない。それに――


「い、いえ、それほどでも……。まだ肉じゃがだけしか出来ていないし……」

「ううん。あたしはとっても嬉しいよ?」


 ――真っ直ぐに褒められて、感謝されて。

 体の奥がむずがゆくなって、身をよじりたくなってしまう。

 でも、嫌な感覚じゃない。むしろもっと感じたい。

 ぽかぽか、全身が熱くなってしまう。


「それならあたしは味噌汁作っちゃうね」

「りりかはおさらはこぶーっ!」


 僕の料理に合わせて、二人は夕食の準備に協力してくれる。

 本当の家族になったみたいだ。そう錯覚しそうになる。

 千夏さんがいて、梨々花ちゃんがいて。

 好きな人がいて、好きになってくれる人がいて。

 形は違えど、僕が求めていたものが、そこにあった。


 これからの未来、僕達がどうなるか分からない。

 いつか僕の想いが届いて、千夏さんと結ばれるかもしれない。

 それより先に、成長した梨々花ちゃんと恋仲になるかもしれない。

 そのどちらともならず、別々の未来を歩み始めるのかもしれない。

 でも、僕は今の、この暮らしを大切にしていきたい。

 自分の意志で選んだ、この生活を守り抜きたい。

 奇妙で歪で、だけど温かい『幸せな家庭』を。


 テーブルの上に並ぶのは三人分のご飯と味噌汁。そして大皿に盛られた、不格好な肉じゃがの山。立ち上る湯気が、食欲をそそる香りを鼻孔に届けてくれる。

 やはり千夏さんのように上手に作れなかった。ジャガイモは煮崩れしており、調味料を入れ過ぎたことを濃いめの茶色が物語っている。料理初心者らしい、見事な失敗作だ。

 でも千夏さんは笑って許してくれて、梨々花ちゃんは手料理だって大喜びだ。

 そんな二人を見て、僕の顔もほころぶ。


「「「いただきまーすっ!」」」


 今日も食卓に、三人の声が響いた。



一旦、完。

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シンママに恋したら娘《ロリ》をオススメされました。 黒糖はるる @5910haruru

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