第4話 目に焼き付いたあの日の姿
「で、ですよ、あかりさんと来未さんはどういったお関係なんですか?」
「うん、実は私と来未ちゃんは小学校の頃同じ小学校の野球チームに入っていてね、バッテリーを組んでいたの」
「えっそうなんですか!? 私もさすがに小学生時代の来未さんの情報は頭には入ってないです。来未さんの小学生時代ぜひお聞かせ願いたいです」
「うーん、どんな感じというか...あっでも昔から肩は物凄く強かったよ、噂が広まりすぎて誰も盗塁しなくなったくらいに。あと昔からバッティングはダメダメだったなー、何ていうか、バットの方がボールを避けているみたいだった」
「性格とか見た目とか何か変化はありますか?」
「見た目は、うん、物凄く綺麗になった、綺麗すぎて私最初誰か分からなかったもん、性格は昔はよく泣いていたけど、今はどうなんだろう」
私の頭の中に、試合後一人で泣きながら素振りをしている来未ちゃんの姿が浮かんでくる。
誰よりも打てなかったけど、誰よりも練習していたのが来未ちゃんだった。
その姿を見つけるたびに私は来未ちゃんの元に行って、打ち方を教えてあげてたっけ。
「...すごいな」
私とは大違いだ。
「えっ、何か言いましたか?」
「ううん、何でもないよ」
「でもすごいです! 小学校時代の幼なじみバッテリーがプロの世界で再会! そんなの同人誌の世界でしか起こらないと思ってました!」
「どうじんし? よく分からないけどそうだよね、奇跡みたい」
それにしても可愛い。
両手をグーに握り、ピョンピョンとその場で飛ぶ姿は、たまに動画で見る文鳥みたいだった、癒される。
「でも...私来未さんのことは存じてたんですけど、あかりさんについては全く知りませんでした。一応ドラフト候補はほとんど全員調べていたのですけど...」
少し申し訳なさそうだ。
本人の前でそれを言うのは気が引けると思うけど、正直者で嘘がつけないんだろう。
それもまた可愛い。
「仕方ないよ、私ほんとはプロになる気無かったし、プロ志望届出したのも期限ぎりぎりだったから」
「あっそうなんですか、出身校はどこなんですか?」
「新潟県の二条東高校って所だよ、県立だし全然強くないから知らないと思うけど」
「すいません勉強不足で、知らないですね...」
「それが普通だから大丈夫だよ、気にしないで」
「いえ! それではドラフトオタクの名がすたります! 今から調べさせていただきます」
そ、そこまでするんだ
その行動力と好奇心に若干苦笑いになっていると、後ろからいきなり話しかけられた。
「ねえあなた、さっき二条東高校出身っていってたわよね」
「ええ、そうですけど」
「まっ、松永 静羅さん!」
「あら、私のこと知っているの?」
「ええ知ってますとも! 明声大学で5期連続ベストナインを獲得された好打者です! 守備力も高くてドラフトオタク達の中ではかなり有名な選手です!」
「ありがとう、でも私、育成選手契約なんだけどね」
「いえいえ、松永さんの力ならすぐにでも支配下になれます! 私が動画で見ていた打撃もほんっとうに天才的で美しかったです!」
「...そう、ありがとう」
すると、これであなたとの会話はおしまいといった感じで視線を私に動かしてくる。
「話を戻させてもらうわね、あなた二条東高校出身って言っていたけど、もしかして今年の夏の1回戦、越中高校と戦っていた時の先発ピッチャーってあなた?」
「ええ、そうですけどどうして」
「私の妹が越中高校で4番を打っているの。その試合の日は私オフだったから新潟まで見に行ったの」
「越中の4番...あっ、思い出しました、確か1球場外までファールを飛ばされました。あの時は本当に心臓が止まりそうでした。でもあの子凄かったです、今まで対戦したバッターの中で一番雰囲気がありました。何というか吸い込まれそうな感じというか。あっ静羅さんとお顔も似ていました、とってもかわいくて」
「今私が聞きたいことはそんなことじゃないわ、あなた何で、何であんな高校にいたのよ」
「えっ」
「バックネット裏からあなたの投球は見させてもらったわ...正直言って素晴らしかった。そこまでストレートは早くないのに、なぜか越中のバッターみんなが振り遅れていた。それだけじゃない、変化球、あなた何球種持っているの? 私が分かっただけでも6球種はあった。コントロールもそう、逆球がほとんどなかった。高さと横を同時に間違えることが一度もなかった。あなたみたいなピッチャー初めて見た」
「ありがとうございま」
「だからこそ、どうして今まで全く知られていなかったのか、どうしてあんな弱小校にいたのか、そしてあなたがもし最後まで投げていたら...あの子は打てたのか、それが知りたいの」
「それは...言えません」
「どうして?」
「どうしても...私が言いたくないんです」
ごめんなさい、そう小さく謝ることしかできなかった。
頭を下げた私に静羅さんも少し驚いたようで
「いえ、別にいいわ。他人の過去を詮索する趣味はないもの」
「ごめんなさい」
「では」とだけ言って、静羅さんは私の前から去って行った。
あとに残された私を見て、三水ちゃんがスマホを隠しながら
「あかりさん、大丈夫...ですか?」
と元気づけようとしてくれた。
正直言ってすごく嬉しかったし、助かった。
「大丈夫だよ三水ちゃん、もうすぐみんな別の部屋に集まることになっているから私達も行こうか」
「はっはい分かりました」
一緒に控室を出る時に思った。
「ごめんなさい静羅さん、三水ちゃん。これは私が話したくないことなの。でも、でも多分いつか話さなきゃいけなくなる。それがいつか分からない、でもその時まで、私は私だけで過去と向き合わなきゃだめなの。私は、私は」
「野球を続ける資格なんて無かったの」
一話に一人、選手プロフィール
松永 静羅(まつなが せいら)
21歳。中堅手。右投げ左打ち。身長155cm
誕生日1月26日
遠投115m。大学通算3本塁打。50m5秒9
大泉高校(宮城)→明声大学(東京)。2020年育成ドラフト1位
所属球団、越後ホワイトスターズ
暗い青色のロングヘア―が特徴。
言葉遣いや行動が丁寧で、育ちの良さが伺えるが、悪いと思った所や疑問点は一切妥協せず、他人に対しても指摘しなければ気が済まないタイプ。
明声大学は2部リーグだったが、松永はそのリーグで打ちに打ちまくり、なんと5期連続でベストナイン。最多安打と首位打者も1度づつ獲得。
しかし2部リーグでの成績だったことからドラフトでは育成指名という結果だった。
U18日本代表でもクリーンナップを打っている妹に、様々な感情を抱いている。
好きなもの、妹
嫌いなもの、妹
そのマウンドに願いを 夢伊(ムイ) @ibuki99
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