記憶抜きとりのイタズラ

ねすと

記憶抜きとりのイタズラ

 記憶抜きとりのイタズラ


ーー 1 ーー


「……あれ、あたしたちなんでこの公園に来たんだっけ。覚えてる?」


 と、女が言った。


「んーと……あれ、なんだったっけ。オレも思い出せねえ」と隣にいる男が返す。


 なんだっけなんだっけなと言い合っているカップルを見て、オレはほくそ笑んだ。うはは。成功だ。今日も記憶抜きは調子がいい。


「まあ、忘れるくらいだから、どうでもいいような、大した用事じゃなかったってことだろ」


「そうよね。ねえ、いい天気だし、このままちょっと散歩でもしようよ」


 おー、お熱いことで。


 何となく腹が立ったので、そのカップルの前ギリギリを横切ってやった。「おわっ」とか言いながら男がよろめき、かと思えばものすごい形相でオレを睨んでた。だが、追いかけても無駄と分かったらしくすぐ女に向き合い、今のことを忘れるように楽しげに離れていく。


 全く、オレもしてみたいねえ、恋ってやつを。


 なんてことを思いながらカップルの後ろ姿を眺めていると、気分がくさくさしてきた。せっかくイタズラが成功して気分が良くなったっていうのにイケないイケない。


 これじゃもう一人くらいイタズラしないと、落ち着かないじゃないか。


 そう思い公園内を見渡すも、平日の午後に人なんてあまりいない。いても老夫婦や赤ん坊を連れたお母さんくらいだ。オレの記憶抜きは人は選ばないが、そんな人を選んだとしても面白くない。もうすこし待てば学校帰りの学生や営業マンが通るであろうが、そこまで待つ気はならなかった。


 と、その時。さっきカップルが向かった方角から、おばさんが一人走ってくるのがみえた。ランニングしているのではないのは明らかだった。ずいぶん遠くから走ってきたのか、顔はもちろん、着てる服まで汗だくである。


 なにをそんなに焦っているのだろう。メイクまで流れているのに走るのをやめないなんて…………。


 気になっちまうじゃんか。


 オレはおばさんに狙いを定めた。


 能力発動。


「……あら?」


 記憶抜きは数秒で終わる。おばさんは足を止めると、今いる場所を確かめるようにキョロキョロと辺りを見渡した。


「……私、どこに行こうとしてたんだっけ?」


 息を切らしながら頬に手を当て考え始めたとき、いまの自分の姿を思い出したらしい。年甲斐もなく汗だくになっているのが恥ずかしくなったのか急に顔を赤らめると、顔を隠しながら元来た道を走っていってしまった。


 うはは。せっかく走る理由を忘れさせてやったのに、結局また、走らせちゃったな。


 しかし、あのおばさん、なにをそんなに慌てていたのだろう。これがトイレに間に合わないだとかならケッサクなんだけどなあ。


 おばさんが見えなくなったころ、オレは人気のない場所まで移動し、ベンチ裏の草むらに身を隠した。ゆっくりと集中し、さっきのおばさんから抜いた記憶を探す。


 といっても抜いた記憶は他の記憶とだんだんと混ざっていってしまうため、完全に復元はできない。さっきのおばさんの顔を思い出しながら、四つ葉を見つけるような感覚で記憶を探っていく。


 ……あった。


 あのおばさんの顔を覚えていてよかった。結構遠目だったので怪しかったが、さっきの若者二人がおばさんとすれ違っていたのもあって、それを頼りに見つけることができた。


 これを再生すれば、慌てていた理由もわかるだろう。


 さてさて。


『ーーもしもし、タチバナです』


 記憶は電話に出る所から始まっていた。ふーん、とすると、トイレではなさそうだ。誰かに呼び出されたのだろうか。


 けれど、あんなに急ぐ用事っていったい?


