【10分で読めるSF】ペルソナ&シャドウ
松本タケル
ペルソナ&シャドウ
【1】
「いま何て言ったの
「何も言ってないけど」
彼の名前は佐藤
世の中は新種のウイルスが
「何も言ってないのに聞こえたって気持ちワル」
「気持ち悪いって? ごめん、ごめん」
謝る
「佐藤クンって、目が怖いんだよね。心の中を見透かされているような」
「でさあ、今日の授業だけど・・・・・・」
【2】
「
その晩、
「やっぱ、こいつと
「マスクか。マスクがトリガーだな」
「マスク、マスク・・・・・・マスクは仮面」
その時、
―マーケティングの世界では対象となる人物像を具体的に特定します。これを『ペルソナ』と呼びます。心理学の用語から来ており 『ペルソナ』 は仮面のことです。仮面の下には押さえている自分の一面 『シャドウ』 がいるのです」
「そうだ、マスクは仮面と同じだ。長い期間、身に付けたマスクはその人のペルソナとなる」
「そして、仮面を外すとシャドウ、すなわち、その人の本心が
「オレがお前の
マスクを
この事実に気が付いてからは
聞こえてくる声は
マスクを
「沢山の声が聞こえて、怖い」
当初は大学の友人がお見舞い来た。しかし 「オレの前ではマスクを《はず》外すな」 と大声で言う
【3】
―10年後。都内のとある警察署。
物語がは思わぬ形で動き出した。
「雨宮警部補、これが容疑者のファイルです」
新米刑事の米田がファイルを差し出した。受け取ったのは30歳前後の若い男だ。表情一つ崩さずにファイルに目を通す。
「妻を殺害した容疑です。車から血痕が検出されました」
米田が状況説明をする。
「続けてくれ」
警部補の雨宮は
「容疑者ですが精神病の疑いがあります。大学時代に情緒不安定になり、通学できなくなったようです。そして、そのまま退学。しばらく引きこもっていた模様です。しかし、数年後に心を入れ替え小さな
「で?」
「はい。そこで出会った女性と5年前に結婚、子供はいません。当初は夫婦仲は良かったようです」
「当初?」
「はい。近所で聞き込みをしました。この1年はうまくいってなかったようです。精神的に不安定になることが多く、怒鳴り声が聞こえていたそうです」
雨宮はファイルから目を離さずに聞いている。
「で、妻が失踪か」
「はい。容疑者自身から捜索願が出されました。しかし、不信な点が多いので任意で取調べたら、車から
「容疑者は何て?」
「妻は鼻血が止まらなくなることがあり、そのせいだと。しかし、家宅捜索をしたら風呂場で血液が洗い流された形跡がありました。相当量と推定されます」
「また、車のナンバーを追跡したら山奥の河原まで行ったことが判明しています。周辺住人が車から何かを運び出すのを見ています」
「それが、遺体かもしれないと」
「分かりません。周囲を捜索したのですが
その時、ドアが
「あ、坂本警部。一服ですか?」
薄っすらタバコの臭いを感じて米田が問いかけた。
「昔はここでも吸えたんだがな。時代が変わったもんだ」
坂本は頭をボリボリ搔きながら答えた。
「で、さっきの件を雨宮に説明ってわけか。どうだ、雨宮。取調べやれるか?」
「米田、容疑者の写真はないか? ファイルには入ってないようだが」
「さっきプリントしたばかりなもので」
米田はプリンタからプリントされた写真を回収して雨宮に渡した。雨宮は食い入るように容疑者の写真を見る。
「そんなに、容疑者の写真って重要ですか?」
米田は間の抜けたような声で聞いた。
「まあ、黙ってなって」
ニヤッとしながら坂本は
「米田。容疑者は
「
「スマホは?」
「今は回収して保管してます。今だにガラケーです」
「・・・・・・」
雨宮は無言で写真を
「よし。今から取調べを行う。容疑者を取調室へ」
何かに気付いたようだ。雨宮は写真をポンと机に置いて立ち上がった。
「い、今からですか?」
「まあ、雨宮の言う通りにしてみなって」
坂本は相変わらず意地悪く笑いながら米田に指示を出した。
【4】
10分後、取調室に容疑者が通された。その1分後に雨宮が部屋に入る。残りの2名はカメラ越しに別の部屋で様子を見ていた。
「あなたには妻を殺害した容疑が掛けられています」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
容疑者は小太りで目の下にクマ。髪の毛は薄くなっている上に
「見るからに精神が病んでそうだな」
口に出かけたが雨宮は内心に
「車から血痕が出てます」
「あれは嫁の鼻血だって言ってるだろ」
「川には何をしに?」
「気晴らしだよ。山の新鮮な空気を吸いにいくんだよ」
「何か運び出していたとの証言もありますが」
「あの辺はバーベキューをしに来る若者が多い。そいつらと
物的証拠は無い。証言は老人のものだ。
「どうでもいいから、早く
雨宮は攻め手を変更した。
「少し話を変えましょう」
「あなた、大学を中退したそうですね」
