第5話 そして天空城へ

「殺してでも奪い取る」


 勇者グレイルが放つ殺気が里の集会場を威圧していた。切り付けられたオキナと人質に取られたカグヤ。村の中心人物が戦力を奪われている。


「待て!」


 俺はバンブーエルフたちの前に出て、三人の冒険者を説得しようとした。


「俺が彼らを説得する。だから皆殺しはやめてくれ」


「それは無理ね、もうたけのこの里を焼くって決めちゃったんだもん」


 魔術師ミリムが魔力を集中させた杖を振りかざした。【マジックロッド:魔法力を増幅させる杖。セール品】


「燃え尽きなさい!ファイヤーボール!!」


 高温の火球が俺に向かって放たれ到達する寸前にカグヤの竹魔法が発動した。


「若竹の如く伸び伸びと!」


 俺の眼前に急成長した竹防壁バンブーシールドが出現した。灼熱のファイヤーボールを受けてなお無傷!!


「なんですって!?」


 カグヤを羽交い絞めにしていたガラハルドが激昂、カグヤの拘束を強めようとするが、カグヤはスマートな身体を活かして拘束を脱出。素手のまま大剣アイシクルソードを抜いたガラハルドと対峙する。【アイシクルソード:氷山から切り出された永久氷板を鍛えた魔剣】


「食らえバンブーエルフ!このアイシクルソードは切れ味こそ無いが氷山から切り出された永久氷板を鍛えた破壊不能の魔剣!斬撃ではなく打撃、そしてその刃の温度は絶対零度!接触した瞬間にお前の肉体は凍結され砕け散る!正義の刃を受け――


 ――カグヤは無造作にアイシクルソードを素手でつかんだ。そして、目を細めた満面の笑み。長い時間を過ごしていた俺はわかる。あの笑みは、怒っているときの顔だ。


 みしり。空気が悲鳴を上げた。

 バンブーエルフは鋼鉄以上の強度を誇る青竹を握りつぶす握力をもつ。伝説の魔剣はあっけなく握り砕かれた。


「ヒッ」


 ガラハルドが引き下がると同時にカグヤは長い足を一閃させる。円弧半月蹴り。


「ムンッ」


 アゴ先を蹴りぬかれた剣豪は白目をむいて失神した。


「ひいい」


 腰を抜かして戦意喪失するミリムの脇をカグヤがゆったりと通り過ぎる。眼前には勇者グレイル。里長を切った刀を振りかざして威嚇するが、カグヤの眼には怒りが燃えていた。【鬼眼刀:魔界の刀鍛冶が生み出した折れず曲がらずの刀】


「あなた、エッセルを切り捨てたんですって?」


 バンブーエルフは森のパンダ(竹を喰う伝説上の獣)とも呼ばれている。伝説の獣のように白い肌と黒い髪を振り乱したカグヤがグレイルに迫る。一歩ごとにバキバキと音を立てて皮膚が硬質化していく。全身に張り巡らされたバンブー因子に呼びかける竹魔法【強化】が全開になっていた。


「わ、俺が悪かった!」


 刀を足元に投げ捨てるグレイル、だが、その動きはフェイクだ。


「カグヤ、危ない!」


 俺は大声を張り上げるが、グレイルの斬撃が早かった。投げ捨てた刀を蹴り上げ、ハヤブサの如く空中で掴み、半回転を加えた流星の如き横薙ぎがカグヤの美しいかんばせに吸い込まれていた。


「勝った!」


 慢心のグレイルは、直後に恐ろしいものを見ることになった。


 カグヤは大口を開けて、そのギザギザとした歯で刀を噛み止めていたのだ。さらに目を細めてニコリと微笑むと、一息に刃を噛み砕いた。そうなのだ、バンブーエルフの笑顔の下には恐ろしい牙がある。成人したバンブーエルフは鋼鉄やサファイヤにも勝る生バンブーを主食とするのだ。


「ひぎゃああ」


 グレイルは恐ろしいものをみた表情のまま硬直している。


「あなたには死すら生ぬるいですわ!竹魔法 石筍爪殺法エクストラクロウ!」


 カグヤの指先が硬質化して石灰質の爪が伸びゆく。

 そして、カグヤは息吹と共にグレイルの胸を爪で貫いた。


「シュウ!」


「へっ 脅かせやがって、なんともねえぜ」


「致死量のシュウ酸を送り込みましたわ。あなたには死すら生ぬるい。これ以上動くと痛風ペインが発動しますわよ……」


「なんだと、そんなわけ、ワッ ワッ 痛い!」


石筍爪殺法エクストラクロウ尿路結石ストーンスキン!」


 股間を抑えながら倒れ込み苦しむ王子を背にカグヤは俺に振り向いた。


「エッセル、こらしめましたわ」

「あ、ああ……」


 カグヤはいつも通りの笑顔に戻り、俺に微笑みかけてくる。カグヤには悪いが俺も内心ちょっとびびっていた。夫婦喧嘩だけは絶対にしないようにしよう。俺は固く、バンブーよりも固く誓った。


 ◆◆◆◆◆


 その後、意識を取り戻した里長(薄皮1枚を切られただけで無傷)とカグヤが協議した結果、「婿殿の知り合いなので生命は取らない」という決議になった。グレイルたち三人組は俺達に謝罪をして改心アピールで里のために大変に働いてくれた。(グレイルはたけのこを食べると通風が響くため味のない白米のみで過ごした、彼は一生を粗食で過ごすだろう)


 やがて三人組も里へ溶け込み、ひと月が過ぎようとした頃、行商エルフから新たな情報が入ってきた。七王ヤグナスの猛攻はますます激しく、グレイルの故郷も壊滅寸前になっているということだった。


「エッセル、カグヤ、俺達は故郷へ帰ろうと思う」

「カグヤ、せっかくお友達になれたのに寂しいわ」

「バンブーエルフの里で学んだことは忘れない」


 なんだか殊勝な三人組に対して、俺とカグヤは目を見合わせて笑った。最近ではすっかり笑うタイミングが同じになっている。そのことに気が付き、また二人で笑う。


「みんなにプレゼントがある」

「私たち5人でヤグナスの城に攻め込みますわよ」


 俺達は旧ヌカじゃないハウスにかけた布を取り払う。そこには改良された足踏式飛行機械オーニソプター【ドラゴンフライ1号:人力での飛行を可能にする装置】が用意されていた。


 5人乗りの座席の前半分はペダルが付いた動力供給席だ。そこに三人組が乗り込み、俺とカグヤは後部座席に乗り込む。


「ドラゴンフライ1号  発 進」


「ぬぉおおおおお」

「ぬおおおおおおお」

「こんな力仕事いやだー!」

「さあ空の旅を楽しみますわよ」

「ぜんぜん楽しくない!」

「もう帰る~!!」


 三人組の悲鳴と共にドラゴンフライ1号は空を往く。バンブーエルフの里で鍛え上げられた5人の勇者によって七王ヤグナスの天空城が落ちるのは、もう数時間先のことである。



『バンブーエルフとヌカハウスの賢者』


(おわり)

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バンブーエルフとヌカハウスの賢者 お望月さん @ubmzh

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