『ああ、タチバナ君のお母さんですか?』


 電話の相手は男性だったが、なんだか少し様子が変だった。機械を通しているような声だった。


『……そうですけれど、どちら様でしょうか?』






『落ち着いて聞いてください。


 お宅の子どもを預かった。


 返して欲しければ、金を持って指定した場所まで来い』




 


 

ーー 2 ーー

 

 誘拐された子どものいるアパートまで来てみた。


 あの電話がイタズラであることを願い記憶の再生を続けていたのだが、どうやらわかったのは本物らしいということだけだった。急いでいたのは、あの公園にいる受け子にお金を渡すため。それをオレが邪魔しちまったというわけだった。


 しかも、運が悪いことに、まだ金を渡す前だったらしい。


 ……ヤバイ。罪悪感で押しつぶされそうだ。


 見上げるアパートは、プレハブの方がマシなんじゃないかってほどボロボロの木造で、三輪車がぶつかっただけでも倒壊しそうだった。鉄製の階段は錆びに錆びて、今この瞬間にもチリとなって減っていっているようなくらいだ。


 犯人はそのアパートの二階、一番奥の部屋にいるらしい。ちょいと裏に回ってその部屋を見てみるも、カーテンがしっかり引かれていて中は見えない。子どもの姿が見えれば記憶を抜き、犯人の数くらいはわかるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。


 オレは表に回り、犯人の部屋の前に行った。インターホンは……ある。しかもカメラはなく、音が鳴るだけのタイプだ。


 オレはインターホンを押した。


 ドタ、と中で音がする。古いせいか防音なんて言葉もなく、だいぶ音が響く。きっと廊下も歩けば誰が来たのかわかるくらいひどい音がするのだろう。


 念のためドアの後ろあたりに身を隠していると、 ゆっくりとノブが回った。慎重なのか、開いたのはほんの少しで、隙間から誰がきたのか探しているようだった。


 まだダメだ。はやる気持ちを抑えながら息を潜める。さらに大きくドアが開き、中から男が顔を覗かせたとき、オレはすかさず能力を発動した。


「……あれ?」


 男は一瞬空を見上げ、首を傾げつつ中に戻った。オレを見られたとしても、その記憶も抜けたことだろう。本当は誘拐の記憶ごと抜ければ一番いいのだが、オレの能力は忘却に近く、消去ではない。


 今の一瞬忘れたとしても、部屋の中に子どもを見れば思い出すだろう。


『誰だった?』


『誰もいねえ。イタズラか、インターホンの誤作動か?』


 部屋の中から声がする。会話しているということは一人ではない、ということだ。さっき抜き出した記憶を辿ってみると、中にいるのは男二人、ということがわかった。


 二人か……。同時に記憶を抜かないと、一人が忘れても、もう一人がいる限り無駄ということだ。どうにかして二人同時に部屋の外に出さないと。


 さらに記憶を辿る。


 部屋の間取りは1LDK。その一番奥の部屋に子どもが閉じ込められている。どうやらさっきの窓がある部屋のようだ。縛られたりはしていないようだが、窓は開かないようにしている。もしそうでなければ縛られたり猿轡をされていたことだろう。


『そろそろ時間だが、連絡はあったか?』


『いや……まだないな』


 部屋のなかで犯人たちが会話している。どうやら、金を受け取ると受け子から連絡が入り、それを合図に子どもを解放するらしい。


 身代金は……なんだ、30万円?


 安すぎねえか、と思ったが、あまり大きな金額だと受け取る方も大変だし、誘拐できる家も限られる。なので少額で数をこなすというのがこの犯人たちのやり方らしい。


 確かに、そのくらいの金額であれば、警察に連絡して下手に子ども危険に晒すよりパッと払ってしまえとなってしまう気持ちもわかる。


 あのおばさんも、電話を切った後、警察に連絡する前に公園にきていた。もしかしたら今頃は思い出して、焦燥から警察に連絡している可能性もあるかもしれないが、助けを待つのは無駄だろう。あのおばさんも、犯人がここにいることは知らないだろうし……。


 と、オレはそこであることに気がついた。


 そういえば、なぜオレはここに子どもがいるとわかったのだろう?


 あのおばさんは受け子にお金を渡すことしか言われていないのでこの場所は知らない。知らないのだからオレが抜き取った記憶のなかにもここの場所はないはず。


 ではなぜ……。


 そんなことを考えていると、いきなりガンガンと音がしてオレは飛び上がってしまった。誰かが鍋の底でも殴っているのかと思う音。何事かと辺りを見渡すと、二階の突き当たりから1組の男女が姿を現した。さっきの音は階段を上がる音だったようだ。


 やはり相当音がする作りのようで、廊下も一歩踏み出すごとにギイギイと不快な音がする。二人だから、ではなく子どもが歩いても同じような音がするのだろう。どこも踏み抜けていないのが逆に不思議なくらいだ。


「あーあ、やっぱ金がねえと暇も潰せねえな」


 頭の上で腕を組みながら男が言った。その後ろで女もうなづく。二人はオレの前を横切ると、そのままあの部屋の前、誘拐犯のいる部屋の前まで行った。なんとなく、その横顔に見覚えやがあった。つい最近、どこかで見たことあるような気がする。


「えーと、鍵は……」


 男がポケットに手を入れている間に、ドアがゆっくりと開く。中から、最初にオレが見たのと同じ男が顔を出した。


 カップルが、男の顔を見て固まる。


「お前ら……連絡はどうした?」


「れ、連絡?」


 男がへへへと痙攣したように笑う。女に視線を向けるも、女の方もわからないようで首を横に倒した。オレは3人に気づかれないように廊下の隅に体を移動させる。


「……まあいい。金はちゃんと受け取ったんだろうな?」


「金……ですか? いや、今日はバイトもなにもなくて………………ああああ!」


 男女が二人して叫び、顔を見合わせた。「忘れてた!」


 オレも思い出した!


 こいつら、オレが記憶を抜いたカップルだ! こいつらが受け子だったのか!


 とすれば、ここに子どもがいると知っているのはこいつらの記憶ってことになる。連続で記憶を抜いたため少し混ざってわからなくなっていたようだ。


 犯人の男の顔が怒りで歪む。


「お前ら……なにしに向かったかわかってんのか!」


 ドスのきいた怒号に男女はビクッと体を震わせた。


「す、すいません、今からまた行っていきます!」


 男が言って、女もガクガクとうなづく。


「また行くって、信用できるわけねえだろうが!」


「す、すいません……」


 カップルはもう涙声である。まあ、どこの世界に金を受け取りに行って忘れる受け子がいるかってものだ。


 男がさらにドアを開け、体すべてを外に出した。そのままカップルの男の方の胸ぐらを掴む。


「お前ら、俺たちを馬鹿にしてんのか?」


「そ、そんなことは……」


 犯人の男の記憶を探る。どうやらこのカップルは、こいつらに借金があるらしい。それもかなりの額の。その払えなくなった金の代わりに、こうして誘拐の手伝いをさせられているというわけだ。


「おい、どうした?」


 犯人の男の後ろから、さらにもう一人、男が出てきた。仲間の一人だ。顔が記憶の中のそれと一致している。


「実は」と男が説明すると、もう一人の男も額に青筋を立て始めた。


「なんだてめえ、俺たちを舐めてんのか?」


 先ほどとは違い静かな口調であったが、その分迫力があった。胸ぐらを掴んでいた男も、凄みに押されてうっかり手を緩めてしまうほど。


 その瞬間。


「に、逃げるぞ!」


「え!? ちょ、ちょっと待ってよ!」


 カップルの男が逃げ出し、女もそれに続く。犯人の男もそれに続こうとしたとき、オレは能力を発動した。


 一瞬、二人はなにをしていたか忘れ、顔を見合わせて呆然としていたが、ガンガンと階段を降りる音で思い出したらしく、すぐに二人で後を追い始める。危なかった。あの間がなかったら、すぐに捕まっていたことだろう。


 これで少し距離を稼げたので、戻ってくるまでには時間があるはずだ。


 そしてオレは能力発動と同時、閉まりつつあるドアの隙間からスルリと、体を部屋の中に潜り込ませのである。




ーー 3 ーー



 部屋の間取りは記憶を抜いたときに覚えている。玄関を上がってすぐにキッチン。そしてその奥に二つ、部屋がある。その向かって左に子どもはいるはずだ。


 ラッキー、と心の中で叫ぶ。左は和室なのだが、そこはふすまで分けられるようになっている。もしそれが引かれていたらと思っていたのだが、今は開いていた。


 ほかに仲間はいないことは確認済みだが、それ以外のやつ、例えば猫のような動物がいたら少し困る。注意深く奥に進み、そして和室の奥、膝を抱えて小さくなっている子どもを見つけた。