「そうだが、何か関係あるのか?」
「気分転換です。理由は何ですか?」
「
「医者には行かなかったんですか?」
「精神安定剤が出されただけで、治らなかったんだよ」
少々打ち解けた感じはしたが、警戒を解くには至らなかった。
「しばらく引きこもっていたようですが、そこから良く復帰しましたね」
「そうだよ、がんばったんだよ。だから、結婚もできた。もう、いいだろう関係ない話しはもうしねえ」
「奥様を愛してらしたんですね」
「そうだよ」
「その左手の薬指にはめている指輪ですが結婚指輪ですか?」
「ああ。愛する嫁とペアってやつだ」
雨宮は不自然なほど妻への愛について話す容疑者をきな臭く感じ始めていた。
「1点だけ、お願いを聞いてもらえますか?」
「はっ?」
「その指輪を
「何でだよ。押収するのか?」
「いいえ。
「意味わかんねーな。ほら、これでいいのかよ」
容疑者は太った指から無理やり指輪を
【5】
「始まった。よく見とけ」
坂本は目を丸くしている米田に念を押した。
「ありがとうございます。では、これから何枚か写真を見ていただきます」
雨宮はファイルから地図と写真を数枚取り出して机に広げた。
「これはあなたの車が停まっていた河原の写真です。地図で言うとこの辺です」
指で地図の位置を示した。
「あなた、ここに行きしたね」
「ああ、気分転換にたまに行くって言っただろ」
容疑者はイラ立ち始めた。
「あーもう、オレは話さない。黙秘権ってやつやだ。いいな!」
容疑者は腕を組んでそっぽを向いた。
「いいでしょう。でも、目だけはこちらに向けてください」
容疑者は横目で
「こちらが川の中流の写真です。地図で言うとこの辺です」
雨宮はファイルから別の写真を出して机に広げた。容疑者は横目で見つつも無言だ。
「続けます。こちらの写真は更に上流のものです。ここまで行かれましたか?」
またしても、無言。黙秘する覚悟は揺らいでいないらしい。そのまま、雨宮も話すのをやめた。
静寂。1分間、無音の時間が流れた。雨宮は容疑者をジッと見ている。
「以上で取調べを終わります。ご協力ありがとうございました」
静寂を破って雨宮が言った。そして、ファイルに地図と写真を片付け始めた。
容疑者はキョトンとした表情になった。
「終わりって、オレは何にも話してねえだろ。意味わかんねーな。まあ、終わりつーならいいけど」
「指輪、
雨宮は立ち上がりながら言った。
「明日にはもっと突っ込んだ話ができそうです」
【6】
「雨宮さん。有力な供述は得られませんでしたね」
「米田、今から出るぞ」
「出る? どこにです?」
「遺体の場所が分かった。今から捜索に出る。人を集めてくれ」
「場所って何のことです? さっぱり分かりません」
「雨宮に従っとけ。で、雨宮、何名集める?」
呆然とする米田を放置して、坂本が言った。
「そんなに多くはいりません。遺体はすぐに見つかると思います」
雨宮は出発の準備をしながら返答した。
署内の警察官に加え、待機していた警察官が数名、招集された。
「日暮れが近い。急ごう。運転はオレがする。米田、隣に乗れ。移動しながら話そう」
「どこに向かうんです?」
「容疑者が行った川だよ」
「既に捜索しましたが」
「下流じゃない。もっと上流だよ。場所も分かっている」
警察署から雨宮の車を含む3台の車が出発した。
「あと1時間で日暮れか。川まで飛ばして30分。まあ大丈夫だな」
雨宮はハンドルを握り夕暮空を横目に見ながら昔の事を思い出していた。
「大学中退か・・・・・・オレも似たようなものだな」
警部補の名前は雨宮
声が聞こえる症状は人々がマスクを外した期間が長くなると次第になくなった。外した状態が通常となると声は聞こえなくなっていた。そして、
「雨宮さんのその技術は 『メンタリズム』 ってやつです?」
助手席の米田が唐突に聞いてきた。デリカシーを考えずに質問するのが彼の性格だだ。しかし、先輩から可愛がられる部分でもあった。
「似たようなものだ」
「表情から考えが分かるってすごいですね。僕には容疑者は眉一つ動かしていないように見えましたが」
「お前も、いつか出来るようになるよ」
我ながら適当な回答だな、雨宮は苦笑した。
「マスクを外すと声が聞こえる」
声が聞こえ始めたころの理屈だった。その後、マスク以外でもその現象が起こることが分かった。
最終的に
「長く身に
眼鏡、指輪、カツラでもよかった。スマホ中毒の人の場合、スマートフォンを手放すと声が聞こえることもあった。
―
「眼鏡はかけているか?」
「指輪は?」
「スマホ中毒ではないか?」
「長く身に付けているものは?」
その 『仮面』 を取り除くと 『シャドウ』 の声が聞こえるのだ。
(終)
【10分で読めるSF】ペルソナ&シャドウ 松本タケル @matu3980454
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます