第23話 次のデートまで
せっかくだから夕食を食べて帰ろうと、アリオが案内してくれたのは、静かな食堂の個室だった。六人くらいが入れる部屋で、内装や照明は気分が落ち着くようになっている。暖炉には小さく火が入っている。
注文した料理が、一度に机の上に並べられた。配膳の人に邪魔されずにゆっくりとできるようだった。
薪の燃えるパチパチという音が、ときおり部屋に響く。
落ち着く……はずなのだが。
わたしが座っているのは、なぜソファーなのだろう。
暖炉に向かって、食卓とソファーが置かれている。しかもアリオが、先程のベンチのようにぴったりとくっついている。
「あの……」
「ここは、美味しい食事を取りながらゆっくりとする場所だよ」
アリオは昼と同じように、大皿から食事を取り分けてくれる。
「大神殿では、必ず誰かがいるからね。今日はずっとイシルと二人だけで過ごしたかったんだ。
ここだと、こんなこともできる」
アリオは、わたしの頬に口付けた。ひゃん、と声が出る。頬もアリオに密着している右半身も、熱い。
食事は美味しかった、たぶん。正直よくわからない。
「これはほろほろ鳥だよ。ここの名物なんだ」
取り分けてくれた肉は、柔らかかった。
コーンスープは、とろりと甘かった。野菜は、旨味がでていた。白身魚はからりと揚がっていた。
ただ、どうしても胸の動悸の方が気になる。
ドキドキするのは、くっついているせいだろうか、飲んだワインのせいだろうか。
たまにアリオを見上げると、視線が会う。わたしは慌てて目を逸らした。だって恥ずかしいじゃない。
半身をくっつけたまま食事を食べ終わり、アリオは卓上にあった鈴を鳴らした。扉が開き、配膳をしてくれた人が現れた。
「デザートを頼む。私はコーヒー、もう一つは紅茶で」
机の上があっという間に片付けられた。
「あの、今日のお店は前から知っていたのですか」
昼とおやつは女性好みの店だった。そしてこの店は男女で来るところだ。商談もできそうだが、食事をしながら内緒の話をしたりおおっぴらにしないことをするのに向いている。
「同僚に教えてもらったんだよ。イシルとデートするのに推薦の店って。ここは、こっそりいちゃいちゃするのに最適だそうだ」
わたしの顔は、いきなり火がついた。やっぱりおおっぴらにできないことをするための部屋!
「神官でも結婚できる。当然恋人がいておかしくないよね。
だけど、あまり人前でいちゃいちゃするのはやはり憚られるからね、こういう個室が喜ばれるんだよ。
まあ、いつ店の人が入ってくるかわからないから、雰囲気だけだけどね」
わたしたちの様子を気にすることもなく、お皿に盛られたケーキが配られて、飲み物も置かれた。
扉が閉まって、アリオはコーヒーを一口飲んだ。
わたしはコーヒーは甘くしないと飲めない。何も入れずに飲むアリオは、大人だと意味もなく尊敬してしまう。
そんなことを考えて紅茶を飲み、カップをおくと、目の前が暗くなった。
アリオの唇がわたしのものと重なっている。コーヒーが強く香る。片腕で頭を支えられる。唇が離れるまであっという間だったのか、しばらくかかったのか。
きっとわたしはぼんやりとアリオを見つめていたのだろう。彼はふわりと笑った。
「口を開けて」
無意識に開いたわたしの口の中に、甘いケーキが放り込まれた。
わたしは口を閉じてもぐもぐと味わう。
「美味しい」
アリオは自分も一口食べて、
「うん、美味しい」
と頷いた。
「また一ヶ月後くらいに休みをとる。今度は何をする?」
「アリオとゆっくり歩いたりお弁当を食べたいです」
「ハイキングに行こうか」
今日があと少ししかなくて、わたしは悲しかった。またアリオと離れ離れになると。
だけど、アリオは次の約束をしてくれた。きっとその次もまた、約束してくれるのだろう。
二人だけの時間は名残惜しかったが、わたしとアリオは大神殿へと帰った。
今日はいったい何回赤面したのだろう。アリオがこんなに甘い言葉を口にするとは思わなかった。
それに、口付け……。
結婚したら、どうなってしまうのだろう。怖いような、それでいて楽しみなような。
* * *
デザートに出たケーキを、アリオは侍女神官のミリアムとジュリアへのお土産に買ってきていた。
「まあ、これってあのお店ね。ごちそうさま」
ミリアムの意味深な様子に、わたしは居た堪れなかったが、アリオはまったく気にならないようだ。
「あのお店って?」
興味津々のジュリア。
「もう少ししたら、教えるわ」
ミリアムは意味深に微笑んだ。
ケーキのおかげで、彼女らのアリオへの質問はあっさりとしたものだった。結局アリオが帰ってから、わたしがじわじわと聞き出されることになるのだけれど。
大聖女エリアさまにも、いっぱい話をさせられた。隠しておきたい部分を狙って突っ込まれるので、恥ずかしくて仕方がない。
それを横で聞いているミリアムもジュリアも、二度目なのにつまんなくないのだろうか。
「赤くなってもじもじしているイシルを見ているだけで、おもしろくて」
尋ねたら、こう言われてしまった。
エリアさまは、わたしのネックレスを見て喜んでくれた。
「目が高いわ~ それはフェランが何回も何回も作り直して、やっと気に入った仕上がりになったものなのよ」
アリオが言った通りに、聖女の正装でもこのデザインなら付けておいて問題はないらしい。
奥宮で祈ると、ネックレスが光を反射して、いつもよりもさらに部屋の中が光に溢れた。その様子にエリアさまも満足げだった。
アリオは、デートの翌日大神官や大聖女と話をして、午後にフルプレヌ神殿に帰った。
「次は馬に乗れる格好をしてくるよ」
そう言って。
わたしはどんな服を着ようか。馬に乗せてもらうなら、ズボンがいいかしら。どんなお弁当を作ろうか。アリオは何が食べたいかな? わたしが作ってもいいよね。
わたしの頭はもう、次のデートのことでいっぱいになった。
「次にアリオに会えるまで、修行がんばりましょうね」
ミリアムは容赦がない。
「はい」
しゅんとして聞こえたのだろうか、ジュリアが明るく笑った。
~ 番外編3 終わり ~
ダメ姉と言われたわたし、聖女じゃないって見捨てられたから兼業しました 銀青猫 @ametista
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