「……なに!」


 と、いきなり姿を見せたオレに驚いたようだったが、すぐに胸をなでおろした。犯人の仲間でないとわかったからだろう。途端に泣き顔になる。


 ほんの少しだけ能力を発動。部屋の中にこいつ以外、本当に誰もいないことを確認する。


 おい、逃げるぞ。


 誰もいないことが再確認できたので安心して子どもに近づく。だが、そいつは膝の間に顔を埋めて動こうとしなかった。


 今がチャンスなんだよ、早く来いって!


 尻をつつくと「や、やめてよ」と怯えたようにうめいた。それでもつつき続けると観念したように腰を持ち上げたが、どうにも様子がおかしい。


「…………やっぱりだめだよ……怖いよ」


 膝が震えて……いや、全身が震えている。ふすまは開いていたので犯人が出ていったのは見えてたはず。仲間もいないこともわかっているはずなのに、なにをそんなに怯えているのだろう。


 オレは犯人の記憶の再生を始めた。こいつの記憶を取らなかったのは、今ここで恐怖心がなくなるのはまずいと思ったからだ。いや、動けないほどの恐怖心ならいっそなくしてしまったほうがいいのかもしれないが、下手すると誘拐されたことまで忘れてしまうかもしれない。


 そんなことしたら逃げ出すことができなくなってしまう。


 記憶の再生を続けているとこいつの恐怖の原因がわかった。あの犯人、こいつに罠をかけていたのだ。


 まず犯人の二人がなにかしら理由をつけて家を出て、こいつを一人にさせる。だが実際は外に出たように見せかけて、実はドアの外で待っていたのだ。そしてこいつが逃げ出そうとドアを開けたところで、脅しをかける。単純だが、効果的だ。一回そういうところを見せておくことで、こういう状況でも逃げにくくなる。


 だが。


 そんなこと言ってられねえんだよ! はやく出ろって、戻ってきちまうだろ!


「い……いた! 髪を引っ張らないでよ」


 髪じゃなくて、オレを払うその腕を掴んで外に引きずり出せたらどんなにいいか。


 ……ダメだ。力づくでは逆効果らしい。ますます部屋の隅で小さくなってしまったそいつを尻目に、オレは部屋をでる。


「ねえ、どこいくの」と小さく呟くが、後を追ってはしてこない。オレはなるべくそいつの視界に入るようにしながら、電話を探す。だが、この家には固定電話はひかれていなかった。


 だが、その代わり、犯人のものなのか携帯はひとつ、置いてあった。


 オレはそれを足で掴むと、そいつの足元に落とした。


「これ、携帯……?」


 それを見て、オレの言いたいことがわかったようだった。これで警察に連絡しろというのだ。


「で、でも、ぼく、この携帯の暗証番号わからないよ……」


 イラッ。


「いたっ! わかった、わかったから指をつつかないで」


 そいつが携帯を拾うのを待って、オレは電源を入れる。ここまではオレでもできるが、次はダメなのだ。その先は、こいつじゃないとできない。


 オレは口を使って、そいつの人差し指を無理やり動かす。画面を上にスワイプさせる。


 FACE IDが失敗して、暗証番号の入力画面が出てきた。


「ほら、だから暗証番号がわからないんだって!」


 泣き顔のまま暗証番号の入力画面をオレに見せてくる。ひょっとしてオレが知っているのかと思っているのかもしれないが、そんなものオレだって知らない。足で画面を遠ざけると、また口で奴の人差し指を動かした。


 暗証番号入力画面の左端。


『緊急』と書かれたその場所を押すと、電話番号の入力画面になった。


「え、これ……」


 大体こういうのには、暗証番号を知らなくても警察や救急に連絡できるよう電話だけはかけられる機能がついているものだ。だが、それを知っていてもオレだけじゃ操作できない。


「あ、ありがとぉ…………」


 イラッ。


 礼なんかいいからさっさと電話しやがれ! 本当に時間がねえんだよ!


