先住者

椰子草 奈那史

先住者

 最初に断っておくと、私は霊感とかいわれるものは持ってないと思います。

 なぜなら生まれて四十年近くその手の体験をしたことがないんですから。

 なので、これから語ることについても皆さんの好きに解釈していただいて結構です。私自身、合理的な結論に至っていません。


 私はずっと独り身でしたが、四十歳を目前にしたころにふとした縁があって結婚をしました。

 長年住んでいた1LDKのアパートではいい大人が住むには手狭でしたし、そこそこお金は貯めていたので、それを機会に中古マンションを購入する事にしました。

 中古といっても、フルリフォームされ見た目は新築と変わらないような物件でした。

 妻も気に入り、値段も手頃だったのでその物件を購入し引っ越しました。

 住んでからも特に問題はなく、ふた月ほど過ぎた頃でしょうか。

 ある日の夜中、私は喉の渇きに目が覚めて、寝室を出てリビングへと向かいました。リビングへの途中には脱衣場と風呂場があるのですが、脱衣場の前を通った時、その奥の風呂場にふと人のような気配を感じたのです。

 正確にいえば、はっきりと見たわけではありません。

 脱衣場を横切る時に、視界の端のあたりに一瞬のイメージのようにそれを感じたのです。

 慌ててきちんと見直すと、そこには何も見えずただ暗い風呂場があるだけでした。

 一度だけならば気のせいかとも思いました。しかし毎回ではないものの、それからも夜中に脱衣場の前を通るたびに同じような感覚を体験する事が続いたのです。

 ただ、私はその事を妻には言いませんでした。

 妻も私と同様に霊感がないことを公言していましたから、不必要に怖がらせるようなことを言う必要はないと思いましたし、実際、風呂場のその何者かからはこちらに危害を加えるような気配も感じられなかったからです。


 そうして、何週間かたった頃です。

 ある日、妻が私に言いました。

「ねえ、あなた時々夜中にお風呂場にいることない?」

「そんなことある訳ないだろ、なんでそんなこと聞くんだ?」

「夜中にね、リビングに行く時に目でハッキリと見えるわけじゃないんだけど、お風呂場に誰かがいるみたいな気がして……」

「……その誰かってのは、もしかして短髪の白髪頭で、痩せた背の高い男じゃなかったか? いつも背中を向けたまま風呂場に立ってるんだ」

 私の言葉に妻の顔色がみるみる青ざめていきます。

「……どうして知ってるの?」

 私は妻に私が体験したことを話し、妻が感じないなら黙っておくつもりだったことを話しました。どうやら、妻も同じ事を考えていたようです。

 私たちは話し合った上で、これ以上のことが起きないのなら気にせずに住んでいくことに決めました。


 あれから十年ほど経ちます。

 風呂場の謎の人物はいつの間にか存在を感じなくなりました。

 彼が何者だったのかは知る由もありませんが、幸い私達は今も平穏に暮らしています。


 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先住者 椰子草 奈那史 @yashikusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説