「や、やめて、だからつつかないで、わかった、わかったから」


 急いで110番を押し、電話をかける。さすが警察、ワンコールで出た。


「あ、あの、助けてください、知らない人に誘拐されてぇ」


 泣きながら電話する奴を見て、オレも鳴きそうになった。





ーー 4 ーー


 実際のところ、それから少し大変だった。


 電話したはいいが、こいつは今いる場所の住所を知らないのだ。伝えようにもわからない。ということでオレが部屋中を飛び回り、住所の書かれているものを探す羽目になったのだ。


 幸い借金の督促状が大量にあったので住所はわかったが、今度は漢字が読めなくて伝えられない。漢字の形を伝えつつ、なんとか住所を教えられたのが通報から5分も経ってしまったころ。


 しかも電話で『〇〇ですか?』と訊かれてもこいつは読めないからわからないのだ。オレが頷いて教えられたからいいものを、一人だったら本当にどうなっていたことか。


 しかし、住所がわかってしまえばあとは速かった。すぐにパトカーが到着し、子どもは保護された。


 その間、犯人たちが戻ってこなくて本当によかった。あのカップル、うまいこと逃げおおせてくれたらしい。パトカーが来てしまったので、犯人はもうこの周辺にはいないだろうが、家の中にはたくさんの証拠品がある。捕まるのも時間の問題だろう。

 

 残るは受け子にされたあのカップルだが、まあそれもなんとかなるだろう。彼らが借りていたのは明らかに金利がおかしかった。そのあたりのことはオレはよく知らないが、あとは警察がうまくやってくれるはずだ。


 あの子どもが母親と抱き付き合うのを見届けたとき、オレはやっと罪悪感から解放されたような気がした。


 ちなみに、あの母親の記憶は能力で少し奪っている。今回のこと、すべての記憶を奪うとわけがわからなくなってしまうため、餌をついばむように記憶をチョコチョコ抜いておいた。


 これであとは警察や子どもの話を聞いた時、いいように補完されてくれるに違いない。子どものためにお金渡しにきたがそのことを忘れて帰ってしまった、なんてこと普通ありえないのだから、あの人の中で勝手に記憶が作られていくことだろう。


 元はオレが始めてしまったことなのでオレが尻ぬぐいをするのは当然なのだが、ちょっと働きすぎじゃないかってくらい飛び回った。明日から、いたずらをする回数を減らそうかね。


 一回くらい。


 …………ん?


 パトカーに母子が乗せらせるとき、子どもが電線の上にいるオレを見つけた。


 母親の腕を引っ張りオレを指さすが、母親はその子の頭を優しく撫でつけただけだった。


 そういえば、母親の記憶は抜いたが子どもの記憶は忘れていた。すべて抜いてしまってもいいのだけれど、どうせすぐ忘れてしまうのだろう。


 知らない人についていったかどうかは知らないが、いい大人ばかりじゃないってことは忘れてほしくない。というわけで、あの罠にかけられたことを含めた、トラウマになりそうなところを軽く頂戴して、あとは残しておいた。オレのことも、まあいい思い出になってくれるだろう。


 これにて一件落着、と。


 あー、疲れた。






ーー 5 ーー



「……先輩」


「ん? なんだ、お前も早く乗れよ」


「あれ、なんすかね? 僕、初めてみましたけど」


「あれ? ーーああ、あいつか。あんまり見ないほうがいいぞ。あいつに関して、あんま良い噂聞かねえから」


「噂?」


「あいつに会うとよく記憶を無くすんだと。だから見つけたら目を合わせず、そっと退散する。そう言われてんだ」


「……なんすか? その都市伝説」


「お前もいつかわかるさ。まるで盗られたみてえに、今思ってたことを綺麗に忘れちまうんだ」


「へー」


「だからあいつ、俺たちの間じゃこう呼ばれてんだよ。


 記憶抜き鳥


 ってな」


  






 記憶抜きとりのイタズラ ー 完 ー




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